初級翻訳・〔「銀河鉄道の夜」初期形一〕 第3話

〔「銀河鉄道の夜」初期形一〕

「発破だよ、発破だよ」
カムパネルラは小躍りしました。
その柱のようになった水は見えなくなり、大きな鮭や鱒(ます)がキラっきらっと白く腹を光らせて空中に放り出され、円い輪を描いてまた水に落ちました。
ジョバンニはもう踊り出したいくらい愉快になって言いました。
「空の工兵大隊だ。
どうだ、鱒やなんか枠がまるでこんなになってはねあげられたねえ。
僕、こんな愉快な旅はしたことない。
いいよねえ」
」「あの鱒なら近くで見たらこれくらいあるねえ、たくさん魚いるんだな、この水の中に」
「小さな魚もいるんでしょうか」
女の子が話につり込まれて言いました。
「いるんでしょう。
大きなのがいるんだから小さいのもいるんでしょう。
けれど遠くだからいま小さいの見えなかったねえ」
ジョバンニはもうすっかり機嫌が直って面白そうに笑って女の子に答えました。
そのとき川の向こう岸がにわかに赤くなりました。
ヤナギの木や何かもまっ黒にすかし出され、見えない天の川の波もときどきちらちら針のように赤く光りました。
まったく向こう岸の野原に大きなまっ赤な火が燃やされ、その黒い煙は高く桔梗(ききょう)色の冷たそうな天をも焦がしそうでした。ルビーよりも赤くすきとおって、リチウムよりも美しく、まるで酔っぱらったみたいにその火は燃えていました。
「あれは何の火だろう。
あんなに赤く光る火を、ぼくは今まで見たことがないよ」
ジョバンニが言いました。
「さそりの火だな」
カムパネルラがまた地図と首っぴきになりながら答えました。
「あら、さそりの火のことなら、あたし知ってるわ」
「さそりの火って何だい?」
ジョバンニがたずねました。
「さそりがやけて死んだのよ。
その火がいまでも燃えているって、あたしお父さんから何べんも聞いたわ」
「さそって、虫だろう?」
「うん、さそりは虫よ。だけど、いい虫だわ」
「さそりがいい虫なんじゃいだよ。
ぼく、博物館でアルコールにつけてあるのを見たもん。
尾にこんなかぎがあって、それで刺されると死ぬって先生が言ったよ」
「そうよ。だけど、いい虫だわ。お父さん、こう言ったのよ。
むかしのバルドラの野原に、一ぴきのさそりがいて、小さな虫やなんかを殺して食べて生きていたんですって。
するとある日、いたちに見つかって食べられそうになったんですって。
さそりは一生けん命にげてにげたけれど、とうとういたちに押さえられそうになったわ。
そのとき、いきなり前に井戸があって、その中に落ちてしまったの。
もうどうしてもあがれなくて、さそりは溺れはじめたのよ。
そのとき、さそりはこう言っておいらせたっていうの。
『ああ、わたしは今までいくつのものの命をとったかわからない。
そして、そのわたしがこんどいたちにとられようとしたときは、あんなに一生けん命にげた。
それなのに、とうとうこんなになってしまった。
ああ、なんにもあてにならない。
どうしてわたしは、わたしの体をだまっていたちにくれてやらなかったのだろう。
そしたらいたちも一日生きのびただろうに。
どうか神さま、私の心をごらんください。
こんなにむなしく命をすてず、どうかこの次には、まことの「みんなの幸(さいわい)」のために私の体をおつかいください』って言ったっていうの。
そしたら、いつかさそりは自分の体がまっ赤な美しい火になって燃えて、夜のやみを照らしているのを見たんだって。
いまでも燃えているって、お父さん仰ったわ。
本当にあの火、それだわ」
「そうさ。見てごらん。
そこらの三角標は、ちょうどさそりの形にならんでいるよ」
ジョバンニは、本当にその大きな火のむこうに、三つの三角標がちょうどさそりの腕のように、こっちに五つの三角標がさそりの尾やかぎのように並んでいるのを見ました。
そして、実にそのまっ赤で美しいさそりの火は、音もなく、明るく明るく燃えたのです。
その火がだんだん後ろの方になっていくにつれて、みんなは何とも言えずにぎやかな、さまざまな楽器の音や草花のにおいのようなもの、口笛や人々のざわざわ言う声やらを聞きました。
それはもうすぐ近くに町か何かがあって、そこにお祭りでもあるというような気がするのでした。
「ケンタウル、露をふらせ!」
いきなり今までねむっていた、ジョバンニのとなりの男の子が、むこうの窓を見ながら叫んでいました。
ああ、そこにはクリスマスツリーのようにまっ青な、もみの木が立って、その中にはたくさんのたくさんの豆電灯が、まるで千のほたるでも集まったようについていました。
「ああ、そうか、今夜はケンタウル祭だねえ」
「ああ、ここはケンタウルの村だよ」
カムパネルラがすぐ言いました。
〔以下原稿一枚?なし〕

「ボール投げなら、ぼく決してはずさないよ」
男の子が大いばりで言いました。
「もうすぐサウザンクロス(南十字星)です。
おりる支度をして下さい」
青年がみんなに言いました。
「ぼくも少し汽車に乗っているんだよ」
男の子が言いました。
カムパネルラのとなりの女の子は、そわそわ立ってしたくをはじめましたけれども、やっぱりジョバンニたちと別れたくないような様子でした。
「おっかさんが待っていらっしゃいますよ」
青年はきちっと口を結んで男の子を見おろしながら言いました。
「いやだい! ぼくもう少し汽車に乗ってから行くんだい!」
ジョバンニがこらえきれずに言いました。
「ぼくたちといっしょに乗っていこうよ。
ぼくたち、どこまでだって行ける切符持ってるんだ」
「だけどあたしたち、もうここで降りなけりゃいけないのよ。
ここ、天上へ行くところなんだから」
「天上へなんか行かなくたっていいじゃないか!
もっといいところへ行く切符をぼくら持ってるんだ。
天上なら行きっきりで戻れないって誰か言ったよ」
「だって、いけないわよ。
お母さんも行ってらっしゃるんだし……」
女の子は本当に別れが惜しそう手、その顔も少し青ざめて見えました。
「さあ、もう仕度はいいんですか。
すぐサウザンクロスですから」
ああ、そのときでした!
見えない天の川のまん中に、青や橙(だいだい)にきれいに飾られた十字架が、まるで一本の木のように川の中から立ってかがやき、その上には青じろい雲が丸い輪になってかかっていたのです。汽車の中は、まるで大さわぎのようになりました。
みんなは、あの北の十字架のときのようになまっすぐに立ちあがって、お祈りをはじめました。
あっちでもこっちでも、まるで子どもが甘いウリにかみついたときのような大喜びの声や、なんとも言えないほど深い、慎ましいため息の音だけがきこえました。
そして、十字架がだんだん窓のまんなかにやってきて、あのリンゴの果肉のような青白い輪の雲が、ゆっくりゆっくりとまわっているのが見えました。
「ハレルヤ、ハレルヤ!」
明るく楽しいみんなの声がひびきわたり、みんなはその空の遠くから、冷たい空の遠くから聞こえてくる、すきとおった、なんとも言えないさわやかなラッパの音をききました。
そして、たくさんの信号機や電灯の光の中を、汽車はだんだんとスピードを落とし、ついに十字架のちょうど真向かいに行って、すっかり止まりました。

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