初級翻訳・ゆうれい貸屋 第6話

ゆうれい貸屋

この二年間、お米やお味噌、お小遣いに困りながらもなんとか生きてこれたのは、一体だれのおかげだと思ってるんだ!」
「それはまあ、そう言われると困るけど、俺だって大家さんの恩は感じて……」
「笑わせるな! おまえの目は節穴(ふしあな)か。ここに荷物を運んできたのは確かにわしだ。だが、本当の主(ぬし)はお兼(おかね)さんなんだぞ! 彼女は、他人の服の洗濯や縫い直し、どんな仕事でも選ばずに、昼も夜も働いたんだ。『あの人が真面目になるまでは』って……稼いだお金を全部、おまえのために差し出してきたんだぞ! 『大家さん、どうかあたしがやってるってことは言わないでください。もしバレて、あの人がまた安心しちゃったら、あたしが帰れる日が遠くなるだけですから。お願いですから内緒にしてください』……そう言われて、わしは涙がこぼれたよ。うちのおばあさんなんて、鼻水をたらして泣いたんだぞ! 夫婦は来世まで縁があるなんて言うけれど、一度縁が切れれば他人だ。おまえなんて、野たれ死にしてもおかしくない人間だ。それをお兼さんは、こんなに、こんなにまで陰で尽くしてくれているんだ。……これが夫婦の情ってものだ。おまえを夫だと思っているからこそだぞ。それなのに、おまえはなんだ! よくもまあ、そんな偉そうなことが言えたもんだな!」

 大家さんの怒りは、もう爆発しそうでした。
「そんな情(なさ)けを知らないやつの顔なんて、もう見たくもない! お兼さんには申し訳ないが、わしはもう手を引くぞ。お米もお味噌もお小遣いも、これっきりだ! もう、お兼さんから家賃を受け取ることもない。言っておくが、一日でも家賃をためたら、すぐに追い出してやるからな。今度は絶対に許さないぞ。そのつもりでいろ!」
 大家さんはカンカンになって怒りながら、帰っていきました。

 さすがの弥六(やろく)も、何も言い返せませんでした。
 鼻の奥がツンとするような、泣きたい気持ちになりましたが、幽霊のお染(おそめ)のことを思い出し、彼女との夜ごとの楽しみを思い浮かべると、やがて「ふん」と鼻で笑いました。
「へっ、何を言ってやがんだ。大家だからって、偉そうにしやがって。はい、そうですかって言うと思ったかよ」
 そして弥六は大きなあくびをして、ゴロンと横になりました。

 その夜のことです。
 幽霊のお染は、さっきのやり取りを全部聞いていたようです。いつものように現れるなり、いきなり弥六の胸ぐらをつかみました。「この大嘘つき!」「ろくでなし!」「恥知らずのペテン師!」「おっちょこちょい!」「カボチャ野郎!」と、ものすごい勢いで怒鳴りつけたのです。
「前の奥さんは追い出した、もう縁は切れたって言ったじゃない! それを、このカボチャ頭が!」
「縁は切れてるんだよ! 嘘じゃないって。俺は何も知らなかったんだから!」
 弥六は一生懸命に言い訳をしました。
 何しろ、「取り殺すぞ」という話があるから怖くてたまりません。汗だくになって、必死に事情を説明しました。
 お染も、大家さんの捨てゼリフを聞いていたので、どうやら納得してくれたようです。やがてその場に座り込むと、ホッとため息をつきました。
「そういうことなら、今回だけは信じてあげるわ。でも……大家さんにああ言われちゃったら、あたしたちも何とかしなきゃいけないわね」
「何とかするって、何をだよ?」
「食べ物くらいならどこからか持ってこれるけど、まさかお金まで盗んでくるわけにはいかないわ。あなただって、あたしに泥棒をさせるつもりはないでしょ? だとしたら、家賃や何かで、どうしても少しはお金が必要になるじゃない」

 女の人は、幽霊になってもやっぱりしっかりしているものです。
 弥六は嫌そうな顔をしました。「また働けと言われるのか」と思ったからです。でも、お染はオシャレな街の生まれだったので、そんな野暮(やぼ)なことは言いませんでした。
「そうだ、いいことを思いついたわ、あなた!」
「言っておくけど、俺は働くのは嫌だぜ」
「あなたは座っているだけでいいの。まあ聞いてちょうだい。こういうことよ」
 お染はワクワクした顔で言いました。
「つまり、一言で言うとね、『幽霊を貸し出す商売』を始めるのよ!」
「幽霊を貸し出すだって?」
「世の中には、死ぬほど誰かを恨んでいる人がたくさんいるわ。お金の恨み、恋の恨み……いろんな恨みがあって、『いっそ化けて出てやりたい!』『恨みを思い知らせてやりたい!』って考えている人が大勢いるでしょ? そういう人に、幽霊を貸してあげるの。借りた人は、自分の代わりに幽霊を相手のところへ行かせて、好きなだけ恨みを晴らすことができるわ。これなら自分は死ななくていいし、相手が苦しむところも見られるんだから、まさに一石二鳥じゃない!」
「なるほど、そいつは面白そうだ!」
 弥六も乗り気になってきました。
「うまくいきそうだけど、でも、幽霊役はおまえがやるのか?」
「あたしもやるけれど、あたし一人じゃ足りないわ。だってお客さんが来たら、いろいろな注文があるはずでしょ。だから、あと五、六人は幽霊を連れてくるわね」
「そんなことを言ったって、そんなにたくさん幽霊がいるのかい?」
「この間も言ったじゃない。成仏できずにさまよっている幽霊はたくさんいるって。声をかければ、五人や十人、すぐに集まってくるわよ」

六 楽な商売なんて、この世にはない

 なかなか面白いアイデアです。
 商売として成り立つかどうかは分かりませんが、とにかくやってみる価値はありそうです。
 そこで弥六も座り直し、二人で商売の細かいルールについて相談し始めました。お客さんを呼ぶにはどうすればいいか、貸し出し料金はいくらくらいがちょうどいいか。二人であれこれ相談してみた結果、「これは相当うまくいくぞ」という見通しがつきました。
「こいつはいいや、粋(いき)な商売だぜ。『元祖・ゆうれい貸屋』、きっと大もうけして、立派な身分になれるに違いない!」
 弥六(やろく)はそう言って、手放しで喜びました。

その日の夜はお祝いです。お染(おそめ)はさっそく幽霊の募集に取りかかり、念入りに選んで六人の男女を雇い入れました。
メンバーは、若い男が二人、おじいさんとおばあさん、それに若い娘が二人という顔ぶれです。
これだけそろっていれば、大抵の注文は引き受けられるはずですが、お染いわく、選ぶのにはずいぶん苦労したそうです。
……幽霊なんてそこら中にいくらでもいますが、いざ商売にするとなると、誰でもいいというわけにはいきません。
まず「正直でおとなしいこと」、それに「怖さ(すごみ)があって顔立ちがいいこと」。この条件はどうしても必要でした。
「だってそうでしょう? 正直な人じゃないと、お客さんと勝手に仲良くなったり、仕事先でトラブルを起こしたりする心配があるわ。それに気の荒い幽霊だと、『幽霊組合』なんて作って、すぐに『お給料を上げなきゃ働かないぞ!』なんてストライキを始めるかもしれないもの」
 お染の説明は、実にていねいなものでした。
「顔立ちだって大事よ。

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