案内をこうと、
「おうおう、吉浦の健一さんか、遠いところをようこそ見えられたな、さァさァ、こちらへおあがり……」
七十をすぎた老僧は、きさくに玄関へ立ちあらわれましたが、お兄さまのうしろにしたがった博士にチラッと目をそそぐと、おや! といったように、まっしろな眉毛の下のひとみが、さすように博士の面へとまりました。
「健一さん、このお若いかたは、おつれかいな?」
「ハ、まだおひきあわせもしませんでしたが、義弟でして……妹のつれあいなのです……」
「いかんな…これはいかんな……」
と和尚さんは、お兄さまのことばも耳に入らぬようにつぶやきながら、いぶかしそうにじっと、博士の面へ目をとめていられるのです。
「健一さん、くるそうそうろくなことをいわん坊主だと思われるかしらんが、このお若いかたにはおそろしいものがついとるな。「命をねらわれとる……」
その言葉を聞いたとたん、お兄さまと博士は、あまりのことにびっくりして、顔色を真っ青に変えてしまいました。
「と、おっしゃいますと……どういうことですか?」
「この若い方のうしろに、決して油断のならない、恐ろしいものがぴったりと憑ついとるんじゃよ……あんた、このごろ家の中で、何か気味の悪い恐ろしい目に遭っておるじゃろうが?」
「はっ、じつはそのことについて、きょう義兄のところに相談にまいりまして、それからこちらへもうかがおうということになりまして……」
「そうじゃろ、そうじゃろ、やっぱりあんたには恐ろしいものが憑ついとる。
いかん、いかん! 一刻も早くきれいに始末してしまわにゃいかん! さあさ、はやく靴を脱いで……中へお上がりなさい! できる限りのことは、このわしが相談に乗ってしんぜよう」
苔のむした庭からただよう青々とした香りのなか、静かで古びた書院へ通されてから、博士はこれまでの出来事のすべてを、このお寺の和尚さんにくわしくお話ししました。
「そうであろ……おおかたそんなことだろうと、わしもあらかじめ察しておったのじゃ」
と、和尚さんは深くうなずかれました。
「ところで、あんたはその老婆が一体どういう者なのか、見当がついているかな?」
「はっ、それがまったく見当がつかなくて……困っているのです」
「健一さん、これはあんたの大失策じゃよ。
わしが『あの家は悪い因縁がまつわっているいわくつきの家だから、思い切ってきれいに壊してしまいなさい』と三年まえにすすめたときに、なぜそのとおりにしなかったのかね? わしもできるだけのことはしてしんぜるが、そのかわりわしの言うことだけは、しっかりと守らなイカんぞ。
さもないと、その老婆に命を奪われてしまうことになろう」
「その、老婆というのは、いったい何者なんでしょうか?」
お兄さまは我慢できなくなって、思わずそう尋ねました。
「わしの見るところでは、あれは人間ではないな」
「人間ではないとおっしゃいますと……?」
「わしは怨霊(おんりょう)じゃろうと見ている。
それもただの怨霊ではない、よほど長い年月を生き抜いた、獣(けもの)の怨霊じゃな」
「怨霊……? へえ! 怨霊だなんて、おどろきましたね。
で……では、この恐ろしい災難から、どうしたら助けていただけるでしょうか?」
「まあ、待ちなさい……それはわしもいまから頭をひねるんじゃが。
そんな怨霊が、なんのためにあんたたちにこんな祟(た・た)りをしておるのか? いま住んでおるその家の由来からちゃんと話をしてあげんことには、あんたたちも納得できんじゃろ。
まあ、しっかり聞きなさい、こういうわけなのじゃ。
だが、そのまえに……健一さん、こんどはあんたも、わしの話をバカにして聞き流したりはせんだろうな?」
と、老和尚はきびしく念を押してから、世にもふしぎで、身の毛もよだつような恐ろしい物語を語り始めたのです。
***
あでやかな小姓
「それはいまから百七十年ばかりもむかしのことなのじゃが……あるいはかれこれ二百年ほど前になるかもしれんな。
そのころ『山茶花(さざんか)屋敷』には、このお屋敷を建てた石藤左近将監(いしとうさこのしょうげん)という城代家老(じょうだいかろう)が住んでいたのじゃが……」
と、遠い昔をなつかしむように、和尚さんは白いたて髭をしごきながら、じっと目を閉じました。
このおじいさんお坊さんは、いったいどんなお話をしてくださったのでしょうか?
これからお話しするのはだいぶ長いお話になりますから、ここからは私(語り手)がかわって、みなさんにお話しすることにいたしましょう。
まえにも言いましたとおり、城代家老といえば、お城やお殿さまにつぎいってえらい、ものすごい権力を持ったお方です。
石藤左近将監はそのころ四十五、六歳。
名前のとおり、気性がはげしく武骨(ぶこつ)なことが大好きな性格で、自分でも「間庭無念流(まにわむねんりゅう)」という剣術の腕前をとてもよくつかう人でした。
若い家来や、お小姓(こしょう)、奥女中、お下働き、馬の世話をする番人など、たくさんの召使いにかこまれて暮らしていました。
奥さんは二、三年まえに亡くなっていて、いまは二十歳になる「新之丞(しんのじょう)」という息子と、たった二人きりです。
その息子・新之丞は、お殿さまにお仕えするためまだお城から戻っていません。
長押(なげし)に槍や薙刀(なぎなた)がかざられた広い居間で、左近将監はたったひとりっきりで、さっきから何か待ちわびるように、パチリ、パチリと碁盤(ごばん)の上に碁石をならべていました。
おそらく、碁の相手でも待っていたのかもしれません。
ちょうどそのときは、とても暑い真夏の「七つ時」、昔の時間でいえば「申(さる)の刻」ごろのことだったといわれていますから、今の時間でいうと午後の四時ごろでしょう。
南国である西日本の午後の四時は、まだまだ太陽の光がギラギラと照りつける盛りです。
窓をあけ放した縁側の藤棚には、夕陽がカーッと照りつけて、庭の草も木も、ジリジリとした暑さの中でぐったりとうなだれています。
じっと座っているだけでもタラタラと汗がにじみ出てくるようなものすごい暑さの中、待っている人はなかなかやって来る気配もなく、左近将監の顔にはだんだんとイライラした色が濃く浮かんできました。
がっしりとしたたくましい体つきに、頬のヒゲがいかめしく、太陽に日焼けした顔……。
この左近将監という人は、別にお腹の中が真っ黒ないじわるな人というわけではありませんでしたが、非常に気が短くてわがまま、そして自分の機嫌次第で怒り出してしまうような、ちょっと困ったクセのあるお方だったのでした。そしてこの間違いも、もとはといえばやはりその怒りっぽく、気が短い性格から起きたことなのでしょうが、お城代のごきげんが悪いと聞けば、お城の中の侍たちでも、このお屋敷につかえている召使いたちでも、声をひそめて縮み上がってしまうと言われるほど、評判の怒りっぽいお方として広く知られていたのです。
そしていまも、その待ちわびている人がなかなか現れないとみえて、左近将監の怒りはだいぶピリピリと高まってきている様子でした。
コメント