初級翻訳・ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記 第5話

ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記

一人の検事が、大きな声で書類を読み上げました。
「ザシキワラシ。年齢二十二歳。歴数(あつれき)三十一年二月七日、表の世界――日本の岩手県上閉伊郡青笹村字瀬戸二十一番戸の、伊藤万太の宅にて。八畳の座敷の中に、正当な理由もないのに勝手に出現し、万太の長男である千太(八歳)をびっくりさせて気絶させた罪!」
「よろしい。よくわかった」
ネネム裁判長は、キリッとした声で言いました。
「名前と年齢、そこに書いてある通りで間違いないか?」
「間違いありません」
「そのほうは、歴数三十一年二月七日に、伊藤万太の家の八畳の座敷へ、理由もなく勝手に出現したことは、まったくその通りで間違いないか?」
「はい、まったくその通りでございます」
「出現したあと、お前は何をしていたんだ?」
「お座敷をザワッ、ザワッと、きれいに掃いておりました」
「いったい何のために掃いたのだ?」
「お部屋の中に新鮮な風を入れるためでございます!」
「よろしい。その行い自体は、実に世のため人のためになる立派なことだ。本官としても、大いに同情する。しかしながら、すでに許可なく他人の座敷に勝手に出現し、ほうきの音を立てたために、その音にびっくりして部屋をのぞいた子どもが気絶してしまったとなれば、これはれっきとした『出現罪』にあたる! よって、今日より七日間、当ムムネ市の街路の掃除を命ずる! 今後は、ばけもの世界長の許可なしに、勝手にあちらの世界に出現してはならん!」
「かしこまりました! ありがとうございます!」
「いやあ、実に見事な名裁判だな。さすが今回の長官はものすごく偉いぞ!」
判事たちは互いに顔を見合わせながら、ひそひそとささやき合いました。
ザシキワラシは嬉しそうにお辞儀をして、ウキウキしながら引っ込んでいきました。

次にやってきたのは、鳶色(とびいろ)と白の粘土で顔中がすっかり隈取(くまど)られ、口が耳まで大きく裂けていて、胸や足ははだかで、腰には分厚い蓑(みの)のようなものを巻きつけたばけものでした。
別の判事が、また書類を読み上げました。
「ウウウウエイ。年齢三十五歳。歴数三十一年七月一日夜、表の世界――アフリカのコンゴの林の中の空地にて、理由もなく勝手に出現し、ちょうどそこで舞踏(ダンス)をしていた土地の人々を恐怖のどん底に突き落とし、散り散りに逃げ惑わせた罪!」
「よろしい、わかった」とネネムは言いました。
「名前と年齢、その通りに間違いないか?」
「へい! その通りでございます」
「そのほうは、歴数三十一年七月一日夜、アフリカのコンゴの林の空地において、理由もなく勝手に出現し、ちょうど月明かりの下で歌ったり踊ったりして楽しんでいた一団を、びびらせて散り散りにさせたことは、ちがいなくその通りだな?」
「まったくその通りでございます」
「よろしい。では、何の目的で出現したのだ? すでに法律上では『理由なき勝手な出現』となっているが、お前の本当の気持ちをもう一度聞かせてもらおう」
「へい。実はですね、あまりにもみんなが楽しそうに踊っていて、それがすっごく面白そうだったもんですから、つい……へい、どうもすみませんでした! あまりにも面白かったもんで。ケロ、ケロ、ケロ、ケロロ、ケロ、ケロ!」こらっ!
「静かにしろ!」
「へい! まったくどうもすみませんでした。おそれいりました!」
「うむ。お前は、きわめて明らかな出現罪である。よって、明日より二十二日間、ムッセン街道のパトロール(見まわり)を命ずる! 今後、ばけもの世界長の許可なしに、勝手にあちらの世界にひょっこり現れてはならんぞ!」
「かしこまりました! ありがとうございます!」
そのばけものも、深々とお辞儀をして引っ込んでいきました。
「いやあ、実に素晴らしい名裁判だ! なんていい判決なんだ!」
まわりのみんなは、またしても感心しながらひそひそとささやき合いました。

その時、正面の窓がガタリと大きく開き、フゥフィーボー博士が顔をのぞかせました。
「どうだ、なかなかの名裁判長だろう? みんな、感心したかい?」「……」という声がしました。
それは、さっきの顔の大きさが一メートルもある、灰色の肌をしたフゥフィーボー先生でした。
「ブラボー! フゥフィーボー博士、ブラボー!」
判事も検事も、みんな一斉に大声でさけびました。
その時にはもう、博士の顔は消えて、窓がガタンと閉まりました。
そこでネネムは自分の部屋に帰り、あの白いちぢれ毛のかつらを脱ぎました。
そして、そのままぐっすりと眠りました。
あとのことは、また明日です。

三、ペンネンネンネンネン・ネネムのパトロール

 ばけもの世界の裁判長になったペンネンネンネンネン・ネネムは、次の朝の六時に起きると、すぐに部下の検事を一人呼び出しました。
「今日の裁判は何時から始まる予定だ?」
「本日も、やはり夜の七時から二件だけ予定されております」
「そうか、わかった。それじゃあ、今朝は八時に世界長(せかいちょう)さまのところへあいさつに行こう。そのあと、すぐに街のパトロールに出発だ。みんな、準備をしてくれ!」
「かしこまりました!」
 そこでペンネンネンネンネン・ネネムは、エンバクを一束(ひとたば)と、お豆のスープを二リットル飲んで、かるく朝ごはんを済ませました。それから、三十人の部下を引き連れて、世界長の屋敷へと向かいました。
ばけもの世界長は、もう大広間の正面に座って待っていました。
世界長はなんと、高さが六十メートル(百九十尺)もある、大昔から生きているメノウの木でできていました。
ペンネンネンネンネン・ネネムは、うやうやしく前に進み出ると、片方のひざを床について、深く頭を下げました。
「ペンネンネンネンネン・ネネム裁判長とは、お前のことか?」
「はい、さようでございます! いつまでもお仕えすることを誓います!」
「うむ。しっかりやってくれよ。ゆうべの裁判のことは、もう聞いているぞ。それに、今朝はこれから街のパトロールに行くそうだな」
「はい、その通りでございます」
「よろしい。どうか、しっかり頼むぞ」
「かしこまりました!」
 そこでネネムは、また丁寧(ていねい)に世界長におじぎをして、後ろ向きのまま下がっていきました。
三十人の部下たちは、世界長との面会がうまくいったので、もう大喜びです。
ペンネンネンネンネン・ネネムもすっかり上機嫌になって、それから街のパトロールを始めました。
ばけもの世界の「ハンムンムンムンムン・ムムネ市」の活気(かっき)がある様子は、今日も少しも変わりません。
何億、何百万というばけものたちが、通り過ぎたり、立ち止まったり、すれ違ったりしています。急に現れたかと思えば消えたり、くっついたり混ざり合ったり、また現れては進んでいったり。それはそれは、本当にお見事な光景でした。
ネネムも、あらためて「すごいなあ」と心から感心しました。
その時、向こうから「トッテントッテントッテンテン」と、『チャリネル』という楽器を鳴らしながら、小さな赤い旗を立てた車が、ゆっくり、ゆっくりとこちらへやって来ました。
見物しているばけものたちが、まるで赤い山ができるくらい、その車のまわりを取り囲んでついていきます。

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