これから降りていくのですが、その前に、私たちは特別の注射をします。
この注射をしていかないと、おもしろいものは見られません。
腕をお出しください」
博士の手には、いつの間にか注射針がにぎられていました。
もうここまで来ては、博士の言うことを聞くしかないので、東助もヒトミに目くばせをして、注射をしてもらいました。
それは別に痛くもかゆくもない注射でした。
気分も大して変わりませんでした。
ただ何となく気がのびのびして、前よりはいい気持ちでした。
「それでは、こっちから出ましょう」
博士は先頭に立って、戸を開けました。
直径二メートルほどの大きな丸い戸口が開いていました。
外は暗くて見えません。
博士に手を引かれて、東助とヒトミは、ワン、ツー、スリーで外へとびだしました。
雷のような音、息苦しさ。
それらは前と同じようでした。
しかし、急にあたりが明るくなりました。
太陽が頭の上でかんかんと輝いています。
涼しいそよ風が吹いてきます。
見ると、一面の砂漠でした。
振り返ると、この前地下室で見たのと同じ形の小さい樽が一つ、砂の上にありました。
そして白い煙を吐いていました。
この小さな樽の中から出てきたのかと思うと、ふしぎでたまらない東助とヒトミでした。
「ここはどこですか。
どこに、おもしろいものがあるんですか」
「まだ気がつきませんか。
あそこをごらんなさい」
博士が地平線を指さしました。
東助とヒトミは、指さされた方を見ました。
しかし、見る見るうちに二人の顔におどろきの色が浮かびました。
緑色の怪物
地平線のかなたに、何が見えたでしょうか。
はじめは、地平線の上に緑色の海があって、波が立っているように思われました。
しかし、すぐにそれは間違いだとわかりました。
地平線の上を、緑色のあやしい姿をした怪物が、さかんに踊りまわっているのでした。
それは、おそろしいほどたくさんの集団に見えました。
「なんでしょう、あれは……」
「こっちへ来るわ。
いやあねえ」
「なんですか、あれは。
ええと、ポーデル博士」
東助は、うしろに立ってニヤニヤ笑っている博士にたずねました。
「彼らは、今にこっちへ来る。
来れば、それが何者だかわかるでしょう」
博士は、それ以上語ろうとはしませんでした。
博士の言う「彼ら」とは、いったい何者なのでしょうか。
二人が目をみはっているうちにも、彼らの集団はだんだんこっちへ近づいてくるのがわかりました。
彼らは頭の上で長い手をふりたてて踊り狂っています。
みんな緑色の細い体を持っています。
赤い花みたいなもので、体をかざりたてているものもいるようです。
「あれ、何なの。
あんな生きもの見たことないわ」
「あれで動いていないと、熱帯の林のようなんだけれどね。
しかし林ではない。
林はしずかなところだ。
彼らはそれとはちがって、気が変になったように踊っている。
いや、こっちへおしよせてくる。
気味が悪いね」
ヒトミは、いつとなく東助の方へ体をよせて、手をしっかりにぎっていました。
彼らの姿が二人の方に近づくにしたがって、その勢いの激しさに二人はおどろかされました。
彼らは洪水のように、こっちへおしよせてきます。
その間にも、東助は彼らの正体をつかもうと一生けんめいでした。
「ヒトミちゃん。
あれは木だよ、蔓草だよ。
みんな植物だ。
植物が、あんなに踊っているんだ。
いや、ぼくたちを見つけて、突撃してくるんだ。
おお、これはたいへんだ」
「ああ、気味がわるい。
なんだって植物がうごきまわるんでしょう。
あれは椰子の木だわ。
あっ、マングローブの木も交っているわ。
あの青い蛇のようにはってくるのは蔓草だわ。
まあ、こわい」
「ふしぎだ、ふしぎだ。
今までにあんな植物を見たことがない」話に聞いたこともありゃしない。
ふしぎな植物だ。
動物になった植物とでもいうのかしら」
東助もヒトミも、息をつめて、奇怪なる有様に気をうばわれている。
彼らはますます近くなって、ふしぎな姿をはっきり見せた。
すくすくと天の方へのびて、こずえにみるみる実を大きくふくらませる椰子の木。
とめどもなく枝を手足のようにのばし、枝のさきをいくつにもひろげて、こっちへおしよせてくるマングローブの木。
煙がはうようにのびてくる仏桑花。
そして赤い大きな花がひらいたと思うと、たちまちすぼみ、また大きな花がたくさん次々に咲いてはすぼみ、まるで花で呼吸をしているようであった。
と、いつの間にか蔓草が地をはってしのびよっていた。
ヒトミはびっくりして、悲鳴をあげた。
そのときはもうおそかった。
ヒトミの腰から下は、蔓草のためにぐるぐるまきになってしまった。
そしてその蔓草の先が、蛇のように鎌首をあげてヒトミの肩へはいあがった。
「なにをするんだ。
こいつ……」
と、東助はヒトミを助けるつもりで蔓草とたたかった。
しかし彼はかんたんに蔓草にまかれてしまった。
二分間とかからないうちに東助は、蔓草のためぐるぐるまきにされてしまった。
ヒトミも東助も、悲鳴をあげるばかりであったが、そのうちに、二人のまわりは草と木とでとりまかれ、日光もさえぎられてしまった。
密林の中にとじこめられたんだ。
いや、その密林は緑色をした化物どものあつまりで、二人のまわりにおどりまわっている。
「た、助けてくれ……」
「助けて下さい。
ポーデル先生」
「はっはっはッ。
ほんとうに悲鳴をあげましたね。
助けてあげましょう。
しかし分ったでしょう。
植物も動くということを。
そして地球は動物の世界だというよりも、むしろ植物の世界だということを、植物にも感覚があるということ――三つとも分かりましたね」
「ええ。
でも、彼らは特別の植物です。
お化けの植物です」
「そうではありましぇん。
ふつうの植物です。
いまあなたがたに注射をすれば分ります」
博士は二人に注射をした。
するとふしぎなことがあった。
今まで踊っていた植物どもは、急におとなしくなり、やがてぴったりしずまった。
――それはどこにでも見られるしずかな熱帯林の姿であった。
博士は、二人のからだから蔓草を切りとった。
そして笑いながら説明をしてくれた。
「さっきここへきてから三十分にしかならないと思うでしょう。
しかし本当は三年間たちました。
つまり注射の力で、あなたがたは三年間をたった三十分にちぢめて植物のしげっていくのを見たのです。
こうして時間をちぢめてみると、生物であること、よく動くことがお分りでしょう。
どうですか。
おもしろかったでしゅか。
お二人さん」
東助とヒトミは、ほっと安心して、ため息をつくばかりであった。
聞いたような名文句が頭をよぎる。
「おいおい、もう目をさましても、いいじぇろう」
ポーデル博士の声に東助もヒトミも、ねむりから起こされてしまった。
ポーデル博士は操縦席に腰をおちつけ、しきりに計器を見ながら操縦桿をあやつっている。
――この樽ロケット艇は、どこを目ざして飛んでいるのであろうか。
「ポーデル先生。
こんどは、どのようなふしぎな国へ連れていって下さるのですか」
東助は、うしろから博士に声をかけた。
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