初級翻訳・人柱の話 第2話

人柱の話

また、前漢の武帝(ぶてい)のとき、黄河(こうが)の水があふれて瓠子(こし)の堤防をぶち破ったとき、兵士を何万人も集めてその穴をふがせただけでなく、王さま自身がやってきて、白い馬や、高価な玉の盃を、堤防の切れたところに投げ入れさせました。それでもうまくいきませんでした。
また、漢の時代の王尊(おうそん)という東郡の太守(えらいお役人)だった人がいたときも、この堤防が切れてしまいました。
王尊は自分で役人や村人たちをひきつれ、白い馬を川に沈め、大事な玉の盃を手に持って、巫女に神さまへお祈りとおねがいをさせ、なんと「自分自身をこの堤防の穴に埋めてくれ!」と言い出しました。
どんなに大切で尊い白い馬や玉のほうびを人ばしらの代わりに投げ入れても川がいうことをきかないので、太守さまが自分で人ばしろうえになろうとしたのです。

元の時代の浙江(せっこう)省の蕭山(しょうざん)にいた楊伯遠(ようはくえん)の奥さん、王氏(おうし)という人のお話です。その夫が村長(里正)をしていたとき、担当している堤防が何度も何度も切れて、いくら直しても完成せず、お上の役所からひどく怒られるのをなげき悲しみ、なんと自分の太ももの肉を自分で切り取って水の中に投げ入れました。すると、たちまち堤防ががっちりと完成したのです。そのため、その場所を「股堰(またせき:太ももの堰)」と名づけたということです。――ここまでくると、川の神さまも、よほど人間の女性の太ももがお気に入りだったようですね。
(『琅邪代醉篇』巻33、『史記』河渠書、『淵鑑類函』巻36・340・433、『大清一統志』巻180)

私たちの日本でも、「経の島」の人ばしらのほかに、陸中(りくちゅう)の松崎村(まつざきむら)で、白い馬に乗った男の人を人ばしらにし、その奥さんもいっしょに水死したというお話があります。
(『人類學雜誌』第33巻第1号、伊能嘉矩(いのうやきのり)くんの説)
近江の国(おうみのくに)の浅井郡(あさいぐん)の馬川(うまかわ)では、大水が出るときに白い馬があらわれて、通る人たちをなやますという伝説があります。これは、本文でお話しした「白い馬に人を乗せる」、あるいは「人間の代わりに白い馬を沈める」というむかしの古い言い伝えが忘れ去られてしまい、あとには「馬のゆうれいが出るぞ」という迷信ばかりが残ってしまったものだと思われます。

それから、大夏(だいか)の国を治めた赫連勃勃(かくれんぼつぼつ)という王さまが、叱干阿利(しつかんあり)という部下に命令してお城を築かせたときのお話です。
この部下は工事をするのはものすごく上手だったのですが、とてつもなく残忍(ざんにん)な男でした。なんと、土を蒸して真っ赤に熱した状態で城を築き、長いキリで壁をグッと突き刺してみて、もしキリが一寸(いっすん:約3センチ)でもスッと入ってしまったら、「壁の固め方が足りない!」と言って、その場所を担当していた作業員をその場でただちに殺し、その死体をそのまま壁の中に埋め込んでしまったということです。こうして造りあげた寧夏城(ねいかじょう)は、鉄や石のようにものすごく頑丈で、のちに明(みん)の時代に※拜(じはい)という人物が反乱を起こしたとき、官軍が三か月以上もまわりを囲んで水攻めまでしたのに、城の中から裏切り者がでるまでは、どうしても攻め落とすことができませんでした。

アイルランドのバリポールトリー城をデンマーク人が建てたときのことです。四方から働き手を集めて、昼も夜も休みなしで、ごはんも食べさせずにハードな仕事をさせました。そして、働き手が疲れ果てて倒れてしまうと、その体をそのまま壁の上に投げ入れて、その上からさらに壁を積み上げさせたのです。
のちに、その土地の人たちがデンマーク人たちを追い払ったとき、この城が最後に敵の手に落ち、父親と三人の息子たちだけが生き残って捕らえられました。
まわりにいた人たちは「すぐにこの者たちを殺してしまおう!」と言いましたが、一人の男が「待て待て、命を助けてやる代わりに、アイルランド人がみんなうらやむ、あのデンマーク人自慢のヒースの木からおいしいお酒を造る秘密のレシピを教えてくれ」と言いました。
じめは「そんなの絶対に教えない!」と断っていたのですが、しぶしぶ「そこまで言うなら教えてやろう。だけど、ぼくが国に帰ったあとで、この秘密をもらしたことがバレたら、きっと殺されてしまうだろうから、いまぼくの目の前でこの二人の息子たちを殺してくれ。そうしたら秘密を教えてあげるよ」と言いました。
なんとも変なお願いですが、自分たちには損のない話だと思った人たちは、その二人の息子たちの命を奪いました。すると、年老いた父親は大笑いしながら、「バカどもめ! ぼくの二人の息子たちはまだ若かったから、お前たちに脅されて心がグラグラし、どうやら本当に秘密をしゃべりそうになったから、あえて殺させたのだ! もうこれで、造り方の秘密がもれる心配は絶対にないぞ!」と、ものすごい大威張りで叫びました。それを聞いたアイルランド人たちはものすごく怒り、そのお年寄りをバラバラに切り刻みましたが、おいしいお酒を造る秘密は、いまでも誰にも伝わっていないということです。

これらのお話には、「人間の体を壁の中に埋め込むと、城がものすごく頑丈になる」とハッキリ書かれているわけではありません。でも、そう強く信じていたからこそ壁の中に埋め込んだのであり、その強い信念があったからこそ、あんなにも長い間、敵の攻撃に耐えて立てこもることができたのです。
(『近江輿地誌畧』85ページ、『五雜俎』4、『1859年版ノーツ・エンド・キーリース撰抄』101ページ)

ぼたがイギリスにいたころに仲良くなったロバート・ダグラス男爵が、『玉篋卦(ぎょくきょうか)』という占いの本から翻訳した文章を、タイラーの『原始人文篇』第2版第1巻107ページに引用しています。そこにはこう書かれています。
「大工さんが新しく家を建て始めるときは、まずその近所の土地と木(の精)の神様にお供え物をしなさい。その家が決して倒れないようにと願うなら、柱を立てるときに何か生きているものをその下において、その上から柱を下ろしなさい。そして、悪い魔物や不吉なものを追い払うために、斧(おの)で柱をコンコンと叩きながら、『よしよし、この中に住む人たちは、いつも温かく、ご飯もお腹いっぱい食べられるだろう』と唱えるのだ」と。

これとは反対に、大工さんが家を建てるときに、あの手この手を使ってその家やそこに住む人を呪ってダメにする方法もありました(『遵生八牋』巻7)。紀州の西牟婁郡(にしむろぐん)の村々では、大工さんが家を建ててくれた主人のことを恨んで、新築の家に呪いをかけ、白蟻(しろあり)を呼び寄せて家をめちゃくちゃにしてしまう術(すべ)があるという話を耳にします。

日本でいちばん有名な人ばしらのお話といえば、例の「物を言うなよ、何も言わないからこそ、父は長柄(ながら)の人ばしら」というものです。

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