よし、絶対に書記になるぞ!」
ペンネンネンネンネン・ネネムはお金を払ってお店を出る時、向かい側にあった姿見(大きな鏡)に、チラリと自分の姿が映っているのを見ました。
すると、着ている服は夜の闇のように真っ黒で、くしゃくしゃに縮れた赤い髪の毛が頭から肩へとふさふさと垂れ下がり、真っ青な瞳がキラキラと輝いていて、これが本当に自分だろうかと疑ってしまうほど、素晴らしい姿になっていたのです。
ネネムは嬉しくなって口笛を吹きながら、一気に三十ノット(約五十五キロメートル)ほどの距離を、風のように走り抜けました。
「ハンムンムンムンムン・ムムネの街までは、あとどれくらいありますか?」
ペンネンネンネンネン・ネネムは、向こうからフラフラと歩いてきた、黄色い影法師のようなばけ物に尋ねてみました。
「そうだねえ。ちょっと、ここまでおいで」
その黄色い幽霊のようなばけ物は、ネネムの四角い袖の端っこをつまんで、一本の「ばけものリンゴ」の木の下まで連れていきました。そして、自分の片方の足をリンゴの木の根元にぴったりと合わせて置き、こう言いました。
「あなたも、片方の足をここに並べて出しなさい」
ネネムが急いでその通りにすると、黄色い幽霊はしゃがみ込み、片方の目をつぶって、ネネムの足先がリンゴの木の根元とちゃんと揃っているかどうかをじっくりと確かめてから、こう言いました。
「いいかい。ハンムンムンムンムン・ムムネ街の入り口までは、ちょうどこの足先から六ノットと六チェーン(約十一キロメートル)あるよ。それじゃ、道中気をつけて行きなさい」
そう言うと、黄色い幽霊はくるりと向きを変えて、向こうへ行ってしまいました。
ネネムはその背中に向かって、丁寧にお辞儀をしました。
「ああ、ありがとうございます! 六ノットと六チェーンなら、僕が一時間に一ノットと一チェーンずつ歩けば六時間で着きますし、一時間に三ノットと三チェーンずつ歩けば二時間で着くことができます。すっかり予定が立って、こんなに嬉しいことはありません!」
そう言いながら、ネネムはもう一度、深く頭を下げました。赤毛はじゃらんと下に垂れ下がりましたけれども、実は黄色の幽霊はもうずうっと向こうのばけもの世界のかげろうの立つ畑の中にでも入ったらしく、影もかたちもありませんでした。
そこでネネムはまた歩き出しました。
するとまた向こうから闇雲にぎらぎら光る鼠色の男が、赤いゴム靴を履いてやって参りました。
そしてネネムをじろじろ見ていましたが、突然そばに走って来て、ネネムの右の手首をしっかりつかんで言いました。
「おい。
お前は森の中の昆布採りが嫌になってこっちへ出て来た様子だが、一体これから何が目的だ?」
ネネムはこれはきっと探偵にちがいないと思いましたので、体を硬くして答えました。
「はい。
私は書記が目的であります」
するとその男は左手で短い髭をひねって一寸考えてから言いました。
「ははあ、書記が目的か。
して見ると何だな。
お前は森の中であんまりばけものパンばかり食ったな」
ネネムはすっかり図星をさされて、面食らって左手で頭を掻きました。
「はい、実は少々食べたかと存じます」
「そうだろう。
きっとそうにちがいない。
よろしい。
お前の身分や考えはよく了解した。
行きなさい。
わしはムムネ市の刑事だ」
ネネムはそこでやっと安心して丁寧にお辞儀をして、また町の方へ行きました。
ちょうど一時間と六分かかって、三ノット三チェーンを歩いたとき、ネネムは一人の百姓のおかみさんばけものと会いました。
その人は遠くからいかにも不思議そうな顔をして来ましたが、とうとう泣き出して駆け寄りました。
「まあ、クエクや。
よく帰っておいでだね。
まあ、お前はわたしを忘れてしまったのかい。
ああ情けない」
ネネムは少し面食らいましたが、ははあ、これはきっと人違いだと気がつきましたので、急いで言いました。
「いいえ、おかみさん。
私はクエクという人ではありません。
私はペンネンネンネンネン・ネネムというのです」
するとその橙色の女のばけものはやっと気がついたと見えて俄かに泣き顔をやめて言いました。
「これはどうもとんだ失礼をいたしました。
あなたのおなりがあんまりせがれそっくりなもんですから」
「いいえ。
どういたしまして。
私は今度はじめてムムネの市に出る所です」
「まあ、そうでしたか。
うちのせがれもちょうどあなたと同じ年頃でした。
まあ、お髪のちぢれ具合から、お耳のキラキラする具合、何から何までそっくりです。
それにまあ、なめくじばけもののような柔らかなおみ足に、硬いはがねの草鞋を履いて、何が御志願でいらっしゃるのやら。
おお、うちのせがれもこんな草鞋でどこを今ごろ、ポオ、ポオ、ポオ、ポオ」とおかみさんばけものは泣き出しました。
ネネムは困って、
「ね、おかみさん。
あなたの息子さんは、もうきっとどこかの書記になっているんでしょう。
きっとじきにお迎えをよこすにちがいありません。
そんなにお泣きなさらなくてもいいでしょう。
私は急ぎますからこれで失礼いたします」と言いながら、クラリネットのようなすすり泣きの声をあとに、急いでそこを立ち去りました。
さてそれから十五分でネネムはムムネの市までもう三チェーンの所まで来ました。
ネネムはそこで髪をすっかり直して、それから路傍の水銀の流れで顔を洗い、市に入って行く支度をしました。
それからなるべく心を落ち着けてだんだん市に近づきますと、さすがはばけもの世界の首府の気配は、早くもネネムに感じられました。
ノンノンノンノンノンといううなりは地の〔以下原稿数枚分焼失〕
「今授業中だよ。
やかましいやつだ。
用があるなら入って来い」とどなりましたので、学校の建物はぐらぐらしました。
ネネムはそこで思い切って、なるべく足音を立てないように二階に上がってその教室に入りました。
教室の広いことはまるで野原です。
さまざまの形、とうがらしや、臼や、鋏や、赤や白や、実にさまざまの学生のばけものがぎっしりです。
向こうには大きな崖くらいの黒板がつるしてあって、背の高さ百尺あまりのさっきの先生のばけものが、講義をやんでおりました。
「それでその、もしも塩素が赤い色のものならば、これは最も明らかな不合理である。
黄色でなくてはならん。
して見ると黄色という事はずいぶん大切なもんだ。
黄という字はこう書くのだ」
先生は黒板を向いて、両手や鼻や口や肘やカラーや髪の毛や何かでいっぺんに三百ばかり黄という字を書きました。
生徒はみんな大急ぎで筆記帳に黄という字を一杯書きましたが、とても先生のようにうまくは出来ません。
ネネムはそっと一番後ろの席に座って、隣りの赤と白のまだらのばけもの学生に低く尋ねました。
「ね、この先生は何て言うんですか」
「お前知らなかったのかい。「フゥフィーボー博士だよ。化学の先生さ」
その赤いばけものは、そんなことも知らないのかという風に、バカにしたように目をギラリと光らせて答えました。
「あっ、そうだったんですか。
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