使女B あのあやしい老人が弾いているのではございませんか。
女子 銀の竪琴の音は、暗闇の中を荒れ狂う赤い炎のように鳴り響いている……。
暗闇の中の血の薔薇のようにね。
(オーケストラの音が止む)
使女A オーケストラの音が止みました。
女子 (急に窓へ歩み寄り)本当だ、オーケストラはもう止んだわ。
(時を告げる鐘の音が、音楽堂から聞こえてくる)
使女 お聞きくださいませ、鐘が鳴っております。
あの鐘が二度鳴り、次に三度目に鳴る時は、三組残った優勝者の中で最後に勝ち残った一人に月桂冠が与えられる時でございます。
使女A その時、音楽堂の頂上の窓に赤いランプが灯されるのでございます。
使女B その時、喜びの太鼓の音が音楽堂の真ん中で轟きわたるのでございます。
使女A その時、近所から集まってきた美しい少年たちが声をそろえて賛美歌を歌うのでございます。
使女B その時、月桂冠を手に入れた名誉ある音楽家は、少年たちに囲まれて音楽堂から出て、海へと向かうのでございます。
使女A 海には赤い花で飾られた舟が、夜目にも美しく浮かんでおります。
使女B 私たちはその舟を「婚礼の舟」と呼びたいのでございます。
なぜかと申しますと、月桂冠をいただいた音楽家はその舟に乗ってこの館にいらっしゃり――
そして、お嬢様とご婚礼を挙げられるからでございます。
使女A お嬢様とご婚礼を挙げられるのでございます。
使女B (海の水鳥を眺めながら)あの水鳥こそ、婚礼の舟の先触れのようではありませんか。
使女A (同じく海の水鳥を眺めながら)私もそのように思っておりました。あの列をなして泳いでくる様子は、まるで婚礼の舟を引き連れてやってくるかのようですわ。
女子 (海上を泳ぐ水鳥を眺めながら)いいえ、私にはまるで命を落とした人を送る葬式の舟のように見えるわ。音も立てず、しめやかに泳ぐ様子は、白い着物を着て悲しそうに後に続く弔問客の姿そっくりではないですか。
(空の雲を見上げながら)そして、あの気味の悪い雲が、まだ動かずに音楽堂のてっぺんから、葬式の列を見下ろしているわ。
(二度目の鐘が鳴り響く)ああっ! もう二度目の鐘が鳴ったわ。
使女B 本当です、もう二度目の鐘が鳴りましたわ。
使女A 三度目の鐘が鳴るのも、そう遠くはございませんね。
(三人は何も言わず、窓の外の音楽堂をじっと見つめる。
あたりは静まり返る。
――やがて、三度目の鐘が鳴り響く)
使女B あっ、三度目の鐘の音が……。
使女A 三度目の鐘の音が……。
(音楽堂のてっぺんに、赤い灯りがパッとともされる)
女子 あっ、あそこに赤い火が……!
(と、よろよろと足元が揺らぐ)
使女A 本当だ、赤い灯り……赤い灯りがつきましたわ。
使女B 赤い灯りだ、赤い灯り……。
女子 (ベッドにバタリと倒れ込みながら)私は……ああ、ああ、私は……!
使女A (あわてて女子の体を支え起こす)お嬢様!
女子 ――赤い灯り、赤い灯り……私は……!
使女B お嬢様っ!
女子 私はもう……誰か……。
使女A お嬢様、お嬢様っ?
女子 いや、いや、いや……!
(と、声を上げて泣き沈む。
二人の使女はどうしてよいか分からず、ただ黙り込む。
少し長めの静寂が訪れる。
やがて、音楽堂の方からどこか悲しげな弔いの鉦(かね)の音が聞こえてくる)
使女B (あわてて窓へと駆け寄りながら)あの、悲しげな鉦の音が……。
使女A (同じく窓へと駆け寄りながら)お祝いの太鼓の音が鳴り響くはずなのに、どうしてこんな不吉な鉦の音が聞こえてくるのでしょうか。
使女B あの鉦の音は、亡くなった方を弔うための音でございます。
それも、思いがけない大事故で命を落とした人のために、打ち鳴らされる鉦の音でございます。
(鉦の音がますます悲しげに響き渡り、今までついていた赤い灯りが消える)
使女A お嬢様、お嬢様、ご覧になってくださいまし、赤い灯りが消えてしまいましたわ!
女子 (ベッドから起き上がり、窓へと駆け寄る)本当だ、赤い灯りが消えて、月明かりだけが音楽堂の丸い屋根を照らしているわ。
……赤い灯りが消えて、(鉦の音はますます悲しげに鳴り響く)ああ、そしてあの悲しげな弔いの鉦の音が、震えるように鳴り響いているわ。
……不吉な事故の鉦が。
(今度は青い灯りが、先ほどと同じ場所にともされる)
使女B あっ、青い灯りが……!
使女A 赤い灯りの代わりにともりましたわ。
女子 本当に青い灯りが……一体どういうことなの、亡くなった人の魂のためにともされる青い灯りが……音楽堂についているわ。
そして弔いの鉦が打ち鳴らされて……。
(と、海を眺めながら)あっ、さっきまで見えていた水鳥の列が、どこへ行ったのかもう見えないわ。
使女B (空を見上げながら)それに、あの不吉な雲も消えてしまいましたわ。
使女A まるで死んでしまったかのように、影も形もなく消え去ってしまいました。
(鉦の音はなおも鳴りやまない)
女子 まだ鳴っている、まだ鳴っているわ。
(玄関の方から、馬のひづめの音が聞こえてくる。
いななき声。
やがて間もなく、従者があわてふためいた様子で飛び出してきた)
従者 お嬢様は此処においででございましたか! たった今、音楽堂で大変なことが起こってしまいました!
女子 (従者をじっと見据えながら)今鳴り響いている弔いの鉦の音は、その一大事を告げているのではないか!
従者 おっしゃる通りでございます。
滅びゆく魂を悼む鉦の音が、若様の突然の死を告げているのでございます。
女子 えっ……若様が急死なさったって!? 突然お亡くなりになったの!?(と、またベッドへ倒れ込む)
使女A 若様が急死なさったなんて……!
使女B お亡くなりになられた! 亡くなられたわ!
従者 おどろかれるのも無理はございませぬが、今はただ驚いている時ではございません。
まもなく、涙を浮かべた大勢の騎士や音楽家に送られ、子どもたちの哀悼の歌に包まれながら、若様をお納めした白木の棺(ひつぎ)が、この館へやってまいりましょう。
棺が館へ到着する前に、音楽堂で起きた一大事をお伝えしようと、こうして駆けつけたのでございます。
女子 早く、早く、それならそれを早く話してちょうだい!
ああ、私の心は津波のように荒れ狂い、黒く不気味な魔物の影が心を真っ黒に曇らせているわ。
……若様はどうして亡くなられてしまったの。
あんなに優しく、情け深かった若様が……。
従者 はい、はい。
実は今朝から音楽堂では……。
女子 (もどかしそうに)音楽のことはもうどうでもいいわ!
早く若様の様子を教えて……!
従者 はい、はい、でございますが、順を追ってお話しせねば事情がお分かりになりますまい故、まあまあお気持ちを静めて、はじめからお聞きくだされ。
――今朝から音楽堂の中は、チェロやラッパの演奏で耳もつぶれてしまいそうなほどでございました。
初級翻訳・レモンの花の咲く丘へ 第18話
レモンの花の咲く丘へ
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