初級翻訳・にいさんと妹 第2話

にいさんと妹

「夕がたには、きっとかえってきてよね。
らんぼうな狩人たちがうちの中に入ってこないように、あたし、しっかり戸をしめておくわ。
だから、おにいさんだってことがちゃんとわかるように、戸をたたいて、こう言ってちょうだい。
『妹や、いれておくれ』ってね。
おにいさんがそう言ってくれなかったら、絶対に戸はあけないからね!」

子ジカは、ぴょんとそとへとびだしました。
ひさしぶりにひろびろとしたところへでたものですから、子ジカはほんとうにきもちがよくて、うれしくってたまりませんでした。

王さまとその狩人たちは、この美しい動物を見つけますと、すぐさまあとを追いかけました。
けれども、子ジカは足がはやくて、どうしても追いつくことができません。
「こんどこそつかまえた、だいじょうぶだ!」と思ったときには、子ジカはもうしげみをとびこえて、どこかへすがたをけしてしまっていたのです。

あたりがすっかり暗くなったころ、子ジカは家にかけもどってきて、戸をドンドンとたたいて言いました。
「妹や、いれておくれ!」
すると、すぐに戸があいて、子ジカはなかにとびこみました。
そして、ひと晩じゅう、じぶんのやわらかい寝床の中でゆっくりやすんだのです。

あくる朝になりますと、また狩りがはじまりました。
子ジカは、ふたたび遠くから角笛のひびきや、「ホウ、ホウ!」という狩人たちのかけ声を耳にしますと、やっぱりじっとしていられなくなりました。
そして、
「ねえ、お願いだから戸をあけておくれよ。
ぼくはもう、そとへ出ないではいられないんだ!」
と、妹にたのみました。
妹は戸をあけてやって、こうしっかりといいきかせました。
「でもね、晩にはきっとかえってきてよ。
そうして、あの約束のことばを言うのよ!」

王さまとその狩人たちは、またまた首に金の首輪をつけた美しい子ジカを見かけますと、みんなであとを追いかけました。
けれども、子ジカがあんまりはやくてすばしこいので、どうすることもできませんでした。
一日じゅうこうやって追いまわしていましたが、日がくれてから、やっとのことで狩人たちは子ジカを取りまくことができました。
そして、狩人のひとりが、子ジカの足にちょっとした傷をおわせてしまったのです。そのため、子ジカは足をひきずりはじめました。
おかげで、まえよりも走るかたがずっとおそくなってしまいました。

その隙に、ひとりの狩人が子ジカのあとをそっと、家までこっそりつけていくことができたのです。
子ジカは家のまえまでやってくると、「妹や、いれておくれ」とさけびました。
そうすると、すぐに戸があいて、またもとのようにピタリとしめられました。
狩人は、それをちゃんとじぶんの耳できき、じぶんの目で見とどけました。
狩人はそのことをすっかりおぼえておいて、王さまのもとへもどりました。
そして、じぶんの見たことやきいたことを、のこらずぜんぶ王さまにお話ししたのです。
すると、王さまは言いました。
「よし、あす、もういちど狩りをすることにしよう!」ところで、妹は、子ジカがけがをしているのを見ますと、たいそうびっくりしました。
それで、いそいで、子ジカの血をあらいおとして、薬草をはってやりました。
そして、
「あなたのお寝床へいらっしゃい、子ジカちゃん。
そうすりゃ、なおってよ。」
と、いいました。
けれども、けがはほんのかすり傷でしたので、子ジカは朝になると、もうなんともなくなりました。
そのうちに、狩りのさわぎがまたもやきこえてきますと、子ジカはいいました。
「もう、がまんができない。
ぼくはいかなくちゃならないんだ。
そんなにあっさりつかまりゃしないよ。」
すると、妹は泣くなく、いいました。
「こんどこそ、みんなに殺されちゃうわ。
そしたら、あたしは、こんな森のなかでひとりぼっちになって、だあれもかまってくれる人がなくなっちゃうのよ。
あたし、おにいさんをだすのは、いや。」
「それじゃ、ぼくはかなしくって、ここで死んでしまうよ。」
と、子ジカはこたえました。
「あの角笛をきくとね、いても立ってもいられないみたいなんだ。」
妹も、こういわれては、どうしようもありません。
いやいやながら、戸をあけてやりました。
すると、子ジカは元気よく、うれしそうに、森のなかへとびだしていきました。
王さまは、子ジカのすがたを見かけますと、狩人たちにいいつけました。
「さあ、あれを、夜になるまで、一日じゅう追いかけるのだ。
だが、傷をおわせてはならんぞ。」
お日さまがしずむのを待って、王さまはあの狩人にもうしました。
「さあ、いっしょにきて、わしにその森の小屋をおしえてくれ。」
王さまは小さな戸のまえにきますと、戸をたたいて、
「妹や、いれておくれ。」
と、大きな声でいいました。
すると、戸があきましたので、王さまはなかにはいりました。
なかにはひとりの女の子が立っていました。
ところが、その女の子の美しいことといったらびっくりするほどで、王さまも、いままでに、これほどきれいな子は見たことがありませんでした。
女の子は、子ジカではなくて、頭に金のかんむりをかぶった男の人がはいってきたものですから、すっかりびっくりしてしまいました。
けれども、王さまは女の子をやさしく見ながら、手をさしのべて、いいました。
「わしといっしょに城へいって、妻になる気はないかな。」
「はい、そうさせていただきます。」
と、女の子はこたえました。
「ですが、子ジカもいっしょにつれていくのでなければ、いやでございます。
あれをおいていくことはできません。」
すると、王さまがいいました。
「おまえの生きているかぎり、子ジカはおまえのそばにおくがよい。
あれにもけっして不自由はさせぬ。」
そこへ、子ジカがとびこんできました。
女の子は、またトウシングサのなわで子ジカをゆわえると、そのなわのはしをにぎって、子ジカをひっぱりながら、森の家からでていきました。
王さまは、この美しい女の子をじぶんの馬にのせて、お城へつれていきました。
お城では、目もさめるほどりっぱなご婚礼の式があげられました。
こうして、女の子はいまではお妃さまになりました。
そして、王さま、お妃さまは、それから長いあいだたのしくくらしました。
子ジカもみんなにたいへんかわいがられて、お城のお庭をとびまわっていました。
ところで、この子どもたちが、ひろい世のなかへでていかなければならないようにしむけた、わるいまま母がいましたね。
あのまま母は、妹は森のなかでおそろしいけものにくわれてしまい、にいさんのほうは子ジカになって、狩人たちに射殺されてしまったものとばかり思いこんでいました。
ところが、そのふたりが、たいそうしあわせにくらしていることをききますと、まま母の胸のうちには、ねたましい気持ちがむらむらとわきおこってきました。
そして、それからは、ちっともおちつくことができなくなりました。
そして、どうしたら、あのふたりをひどいめにあわせてやれるだろうかと、そんなことばかり考えるようになりました。
まま母のほんとうのむすめというのは、まるで夜のようにみにくくて、目がひとつしかありません。

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