もう僕は早く谷から飛び出したくて、飛び出したくて仕方なかったんだよ。するとちょうどいいことにはね、いつの間にか上の方がたいへん空いているんだ。さあ、僕はヒラッと飛び上がった。そしてピュウ、ただ一足でさっきの白い着物の一団のところまで行った」その人たちはね、一列になってつつじや何かが生えている石ころ道を登っているんだ。
その松明はもう短くなって、今にも消えそうだった。
僕がマントを「ふうっ」とやって通り過ぎたら、火がぽっぽっと青く揺れて、とうとう消えてしまったよ。
本当は、もう消えてもいい時間だったんだけどね。
東の空は琥珀色になっていて、大きなトカゲの形をした雲がたくさん浮かんでいた。
「あ、とうとう消えちゃった!」と誰かが叫んでいたよ。
おかしかったのはね、列の真ん中あたりに、少し年老いた人がいたんだ。
その人が、年をとっていて歩くのが大変だから、前を登っていく若い人のシャツの裾を、ちょっと掴んだんだよ。
すると、その若い人が怒ってね、
「引っ張るなよ! さっきから歩くたびに、いつも引っ張るじゃないか」と叫んだんだ。
みんな、どっと笑ったね。僕も笑ったよ。
そうして、あっという間に僕は頂上まで来ていたんだ。
それから、あの昔の火口の跡に入って、僕は二時間眠った。
本当にぐっすり眠ったのさ。
するとね、ガヤガヤと声がするだろう? 見ると、さっきの人たちがやっと登ってきたんだ。
みんなで火口のふちにある三十三体の石仏に、バラリバラリとお米を投げつけて、もうみんな「早く頂上へ行こう!」って競争さ。
向こうの方には、まるで泣いたばかりのような鮮やかな群青色の山脈や、杉苔の丘のようなきれいな山があって、まっ白な雲が所々にかかっているだろう。
すぐ下には、お苗代や御釜の火口湖が真っ青に光って、白樺の林の中に見えるんだ。
面白かったなあ。みんな、ぐんぐん走っているんだ。
すると、頂上までの道にもう一つ坂があるだろう?
あそこを登るとき、またさっきの年老いた人が、前の若い人のシャツを引っ張ったんだ。
若い人は怒っていたねえ。
それでも、頂上に着いてしまうと、その年老いた人がガラスの瓶を出して、小さな小さなコップに注いで、それをさっきぷんぷん怒っていた若い人に持っていって、笑いながら拝むような真似をして渡したんだよ。
すると若い人も、急に笑い出してしまって、コップを押し返していたよ。
そして最後には、とうとう二人で飲んだのかな。
僕はもう、ちょうどこっちへ来なきゃいけなかったものだから、「ホウ」と一つ叫んで、岩手山の頂上から離れてしまったんだ。
どうだ、面白いだろう?」
「面白いな。ホウ」と耕一が答えました。
「又三郎さん、お前はまだここらにいるのかい?」一郎がたずねました。
又三郎はじっと空を見ていましたが、
「そうだねえ。もう五、六日はいるだろう。歩いたって、そんなに遠くへは行かないさ。それでも、もう九日たつと二百二十日(にひゃくはつか)だからね。その日は、ことによると僕はタスカロラ海床のすっかり北の端まで行っちまうかもしれないぜ。今日もこれから、ちょっと向こうまで行くんだ。僕たち、友達になろうかねえ」
「はじめから友達だよ」一郎が少し顔を赤くしながら言いました。
「明日、僕はまたどこかで会うよ。学校から帰る時、もし僕がここにいたらすぐおいで。ね、みんなも連れてきていいんだよ。僕はいくらでもいいこと知ってるんだ。えらいだろう? あ、もう行くんだ。さよなら!」
又三郎は立ち上がってマントを広げたかと思うと、「フィウ」と音がして、もう姿が見えなくなりました。
一郎と耕一は、明日また会うのを楽しみに、丘を下っておうちに帰りました。
九月三日
その次の日は、九月三日でした。
昼過ぎになってから、一郎は大きな声で言いました。
「おう、又三郎は昨日また来たぞ。今日も来るかもしれないぞ。又三郎の話を聞きたい奴は、一緒に来い!」
残っていた十人の子供たちが喜んで、
「わあっ!」と叫びました。
そしてもう、みんな我先にと丘に駆け上がったのでした。
ところが、又三郎は来ていないのです。
みんなは声をそろえて叫びました。
「又三郎、又三郎、どうどっと吹いて来い!」
それでも、又三郎は一向に来ませんでした。
「風、どうと吹いて来い。豆をやるから、風、どうと吹いて来い!」
空には今日も青光りが一杯にみなぎり、白いまばゆい雲が大きな輪になって、静かにめぐるばかりです。
みんなはまた叫びました。
「又三郎、又三郎、どうと吹いて降りて来い!」
又三郎は来ないで、かえってみんなが見上げた青空に、小さな小さな透き通った渦巻が、あめんぼのように、ツイツイと上ったり下ったりするばかりです。
みんなはまた叫びました。
「又三郎、又三郎、お前、何して早く来ないんだ!」
それでも又三郎は、やっぱり来ませんでした。
ただ一匹の鷹が銀色の羽をひるがえして、空の青光を喉一杯に飲みながら、東の方へ飛んでいくばかりです。
みんなはまた叫びました。
「又三郎、又三郎、早くここへ飛んで来い!」
その時です。
あの透き通るような靴とマントがギラッと白く光って、風の又三郎は顔を真っ赤に熱くしながら、はあはあ息を切らして、みんなの前の草の中に立ちました。
「ほう、又三郎、待っていたぞ!」「そうか。みんな、待たせてごめんよ!」
みんなは口々に叫びました。
又三郎はマントのポケットから薄い黄色いハンカチを出すと、額の汗を拭きながら言いました。
「僕ね、もっと早く来るつもりだったんだ。でもさっき、あまり高いところへ行きすぎていたもんだから、お前たちが来たのがわかっていても、すぐには降りてこられなかったんだよ。
僕は高いところまで行ってね、ほら、あそこに白い雲が輪になって光っているだろう? 僕はあの雲の真ん中を突き抜けて、もっと上まで行ったんだ。そして叔父さんに挨拶してきたのさ。僕の叔父さんって、すごく偉いんだぜ。今日だって、もう三十里(約120キロ)も歩いてきているんだ。僕にも『一緒に行こう』と言ってくれたんだけど、僕はまだそこまで行かなくてもいいからさ」
「お前の叔父さんは、どこまで行くんだい?」
「僕の叔父さんかい? 叔父さんはね、今度ずっと高い空をまっすぐに北へ進んでいるんだ。叔父さんのマントなんて、冷え切って凍りついているよ。小さな小さな氷の粒がさらさらとぶつかってくるんだ。その粒は、ここからじゃ見えないだろうけどね」
「又三郎さんは、去年も今頃ここに来たのかい?」
「去年は今よりもう少し早かったかな。面白かったよ。九州から一気に駆け抜けて、まっすぐに東京へ行ったんだ。そしたらちょうど、僕が保久大将の家の前を通りかかったんだ。あの人のことは前にも知っていたから、面白がって家の中を覗き込んだのさ。障子が二枚外れていて、大将が『すっかり嵐になった』なんて呟きながら障子を閉めていたよ。僕はそこから庭へ飛び出したんだ。あそこにはザクロの木がたくさんあるだろう? 若い大工がかなづちを腰にさして、もっともらしい顔で庭の塀や屋根を見回していたけれど、本当はあいつ、僕たちが駆け回るのを見て面白がっていたみたいだよ。
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