コトエはそこで、草むらに学校の包みをかくして、みんなを待ちました。
吉次とソンキが、先をあらそうように走ってやってきました。
つづいて竹一と正。
いちばんおくれてやってきたのは、富士子と仁太でした。
仁太は用心深く、シャツやズボンの四つのポケットを、いり豆でパンパンにふくらませていました。
家にあるだけ全部持ってきたのだそうです。
それを気前よくみんなに少しずつ分けてやりながら、いちばんうれしそうな顔をしていました。
ぽりぽりといり豆をかみながら、一行は出発しました。
「おなご先生、びっくりするぞー」
「おう、すっごく喜ぶぞ!」
コトエひとりは先頭に立って、みんなをふりかえりました。
走っていってすぐもどるはずだったのに、だれもかれものんびりと歩いているなあとコトエは思いました。
行けばわかるのに、みんな口ぐちに女の先生のことばかり言っています。
「おなご先生って、足をひきずって歩くんだよな」
「おなご先生の足、まだ痛いのかなあ」
「そりゃ痛いから、足をひきずるんじゃないか」
するとソンキは、ちょこちょこと前にすすみ出て、
「なになに、みんな。
アキレス腱(けん)ていうのはここだぞ。
この太いすじが、プツンと切れたんだってさ」
自分の足首のあたりをさすってみせて、
「こんなところが切れたんだもん、そりゃ痛かっただろうなあ」
こうして、ようやくみんなの足は早くなっていきました。
子どもたちだけでこの道を歩くのは、はじめてのことでした。
山の景色がかわるごとに、新しい景色があらわれて、少しもあきませんでした。
岬をぬけて、入り海ぞいの道にかかると、一本松の村はすっかりうしろのほうへ遠ざかっていきました。
それだけ目的地に近づいているはずなのに、なんだかうそみたいに感じられて心細くなりましたが、だれも口には出しませんでした。
やがて、はるかかなたに本校から帰ってくる生徒たちのグループが見えました。
みんな、はっとして顔を見合わせました。
「かくれろ、かくれろ! 大急ぎで!」
マスノの一声で、あとの十一人もサルみたいにすばしっこく動き、草むらの中へと走りこみました。
ガサガサと音がして、草が大きくゆれました。
「じっとして! 音をたてたらだめだよ!」
マスノがうすいくちびるをきゅっと引き締め、少しつりあがった目でみんなをにらむと、竹一や正までが声も体もすっかり小さくひそめてしまいました。
みんなの背の二倍もありそうな大きな草むらは、十二人の子どもたちをすっぽりとかくして、サラサラと音を立てていました。
しかし、だれにも気づかれずに大きなお兄さんたちをやりすごすことができたのは、本当はマスノのすばらしい判断力のおかげでした。
彼女ににらまれると、みんなネコみたいにおとなしくなるのでした。
岬の道を出て、いよいよ本村に入りはじめるころから、みんな自然と小声でおしゃべりをするようになりました。
一本松の村に行くまでには、いくつかの町や村の、たくさんの集落がありました。
その大小さまざまな村をすぎては迎えられ、すぎてはまた迎えられ、もうおなじみになるほどそれをくりかえしても、目的地である一本松はなかなかやってきませんでした。
岬の村から見ればあんなに近かった一本松、目の前にはっきり見えていたはずの一本松が、今は影も形も見えません。
八キロ、大人のいう「二里」の遠さを足の裏でしみじみと感じはじめて、子どもたちはだんだんと言葉をなくし、静かになっていきました。
すれ違う人たちの顔も、見たことのない人ばかりでした。まるで遠い国へやってきたような心細さが、みんなの胸の中にだんだんと、重い石のように沈んでいきます。
もう一つ山を回れば、一本松が目の前に見えることを、子どもたちはだれも知らなかったのです。
何かを聞いてもらちがあかない仁太に尋ねることも、もうすっかりあきらめてしまい、ただ前へ前へと、一歩でも進むよりほかありませんでした。
竹一とミサ子はまっさきにぞうりの鼻緒が切れてしまい、切れていない方の片方をミサ子にやったので、竹一はすっかりはだしになっていました。
吉次や正のぞうりもあやしい状態でした。
だれも一銭も持っていないのだから、ぞうりが新しく買えるわけがありません。
このままだとはだしで帰らなければならないだろうことは、ここまで歩いてきた道のりの遠さを考えあわせると、ぞうりの切れかけた子たちの気持ちをいっそうみじめにさせました。
すると突然、コトエがわっと泣き出してしまいました。
お昼ごはん抜きだった彼女は、疲れが出るのもいちばん早かったのでしょうし、もうがまんできなくなったのです。
道ばたにしゃがみこんで、えーん、えーん、と声をあげて泣きました。
すると、それにさそわれるようにミサ子と富士子もしくしくと泣きだしました。
みんなは立ちどまって、ぽかんとした顔で泣いている三人を見ていました。
じぶんたちだって泣きたいくらいなのだから、元気づけてやるような言葉など、まったく出てきませんでした。
きびすをかえして引き返せばいいのです。
もう帰ろうや、とだれかが言い出せばよかったのです。
しかし、だれもそれさえ言い出す力がありませんでした。
マスノや小ツルでさえ、困ったような顔をしていました。
ふたりだっても本当は泣き出したかったのです。
だけど泣けませんでした。
いっそみんなで一緒に泣き出せば、どこからか救いの手が差し伸べられたのかもしれませんが、子どもたちはそれにも気づきませんでした。
初秋の空はどこまでも晴れわたって、午後の強い日差しが、この幼い子どもたちの一団を、白くかわいた道の真ん中で、なんだか場違いなほど痛々しくうしろから照りつけていました。
おうちに帰りたいという気持ちが自然にあらわれて、気づかないうちに、いま歩いてきた道のほうをみんな振り返って立っていたのです。
その前方のほうから、警笛を鳴らしながら、銀色の乗合バスが走ってきました。
その瞬間、十二人はまるで一つの心にむすばれたように、せまい道ばたの草むらの中に一列によけてバスを迎えました。
コトエさえもう泣くのをやめて、じっと一心にバスを見つめていました。
もうもうと煙のように白い砂ぼこりを立てて、バスは目の前を通りすぎようとしました。
そのとき、バスの窓から思いがけない顔が見え、
「あら、あら!」
と言ったかと思うと、バスはそのまま走りすぎていきました。
大石先生だったのです。
わあッ!
と思わず道へとびだすと、子どもたちはみんな歓声をあげながら、バスのあとを追いかけて走りました。
新しい力がどこから湧いてきたのか、みんなの足取りは驚くほど軽やかでした。
「せんせえ!」
「おなごせんせえ!」
少し先でバスがとまり、女の先生をおろすと、バスはまた走り去っていきました。
松葉杖(まつばづえ)に体をあずけて、みんなを待っていた先生は、子どもたちがそばまで来るのを待たずに、大きな声で言いました。
「いったい、どうしたの!」
走りよってその手にすがりつきたいけれど、うれしさと、なんだかちょっとこわいような気持ちが入り交じって、そばまで行けずに思わず立ちどまってしまう子もいました。
「先生の、顔、見に来たん。
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