」
とおまわりさんは今度は新吉のほうに向き直って言いました。
「僕、そんなのいやです。」
と新吉は答えました。
「おまわりさん、今回は許してあげてくださいよ。」
と、正二が顔を見上げて言いました。
「いや、一発でも叩けば許してやろう。でなければ、ここで一時間ずっと立たせておくからな。」
これを聞いた正二は、一時間も立たされるのはかえってこの小僧さんを苦しめることになってしまうなと思い、
(それなら、軽く一回打ってやろうかな。)
と考えました。
彼は竹刀を持ち直して、小僧さんのほうを見たのです。
それをすばやく察知した新吉は、
「えいっ!」
と言って、自分の竹刀で正二の顔をぽんと軽く叩くと、そのまま向こうへ走り出しました。
「あっ、やったな!」
正二は頭を押さえながら、すぐに新吉の後を追いかけました。
おまわりさんは大きな腹をゆらすようにして、
「わっははは!」
と笑いました。
止まっていた車の中から見ていた人たちまでがそれにつられて笑いましたが、またピリッ、ピリッ、ギイ、ガチャンと機械が回ると、もう一瞬前のことなんてすっかり忘れて、みんな一斉に走り出しました。
二人の少年の姿は、あっという間に見えなくなってしまったのでした。
そのあと、さらにピリッ、ピリッと笛を鳴らして機械を回すと、おまわりさんは、
「今度からは気をつけろよ。」
と言って、小僧さんを許してやりました。
小僧さんは何度も何度も頭を下げて、ほかの車といっしょに走り去っていきました。
町から離れた野原の草は、毎晩のように降りる霜のせいで、すっかり黄色く枯れていました。
新吉は一人で道の途中に立ち、夕焼けのうすれた西の空を眺めながら、冬の訪れを告げる遠くの山々の景色に見入っていました。
どこまでも透き通るような空の色は、まるで冷たいガラスのように果てしなく広がっています。
そして、山の姿は刻一刻と美しい紫色に変わっていくのでした。
彼はじっと目をこらし、うす紅色の空の向こうから、二羽のハトが今にもぽつんと黒い点のように現れて、こちらに向かって飛んではだんだん大きくなってくるような、そんな気がしてなりませんでした。
けれど、いつまで待ってもそれはかなわぬ願いであり、懐かしいハトの姿は現れませんでした。
「正ちゃんが言ったように、あのとき、やっぱりあのネコをひどい目にあわせておくべきだったのかなあ。」
もう二度と帰ってこないハトのことを考えていると、チリチリチンと鈴の音が聞こえて、八百屋の小僧さんが野菜をたくさん載せた自転車を走らせてきました。
そして新吉の前を通り過ぎるとき、小僧さんはふとこちらを向き、自転車のかごの中から真っ赤なりんごを一つ取り出すと、新吉の足もとの草むらへポーンと投げ入れていきました。
はっとして見送る新吉に、小僧さんは振り返りながら手を上げて挨拶をしました。
「あっ、さっきの小僧さんだ! おおい、小僧さん!」
すでに自転車は遠くへ走り去っていて、こちらを振り返る小僧さんの顔だけが、白く小さく見えていました。新吉もりんごを拾い上げると、にっこり笑って、その冷たい赤いくだものを自分のほおにピタッと押しあて、北国の畑で育った、あのすばらしい高いたからもののような香りを思い切り吸い込もうとしたのでした。
初級翻訳・はととりんご 第2話
はととりんご
コメント