諸国から集まられた音楽家の皆様は、たった一つの月桂冠と一人の乙女を手に入れるため、二十歳の方は二十代の、八十歳の方は八十代の、ご自身の持てる技のすべてを発揮して、演奏し、歌われましたので、まるで音楽の嵐が、あの頑丈な建物をも揺るがすのではないかと思われるほどでございました。
(間)それが夕方になるにつれて次第に静まり、ちょうど先ほど夜中を迎えた頃には、音楽堂はすっかり静まり返り、ただすすり泣くようなヴァイオリンの調べと、銀の竪琴の胸を刺すような響きが、聴く人の耳に揺れるばかりとなっておりました。(間)やがてオーケストラが始まり、それがピタリと止むと、ホールの中は先ほどよりもずっと深い静けさに包まれました。
さあ、ここからが残された三人の実力者の中から、本当の優勝者を決める最後の審査でございます。
女子 その三人の中に、若様もいらっしゃったのではないかしら?
従者 三人の中でも、一番みんなから期待されていたのが、他でもない若様でございます。
(間)若様が歌われる曲は、この世で若様ただ一人しかご存じないという、「死に行く人魚」という伝説の歌なのだそうでございます。
(間)若様がその気高いお姿をホールの真ん中に現され、ステージへ上がろうと歩みを進められたとき、集まった世界中の騎士や音楽家たち、そしてお祝いの歌を歌うために集められた子どもたちの視線は、まばたき一つせず、すっかり若様のお一人に釘付けになりました。
そのときの若様のお姿は、窓から差し込む月の光も、ホールの中のろうそくの光も、すべて若様のおそばだけに集まったのではないかと思えるほど、気高く美しく輝いて見えました。胸には一輪の深山鈴蘭(みやますずらん)の花が挿され、手には大切にされているバイオリンをお持ちでした。
このバイオリンには、緑色のペリドット(かんらんせき)と赤いルビー(紅宝玉)がちりばめられており、亡くなられたお母様の大切な形見なのでございます。
(間)しかし、ああ、なんという不運でしょう。若様が正面のステージへと上がろうと、片足を段にかけられたまさにそのとき、人々はその奇妙な姿に目を奪われ、不思議な音楽の響きに心をすっかり奪われてしまったのです。
――ああ、すべての災いはそこから始まったのでございます。
女子 もしかして、昨夜のあの老人が、昨夜の姿のまま銀の竪琴を手にして、ふたたび現れたのではないの?
従者 その通りでございます。お嬢様、どうしてそんなことがお分かりになられたのですか。
女子 私のこの呪われた神経が、私のこの呪われた神経が、そうだと私メに告げているのよ。
従者 ですが、呪われた神経を持っていたのは、お嬢様だけではございませんでした。
音楽堂に集まっていた数えきれないほどの騎士や音楽家、近所の人々、そしてお祝いの歌を歌う子どもたちに至るまで、みんな恐ろしい呪いにかかってしまっていたのです。
なぜなら、あの不思議な老人が銀の竪琴をかき鳴らしながら、静かにステージへ上がっていくのを、誰も止めようともせず、邪魔もしず、ただ目の前で起きていることをぼんやりと見つめていた――そのことでよく分かるのでございます。(間)そう、ホールにいた人たちは皆、ただ呆然と見とれているばかりだったのです。
そして、かき鳴らされる銀の竪琴の音色に、魂まで奪われるようにして聞きほれていたのでございます。
(間)ああ、あの悲しげに、心をかき乱すように、震えながら響いた竪琴の弦の音よ!
女子 その老人が歌った歌は? 銀の竪琴の弦に合わせて、その老人が歌った歌はどんなものだったの?
従者 まあ、どうか落ち着いてお聞きくだされ。
……聴衆は、まるで眠り薬と惚れ薬をいっしょに飲まされたかのように、首をうなだれて耳を澄まし、そして、あの恐ろしいことに、昨夜のあの夜と同じように、誰も彼もが片ひざをつき、自分の楽器をあごに当て、感情がこみ上げたときには時々それをかき鳴らしながら、すっかり聞きほれていたのでございます。
女子 それで、その銀の竪琴の曲はどんな曲だったの?
従者 それをお話しする前に、まだまだお話ししなくてはならないことがたくさんあるのでございます。
――さて、その魔法使いのような老人がステージの上に立ち、ものの二十分もの間、銀の竪琴を激しくかき鳴らしました。
それを聴いているうちに、人々の目からは悲しみの涙が熱く流れ落ち、かわいそうな運命を嘆くため息がくちびるから漏れ、肩を震わせて歌の悲しみに共感していったのです。
そして、その曲を聴いている人たちの目には、青く広がる海の上を、赤い帆を掲げて進んでいく幻の舟と、それを追いかける人魚の、なまめかしく美しい肩と胸元、そして長く黒い髪がはっきりと見えていたのでした。
(間)銀の竪琴の音色に合わせて、老人はこのように歌い上げるのでございます。
幻の美しければ
海の乙女の
あわれ人魚は
舟を追う。
波を分けて舟を追う。
月は青ざめぬ
屍に似たる水の色。
女子 (驚いて)ああ、それは、若様が歌うはずだった「死に行く人魚」の歌ではないの!
従者 それが若様の歌だと気づいたのは、もっと後のことでした。
音が鳴り響いている間、歌声が聞こえている間は、人々の心はただただ同情と涙と感動とにどっぷりと浸かっていたのでございます。
ああ、あのときの室内の様子と言ったら、ろうそくの光は赤くもなく白くもなく、まるで薄い布を通して空を見上げるかのように青白く濁り、壁や天井に人々の影を映し出していました。
ピクリとも動かない人たちのその影は、今にも恐ろしい悪魔が暴れ出すその一瞬前の静けさのように、神秘的とも、この上なく悲惨とも言えない、得体の知れない気味の悪さを漂わせていたのです。
窓の外に目をやれば、月の光に浮かぶ海の水鳥たちはまるで人魚の群れのようで、海の光を反射して流れる空の雲は、まるで幻の舟のようでした。
――風も吹かず、草木もそよがず、外も中も身の毛がよだつほど静まり返った状態! 聞こえるのは悲しみの歌声ばかり、すすり泣く銀の竪琴の音ばかり、ただ音だけが世界を満たしていたのでございます。
女子 そのとき、若様はどうしていらしたの?
従者 大切な曲を盗まれてしまった若様は、まるで石の彫像のように立ちすくみ、ステージの端でカチコチに固まっておられました。
女子 ただ立ちすくんでいるだけだったの! まあ、まあ、ただ固まっていらしただけなんて!
従者 自分の歌うべき曲を奪われた若様は、ステージの前で動けなくなり、自分が歌うはずだったその歌を、なんと憎い敵の口から聞かされていたのでございます。女子 ええ、ええ、ただ聞いているわ。
従者 ただ聞いているばかりで、どうすることもできなかったのでございます。
(間)いま少しお聞き下さいまし――このものすごい静けさのあと、暴風よりも荒々しい大騒ぎの幕が開かれました。
それは拍手と感嘆と、激しくほめそやす声でございました。
集まった大勢の人々は皆一様に、老人の神サマのようなすばらしい音楽に対して、「あの人に月桂冠(げっけいかん)を与えなさい!」と叫び出したのでございます。
初級翻訳・レモンの花の咲く丘へ 第19話
レモンの花の咲く丘へ
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