初級翻訳・二日物語 第11話

二日物語

その上、我が子を愛するあまり狂いに入った意地悪な老婆(叔母)に責め立てられて、朝から晩まで過ごしている胸の内を思うと――「父上がいらっしゃれば、母がそばにいれば」と、親を慕って血を絞るような涙に暮れている時もあるその様子を思うと――親の心が乱れずにいられましょうか。

このまま打ち捨てて放っておけば、娘はきっと、あちらこちらの悲しみに耐えかねて、深い淵や川にその身を沈めてしまうのではないでしょうか。あるいはそうでなくとも、押し寄せる辛さや苦しさに耐えかねて、とうとう病に倒れてしまうのではないでしょうか。

仏の道に入ったからには、世間における名目上の親子の縁は切れました。しかし、血のつながりは切れるものではありません。親であり、子であるという血の脈絡はしっかりと引っ張られています。我が子のことを忘れる暇などあろうはずがありません。昼の間は心を澄まして仏様にお仕え申し上げておりますが、夜の夢は娘のことではない日など一日もありません。

もしこのまま放置して、娘の悲しい結末をまるで他人のように見過ごさなければならないと決まってしまったのなら、仏様にお仕えする自分は、鳥や獣よりも冷酷で恥ずべき存在ではないでしょうか。たとえ来世において、身から金の光を放つような尊い存在になれたとしても、そんなものは決して嬉しくはありません。よくよく考えてみれば、仏様にお仕えするということは、もともとは「自分一人が救われたい」という心から始まったものであり、子どもに対しても妻に対しても、あまりにも酷い鬼のような生き方ではありませんか。

一見すると晴れがましく聞こえますが、自分一人が蓮の葉の上の清らかな浄土に行きたいがために、目の前で苦しむ人の目に涙が流れても目を向けず、人の辛さに耳も貸さない。「世を捨てたのだ」というその一言だけで、この世の人々の様々な営みを「どうなろうと私の知ったことではない」と切り捨ててしまうのは、あまりにも卑怯ではないでしょうか。

そもそも、どうして私は尼などになってしまったのでしょうか。何とかして、あの娘と一緒に生きるべきだったのです。何と愚かにも、自分で大きな過ちを犯してしまったものです。
「もう今となっては、来世の安楽などもはやそれほど望みまい。たとえ地獄の火の車に落ちようとも、そんなものはどうってことないわ。俗世間に戻って、あの娘を叔母から取り返してやろう!」
そう思い詰めたことが、一度や二度ではありませんでした。

けれども、長年頼りにしてきた仏の道を裏切ってしまうことへの恐れもあり、心と心との激しい争いの中で、どうするべきか全く道が分かりませんでした。これまで幼い頃からずっと頼み奉ってきたこの高野の地の仏様に、七夜参りの祈願を込めたのも、ひとたびは娘の身の上の安寧を祈るためだけだったのです。

ちょうど今宵、その祈願の満願の時期を迎えたというのに、思いがけずこうしてあなた様のお目にかかり、胸の中にしまい込んでいたこの事情やあの思いがとめどなくあふれてきました。それと同時に、あの情けなかったあなた様が昔、家を出て行かれた時の光景までが、一時に目の前に鮮やかに浮かんできたのです。

思い出せば、娘が四歳の年、まだ幼い髪型をした子ども姿で、何の罪も報いも知らないあどけない顔に愛らしい笑みを浮かべ、「父上、父上」と慕い寄りながらすがりついてきたのでした。それなのにあなた様は、お心も強く、縁側から下へと荒々しくその小さな手を振り落とされた――あの時こそが、娘の苦難の人生の始まりであったと。そう思い返すにつけても、あまりの悲しさに恨めしささえもが込み上げてきて、懐かしさとも入り交じり、言葉にもならないあふれる涙を抑えることができなかったのは、まさにこうした理由からなのでございます。

女がそうやって細々と身の上を語ると、西行も何度も袖で目を押し拭いましたが、やがて声を和らげ、とても静かにこのように語りかけました。

「お前の言うところは、どれももっともな理由がある。ただ、その娘の身の上のことについては、私はまだ何も知らなかったようだね。実は、今から五日ほど前のことだ。私自身が直接その娘を説き諭して、すでに苦しみに満ちた俗世間の門を出させ、仏法の麗しい庭の中へと迎え入れさせておいたのだよ。
少しばかり耳に挟むところがあったので、目の前にあるこの縁をきっかけとして、我が子の死後の安楽を願わせようと思い、ただ一度だけ会ってこう言い聞かせたのだ。
『お前は親に似て賢い素質を持っているし、前世からの知恵(宿智)があるのだろうか、私の言うことに自然と道理にかなうところがあった。父である私がすでに世を逃れて出家したのだから、お前も私の後に従いたいと思うのはもっともだ。この世に百歳まで添い遂げる夫婦などいないというのに、どうして限られた一期の恩愛にいつまでもこだわる必要があろうか。たとえ自分の思いが叶い、望みがすべて満たされたとしても、他人の恨みを買い、羨ましがられながら生きるのは愚かなことだ。もともと女の身なれば、世間で栄達したいという願いもそこまで深くはないだろう。親である私がいないのだから、自分の身を過剰に重んじる気持ちもやや薄れているはずだ。あえて仏様を頼みとして浄土に生まれようとまでは思わぬまでも、どのような山の奥であっても、草の庵のその中で、イバラを簪(かんざし)代わりにし、粟やヒエを炊いて暮らすだけでもただ心が清らかに月日を送れたなら』などと、かつてお前が心に思い描いていたことは幾度となくあったのだよ。
共に語らうべき兄弟もなく、親しく交わるべき友人も持たず、お前の心がこの世に残る理由などどこにもない。私という養親の恩に十分に応えてあげられなかったことは少しばかり残念だけれど、大叔母君の現世の平穏と来世の幸せを毎日欠かさず祈ることで、その恩に報いなさい。また、心を通わせる人がたった一人だけいたようだが、特に何か約束の言葉を交わしたわけでもないのだから、たとえこうして別れ別れになったとしても不思議ではない。空の雲は昔のままに白く、山の緑は昔のままに青々としている、ただそれだけのことだ。私はすでに完全にこの世に対する未練を断ち切った。さあ、早く私の導師となって、私を剃髪させ、仏門に入れておくれ』
娘がそう雄々しく言い出したので、私はその心根の美しさに深く感心し、私自身もまた雄々しく、若い女性の美しい黒髪を切り落とし、華やかな色の衣を脱ぎ捨てさせ、仏門に入るための四弘誓願(誓いの言葉)を唱えさせたのだよ。

おや、どうしたのだ。そんなふうにしてお前は、今、涙を流しているのか。無理もないことだ。お前は菩提の善友よ、泣いているのか。嬉しさにこそ涙を流しているのだろう。浄土へ共に向かう同行の仲間よ、落涙しているのか。それはきっと感涙に違いまい。おゝ、あまりの有難さに、私までもが少し涙に誘われてしまうではないか。
さて、ここに美しいお姫様はもう亡び果てた。そして、その代わりに美しい尼君がお生まれになったのだ。
青々とした、少し寒げに刈り込まれた頭、鼠色の法衣、そして小さな数珠。その殊勝な姿は、もう言葉では言い表せないほど尊い。

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