日頃の借金もみな返してくれたので、なんと三十四俵――彼らの言葉で言うところの「十七駄」もの米を、町の米屋へ預けることになりました。
もちろん、その重要な仕事を任されたのは彼でした。
しかし、昔ひとたび鐘のようにボーンと鳴り響いたあの男は、どこまでいってもあの頑固な彼のままでした。
もういい歳になっているというのに、いったいどんな弾みだったのか、急に自分の力自慢をしたくなってしまったのだそうです。
もしかすると、生前に山沢さんに誘い出されては数々の手柄を立てていた、その力の使い道がなくなってしまったせいだったのかもしれません。
本当に凄まじいことですが、同時にちょっと笑ってしまうような話として、彼は大きな荷車に、八俵を二度、六俵を二度、三俵を二度という、ちょっと正気とは思えないほどの途方もない積み方をして、小一里(約4キロ)ほどある町まで、たった一日のうちに運び込んでしまったのです。
これには、さすがの力自慢である米搗き(こめつき)の男たちも、「お前さんのこればかりは、とても敵わない」と言って舌を巻いたということです。
彼はもちろん、とてもいい気分でした。
若い、青臭い連中にいい見せしめになったと思っていたのです。
ところが、悔しいことには、「年には、さすがのこの俺も敵わない」と、そのあとですっかり心臓を悪くしてしまったのでした。
これから先の二十年、三十年の間に少しずつ小出しに使っていくはずだった人生の力を、一瞬にしてドカンと使い果たしてしまったので、もうすっかりヘトヘトになってしまったのです。
手足が自由にならず、思うように歩くこともできなくなった彼の偉大な体は、遠くなった耳とともに、ますます彼の頑固さを頑ななものにさせました。
今こそこんなにヨロヨロとしていようとも——という、反発心からくる、けれどもどうしても持っていなければならない自分への誇りが、彼の頭をいっそう高く持ち上げさせるのでした。
娘が十八歳になってお嫁さんをもらい、自分も、町の呉服屋の下働きをしていた少し影のある女性を後妻に迎えて、彼は貧しくとも毅然と肩をいからせながら暮らし始めたのです。
しかし、彼はそのころ、よく行方不明になることがありました。
三、四日ほど居場所が分からないこともあり、ときには十日ほども、女房さえ知らないどこかで過ごしてきたりするのです。
まわりからはいろいろな噂が囁かれましたが、どれが本当のところかは分かりません。ただ、博奕(ばくち)などを打っていたことだけは間違いなかったでしょう。
とにかく、そんなふうだったものですから、山沢さんの未亡人もさすがに目を光らせていたとき、彼はある日突然、警察に告発されてしまったのです。
それを聞いて大騒ぎしたのは、村の人たちばかりではありませんでした。
山沢さんの未亡人は顔を真っ赤にして怒りました。
自分が新しい家の主人となったというのに、屋敷の中からそんな不面目な人間を出したと言われては、どうしても我慢がならないと思ったのも、無理のないことだったでしょう。
その事件の原因が何であったのか、私ははっきりとは知りません。
しかし、聞いたところによると、どうも桑の苗の取り引きをめぐって、商売がたきに訴えられたものらしかったのです。
彼は十日ほど、暗い留置所に拘留されました。
「ところが、有難いことに、神様のおかげで、自分の身の潔白がはっきりしたんだ」
尋問されたとき、彼は何日分もの日記を、すっかり「暗記して調べた」のだそうである。
彼の「日記を調べた」という意味は、過去の何日分もの日記の内容を、頭の中で一言一句残らず暗唱したということらしかった。
自分でも気味が悪いほど、どんな小さなことでもはっきりと当時のことを思い出すことができたのである。手紙の何行目に何と書いてあるかまで、まるで目の前にあるかのようにハッキリと心に浮かんで見えたそうである。
もしかするとそれが理由だったのかもしれないが、彼は無罪となって許された。そのとき、警察の署長が、
「散々ひどい目にあわせて、本当に気の毒だったね」
と声をかけ、とても親切にしてくれたのだと彼は話してくれ、その口元には今でもその当時のままの微笑みが浮かぶのである。
こうして無罪で釈放されたはいいものの、山沢さんの未亡人は、もう彼をあの屋敷の中に住まわせることはできないと言った。
あんな疑いをかけられるような人間を置いておいては、亡き山沢さんの名前にかかわるというのだ。
これを聞いた彼は、もう自分の心をピタリと決めた。
「犯罪なんてしていないと、お上(警察)でさえ認めてくれているのに、『けしからん奴だ』と怒る人たちに対して、今さら自分から言い訳する気などないぞ」
そう思ったのである。
誰かに許しを乞うたり、悲しくお願いをしたりするには、彼の骨はあまりにも真っすぐで硬すぎたのだ。
彼は、おろおろと心配する奥さんを励ましながら荷物をまとめ、5年前に引っ越してきたときよりももっと簡単に、その家を出て行ってしまった。
そして、村のはずれにある小さな小屋に住むことになったのである。
もう自分の畑もないため、これからは下駄の歯を直したり、キセル(羅宇)の管をすげ替えたりする仕事で稼ぐしかなかった。
前よりもっと貧しい暮らしをしなくてはならない。
しかし、そんなことは彼にとっては何でもないことだった。
ただ一つだけ、どうしてもがまんのならないことがあった。
「曲がったことは、たとえ爪の垢ほどの小さなことでも、自分に対しても他人に対しても絶対に許さないこの俺が……この俺が、あんな下らない蛆虫(むし)どものような奴らから、薄汚い人間だと思われたかもしれない」
そう考えただけで、彼は悔しさで歯が鳴るほど腹が立ったのである。
十三
彼は、山沢さんのお墓の前にひざまずき、声をあげてさんざん悔し涙を流した。
のこのこと生き恥をさらしていられないほど、悔しくてたまらなかったのだ。
昔の武士(士)は、自分の潔白を証明するためには命さえ捨てるものだった――生前に旦那様がそう言っていた言葉を思い出すと、彼はその場で一つの大きな決心をした。
彼は男らしく、旦那様の大きなお墓の前で自分の腹をかっさばいてみせ、あの蛆虫どものような連中に、自分の本気と潔白を思い知らせてやろうと思ったのである。
もちろん、その心の奥底には、「そんなことをすれば、旦那様だって、俺のことを『見損なった奴だ』などとは思わずにわかってくれるはずだ」という、どこか子供のように純粋な気持ちもあったのだ。
なぜそんなことを思いついたのか自分でも分からないが、彼は以前、自分の大切な「守り刀」を預けておいた、ある元武士の人のところへ行った。
そして何気なく刀のことを切り出してみると、彼の顔をちらりと見たその人は、軽い調子でこう言った。
「あんなものかい? 今ごろになって何でまた思い出したんだ。もうとうの昔に、一円五十銭で売り払ってしまったよ」
それを聞くと、その人は急に姿勢を正し、三郎爺の顔をまっすぐ見つめながら、こう言ったのである。
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