初級翻訳・ガリバー旅行記 第7話

ガリバー旅行記

窓はわざと開け放しにされていましたが、その室内の立派なこと、どの部屋も目が覚めるばかりの美しさです。

皇后も皇子たちも、従者たちと一緒にそれぞれ部屋に座っていらっしゃいます。皇后は、私をご覧になるとやさしく笑顔を向けられ、わざわざ窓から手をお出しになります。私はその手をうやうやしくいただいてキスしました。

私が自由な身になってから、二週間ぐらい経った頃のことでした。

ある朝、宮内大臣のレルドレザルがひょっこり、一人の従者をつれて私を訪ねて来ました。乗ってきた馬車は遠くへ待たせておき、彼は「一時間ばかりお話がしたいのです」と私に面会を申し込みました。

私がしきりに皇帝へ嘆願書を出していた頃、彼にはいろいろ世話になったのです。だから私はすぐに彼の申し込みを承知しました。

「なんなら私は横になりましょうか。そうすれば、あなたの口はこの耳元にとどいて、お互いに話しやすいでしょう」
「いや、それよりか、あなたの手の平の上に乗せてください。その上で私は話しますから」

私が彼を手の上にのせてやると、彼はまず、私が釈放されたことのお祝いを述べました。

「あなたを自由の身にするについては、私もだいぶ骨を折ったのです。だが、それも現在、宮廷にいろいろ入り組んだ事情があったからこそ、うまくいったのです」

と、彼は宮廷の事情を次のように話してくれました。「今、わが国の様子は、外から見た人にはとても栄えているように見えるかもしれませんが、実は内側では大変な問題を抱えているのです。
一つは、国の中で激しい政党の争いが起きていること。そしてもう一つは、とても強い外の敵からねらわれていて、この二つの大事件に悩まされているのです。
まず、国内の争いの方からお話ししますね。この国では、もう七十ヶ月以上もの間、『トラメクサン党』と『スラメクサン党』という二つの政党があって、絶えず言い争っているのです。
この党の名前は、人びとが履いている靴の『かかと』の高さからつけられたもので、かかとが高いか、低いかによって仲間が分かれています。
もともと、わが国の古いしきたりでは、かかとが高い方を良いものとしていました。
ところが、それなのに、皇帝陛下は政府の方針として、かかとが低い方ばかりを使うことに決められたのです。
特に陛下の靴なんて、宮殿の誰の靴よりも一ドルル(ドルルは一インチのおよそ十四分の一の長さです)もかかとが低いんですよ。
この二つのグループの争いはとても激しくて、反対の党の人間とは、一緒にごはんを食べたりもしないし、お話しもしません。
人数でいうとトラメクサン、つまり『高いかかと党』の方が多いのですが、実際の政治の力は、私たち『低いかかと党』がにぎっているのです。
ただ心配なのは、皇太子さまがどうも高いかかと党の方を気に入っていらっしゃるらしいということです。
その証拠に、皇太子さまの靴は、片方のかかとがもう片方のかかとよりも高くなっていて、歩くたびにちょっと体を傾けていらっしゃるのです。
そんなふうに党の争いが続いている最中に、私たちはなんと、ブレフスキュ島という国からの敵にねらわれ、脅かされているのです。
ブレフスキュというのは、ちょうどこのリリパットと同じくらいの強さの国で、国の広さからいっても、国全体の力からいっても、ほとんど似たりよったりなんです。
あなたが以前お話ししてくれたところによると、この広い世界には他にもいろんな国があって、あなたと同じくらい大きな人間が住んでいるそうですが、わが国の学者たちはそれを大いに疑っていて、『やっぱりあなたは月の世界か、星の世界から落ちてきたに違いない』と考えています。
というのも、あなたのような人間がもし百人もいたら、わが国の果実も家畜も、あっという間に全部食べつくされてしまうではありませんか。
それに、この国で六千年も続いた歴史を調べてみても、リリパットとブレフスキュという二つの大きな国のほかに、国なんてあるはずがないと本に書いてあるのです。
さて、その二つの大国のことですが、この三十六ヶ月の間というもの、実にしつこく、実にうるさく、ずっと戦争を続けているのです。
そもそも、この戦争が始まったきっかけというのは、こんなことでした。
もともと、私たちがゆで卵を食べるときには、その大きい方の端をコツンと割るのが、昔からのしきたりだったのです。
ところが、今の皇帝の、おじいさまが子供の頃に卵を食べようとして、いつもの習慣どおりに大きい方を割ろうとしたところ、うっかり小指を怪我してしまったのです。
さあ、大変だ! ということで、そのときの皇帝はこんな命令を出しました。
『卵は小さい方の端を割って食べなさい。これにそむく者は、きびしく罰する!』
このルールは、国民にきびしく言い渡されました。
だけど、国民はこの命令をものすごく嫌がりました。
歴史の記録によると、このことが原因でなんと六回も国内で戦争が起き、ある皇帝は命を落とし、ある皇帝は位を追われてしまったのです。
しかも、こうした国内の争いは、いつでもブレフスキュ島の皇帝が裏でおだてて起こさせたものでした。
だから、内乱が落ち着くと、いつも国を裏切った人たちはブレフスキュへ逃げていったのです。
とにかく、『卵の小さい方を割るくらいなら、死んだほうがましだ!』と言って、死刑にされた人が一万一千人もいるんですよ。
この卵の割り方の争いについては、何百冊もの本が出版されていますが、『大きい方の端を割る方が良い』と書いた本は、国民が読むことを禁止されています。
また、『大きい方が良い』と考える人は、大切なお役につくこともできません。
ところで、ブレフスキュ島の皇帝は、リリパットから逃げていった裏切り者たちをとても大切にして手厚くもてなし、おまけに、こちらの国の反対派のこともこっそり応援するものだから、ついに二つの大国の間に三十六ヶ月にもわたる戦争が始まってしまったのです。
その戦争の間に、わが国は四十隻の大きな船とたくさんの小さな船、それから三万人の海軍・陸軍の兵士を失いました。
けれど、敵のダメージも、それ以上だと言われています。
しかし今、その敵がまた新しく大きな艦隊をととのえて、こちらに向かって攻め入ろうとしているのです。
だから、皇帝陛下はあなたの勇気と力をとても信頼されていて、『このピンチについて彼と相談してみてくれないか』とおっしゃって、私をここに遣わされたのですよ。」

宮内大臣の話が終わると、私は彼にこう答えました。
「どうか皇帝陛下にこうお伝えください。
私はどんな苦労や骨折りでもいといません。
しかし、私はこの国の人ではないので、政党同士の争いには立ち入りたくありません。
ですが、外からの敵に対してなら、皇帝陛下とこの国を守るために、この命にかけて戦いましょう!」5 大手柄

 ブレフスキュ帝国というのは、リリパットの北東にある島で、この国とはわずか八百ヤードの海峡ではさまれているだけです。
私はまだ一度もその島を見たことはなかったのですが、こんどの話を聞いてからは、敵の船に見つかっては大変だと思い、そちら側の海岸へはなるべく出ないように気をつけました。

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