初級翻訳・ねずみとバケツの話 第2話

ねずみとバケツの話

ねずみはその話を聞いて、このバケツは自分が子供のころ、水を飲もうとして落ちたときに、まだぴかぴかと光り輝いていばっていて、冷たかったあのバケツなのだと思い出しました。
しかし、このねずみはとても賢いねずみだったので、いまやすっかり弱ってしまったこのバケツに対して、昔のことを責めたりはしませんでした。
ただ心の中で、その哀れなみじめな姿をしみじみとかわいそうに思っていました。
「それは本当にお気の毒なことですね。ぼくはすぐにここから出ますから」
と言って、ねずみはバケツの外へピョンと飛び出しました。
そして、
「ところでバケツさん、昔あなたといっしょにいた柄杓(ひしゃく)さんは、どうなったか知っていますか?」
と尋ねました。
「あの柄杓ですか。あれは私よりももっと早く、あまりにも体を使いすぎたために、頭がとれてもう役に立たなくなってしまいました。人間は、そうなると本当に冷酷なものですね。その朝、柄杓をどこかへポイと捨ててしまいました。でも、これはひとごとではありません。私がそうなるのももう近いうちです」
と、バケツはすっかり昔の元気はなくなり、悲しそうに言いました。
ねずみは、自分に優しくしてくれた柄杓の最後を聞いて、胸がいっぱいになり、言葉すら出てきませんでした。
そのとき、なんとも言えない甘くておいしそうなにおいが、どこからかふんわりとただよってきました。
ねずみは急に鼻をひくひくさせました。
「あのうまそうなにおいは、いったいどこからするんだろう?」
と、あちこちを見まわしはじめたのです。
「ねずみさん、油断をしてはいけませんよ。昨日の昼間、人間がねずみとり薬を食べ物の中にまぜて、そのへんにまいたようですから……」
と、バケツは教えてくれました。
「ありがとう……。そんなこととは少しも知らなかったから、危うく食べたら大変なことになっていたよ」
ねずみはそう言って、深々とお礼を言いました。
たとえ賢いねずみであっても、あらかじめ知らなければそんな罠に気づくはずがなかったからです。
「ねずみさん、それだけではありません。毎夜、いまっごろの時間になると……ネコがやってきますから、じゅうぶん気をつけてくださいね」
と、バケツはさらに優しく教えてくれました。
ねずみは、この家の近くにすむことがいかに危険であるかを、骨身にしみて感じました。
そして、やっぱり自分はあのおんぼろの川のふちに帰るほうが安全だと思ったのです。
ちょうどそのとき、雨はすっかり上がり、空には明るい月が出ていました。
「バケツさん、どうぞお元気で暮らしてくださいね」
と、ねずみは別れを告げて、ふたたびあの寂しい町の裏手へと急いで出かけていきました。
彼は道を歩きながら、昔は自分をいじめた敵だったバケツが、いまやすっかり年をとって優しくなっていたことを、なんだかとても切なく、寂しく感じるのでした。

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