初級翻訳・ひな勇はん 第5話

ひな勇はん

そして、私たちがその現実を思うだけで全身を震わせていた、九月の九日を迎えてしまったのだ。
朝、目を覚ました瞬間から、二人はずっと一緒に過ごしていた。そうして長い時間、言葉も交わさずにご飯も食べず、ただお互いの手をなで合ったり、しっとりと潤んだ瞳で見つめ合ったり、頬ずりをしたりして過ごしているうちに、すっかり夜になってしまった。
私達は十一時半の列車で出発することになっていた。
そしてその晩は、お妙ちゃんが都踊りに出る日だった。
私はもうこれが最後だと思って、東京に帰るための着物を着て、一番よく見える場所を選んで座った。
幕が上がる前にお妙ちゃんが私のところへやって来て、じっと私のひざにもたれかかっていた。
すでに舞台衣装をまとっていた。
私はそのえり足や、うす赤い耳たぶといったものを見ていると、こらえきれないほど涙がこぼれてきた。
人に見られないようにと私は一生懸命がんばって、出たくもないあくびをしたりした。
やがて楽屋の準備ができたという知らせが入ると、お妙ちゃんは長い袂(たもと)の中から、紫色の縮緬(ちりめん)の袱紗(ふくさ)に包んだ、小さくて、でも何だかとてもなつかしそうなものを取り出し、「またいつ逢えるか……それまでの形見や」と小さな声でそう言った。
私も大急ぎで懐(ふところ)の中から筥迫(はこせこ)を取り出し、中に入っていた紙くずなどを抜いて、そっと紫色のふくさが入っていた袂に入れた。
それは紫の地に花鳥を縫い詰めた、筥迫と紙入れを兼ねているようなものだった。
お妙ちゃんはそれをそっと抱き上げ、しっかりと胸に抱えながら私の目を見つめていたが、急に「お忘れやはるな(忘れないでね)」と言って、まるで夢中になった様子でかんざしのかざりを揺らしながら走り去っていった。
幕が上がった時、真ん中あたりにお妙ちゃんは立っていた。
一つ体を動かすにも、一つ手を動かすにも、その時々の視線が、悲しげに、そして震えながら投げかけられていた。
幕が下りるまで、私はお妙ちゃんのあの切なげな視線を受け止めていることができるかしらと思いながら、もし見つめられたら、きっとこっちからもそれにしっかり答えようという気持ちでいた。
苦しく、悲しく、重く、何とも言えない気持ちの中で幕が下りた。
私は、お妙ちゃんにもう一度会ってからにしようか、それともやめようかとすごく迷ったけれど、結局また楽屋裏の薄暗いところで、「雛勇さんに、楽屋下で待っていると伝えてくれ」と人に頼み、ぽっくり(下駄)の音が聞こえてくるのを今か今かと待ちわびていた。
間もなく、パタパタとなまめかしい草履の音が聞こえてきて、私の胸にはお妙ちゃんが飛び込んできた。
ぽっくりがどうしたのか見つからなくて、やたらに手間取ったから、草履のままで来たんだよと、小さく、おびえたように震えた声で彼女は言った。
「忘れないで、忘れないで」
お互いにただ夢の中にいるような気持ちで、その言葉を何度も繰り返した。
どこかの時計がもう十一時を打って、おばあちゃんは私に「早く押しなさい、早くしなさい」と急かしている。
「お妙ちゃん」
私はもう涙がいっぱい溜まった声で、小さく呼んだ。
「お百合ちゃん――ほんまにお忘れやはるな、わてはな、死んでもおぼえてまっせ……なぁ、お百合ちゃん、きっと、あれはなくさずに持って居てな、わて、これは死んだら棺(ひつぎ)の中まで入れてもらいますさかえに……」
お妙ちゃんはもう凍りついたような声でそう言って、暗闇を透かすようにしばらく私の顔を見つめていたが、急にクルリと向き直って、闇の中へ――楽屋の方へと行ってしまった。
「お百合ちゃん」
耳のせいか何か分からないが、かすかな声が私の耳に響いた。
私ももうどうにもこうにも耐えられない気持ちになって、紫のふくさをぎゅっと抱きしめ、おばあちゃんを急かして列車に乗り込んでしまった。
私は自分の体が汽車に乗っているということがどうしても信じられなかったし、ましてあんなに仲良くしていたお妙ちゃんを一人残してきたなんて――いくら考えても実感が湧かなかった。
けれども、猛烈な勢いで走っていく列車は、だんだんと私にその現実を思い知らせていった。
私もまた、それを信じないわけにはいかないのだった。
薄暗い寝台車の中で、私はまた新しくポロポロと涙をこぼしながら、震える指先でしっかりと結ばれている紫色のふくさの結び目をほどいた。
中からは、ますます私の涙を誘うような、青く、まっ青に光る青貝の螺鈿(らでん)の小箱が出てきた。
お妙ちゃんがよく、この箱の角々をなで回しながら「まあ、ほんまに何てええ箱やろ、わて心中しようとまで思う人でなければあげんのえ」と言っていた、あの箱だった。
私はその青貝のまっ青な光の上をそーっとなでながら、夜が白むまで一睡もできなかった。
こうして新橋に降り立った私は、久しぶりの慌ただしく目まぐるしい様子を目にしながらも、お妙ちゃんのことを思わずにはいられなかった。
家に帰った。
するとすぐに、私はお妙ちゃんのところへ、わざわざきれいな便箋をそろえて手紙を出した。
細い細い丁寧な文字で、三ヒロ(約五メートル)ほどもあるような長い手紙を、私は目を涙でキラキラさせながら書き上げてポストに投げ込んだ。
五日経った日に返事が届いた。
クモのあの銀色の糸がかすかに震えているような、儚くて、そしてこの上なく美しい――そんな気持ちが伝わってくる返事だった。文字一字の間にも、あの赤い口紅と白粉(おしろい)の香りがしっかりと染み込んでいるように感じられた。
それからというもの、四日に一度は必ず手紙をやり取りしていた。
ある時は、たった一輪の撫子(なでしこ)の花を封じ込めて送ってくれたこともあった。
またある時は、読み疲れてしまうほどびっしりと書かれた手紙が届くこともあった。どれが届いても、どんな手紙であっても、私にとっては本当にうれしい便りでした。
今年の秋の寂しさといったら――私はまるで病気をしているかのようにただただ寂しい気持ちになり、自分がかわいそうになるほどでした。それでも、遠く離れている私達は、思ったままを正直に手紙に書いては慰め合っていました。
十月、十一月、十二月、正月、二月――これだけの月日は、寂しい思いをしながらもお妙ちゃん本人の手書きの文字を見ることができました。
二月二十八日頃に出した手紙に返事がなく、さらに五日ほど経ってからもう一通手紙を出しました。
それなのに――私はふと疑いの気持ちが湧いてきました。
けれども、どうこう深く考えるわけではなく、ただ「やっぱりあの子は、そういう気まぐれを起こしやすい人だったのかな」と思っていました。
そんな、なんとなく不安でイライラするような日が続いて、とうとう私が泣き出してしまうかのように雨がしとしとと降っている日のことでした。
私の机の上に、一通の白い封筒が置かれていました。
お妙ちゃんがいた家の名前が書かれているのに、お妙ちゃん自身の名前がありません。

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