こういう広間のいくつかあるなかの、いちばんの大広間のまんなかに、大きな噴水がふきだしていて、そのしぶきは、ガラスの円天井まで上がっていましたが、その天井からは、お日さまがさしこんで、噴水の水と大水盤のなかにういている、うつくしい水草の上にきらきらしていました。
こうして王子のすみかがわかると、それからは、もう夕方から夜にかけて、毎晩のように、そこの水の上に、妹のひいさまはでてみました。
もうほかの人魚たちのいきえない丘ちかくの所までも、およいでいきました。ついには、せまい川のような水の流れの中にまで忍びこんで、長い影を水の上に落としている大理石のバルコニーの下まで行ってみました。
そこにじっと立って見上げると、若い王子様が、自分一人だと思って、明るいお月さまの光の中にポツンと立っていました。
夕方になると、王子様はいつも美しいヨットに帆を張り、音楽を乗せて、風に旗をパタパタとなびかせながら、海の上をすいすい走らせていました。ひいさまは、そんな王子様の姿を、青々と茂ったアシの葉の間からこっそり覗き見しました。
すると風が吹いてきて、ひいさまの銀色に光る長いヴェールをヒラヒラと揺らしました。
たまにそれを見た漁師たちは、白鳥が大きな翼を広げたのだろうと思いました。
毎晩のように、船にかがり火をたいて漁に出る漁師たちからも、ひいさまは若い王子のすばらしい噂をたくさん耳にしました。
そうして、あれほどみんなから褒められている人が、あのとき波の上で死にかけてプカプカと漂っていたところを、ほかならぬ自分が助けたんだと思うと、胸がいっぱいになって嬉しくなりました。
「あのとき、あの方の頭はなんて優しくあたしの胸の上に乗っていたんだろう。それをあたしは、どんなに心を込めて頬ずりしてあげたことかしら」と、ひいさまはうっとりと振り返っていました。
そのくせ、王子様のほうでは、そんな出来事はまったく知りませんでした。
夢にすら、ひいさまのことなど思い浮かべてはくれないのです。
それでも、だんだんと、だんだんと、人間というものがとても尊く、すばらしいものに思えてきました。
だんだんと、だんだんと、どうかして人間の仲間に入りたいと、強く願うようになりました。
人間の世界は、人魚たちの世界に比べて、はるかに大きく広がっているように思えたのです。
人間は、船に乗って海の上を鳥のように飛びまわることもできるし、雲よりも高い山に登ることもできました。
人間のいる国々には、森も畑もあり、それは人魚たちの目が届かないほど、果てしなく続いていたのです。
だから、このひいさまは知りたいことが山ほどあったのですが、お姉さたちに聞いても、そのすべてに答えてもらうことはできませんでした。
そこで、おばあさまに聞いてみることにしました。
このおばあさまはさすがに、上の世界のことをずいぶんよく知っていおいででした。
「上の世界」というのは、このおばあさまが、実にうまく海の上の国々につけた名前でした。
「ねえ、おばあさま、人間は、水におぼれさえしなければ、」と、ひいさまは尋ねました。
「あれはいつまででも生きられるのでしょうか。あたしたち海の底のもののように、いつか死んでしまったりはしないのでしょうか。」
「そんなことはないよ、」と、おばあさまはおっしゃいました。
「人間だって、やっぱりいつかは死ぬのさ。私たちよりも、かえって寿命はみじかいくらいだよ。
私たち人魚は、三百年まで生きることができます。
ただ、その寿命が終わってしまうと、それっきり、海の上の真っ白な泡になって消えてしまい、お互いに仲良く暮らしてきた仲間たちのところへ、お墓一つ残していくこともできないのです。
私たちには、死なない『たましい』というものがないのだからね。次の世に生まれ変わるということもないんだよ。
いわば、あのみどり色したアシの草のようなもので、いちど鎌で刈りとられてしまったら、もう二度と青く戻ることはないのと同じさ。
そこへいくと、人間には『たましい』というものがあってね、それがいつまでもいつまでも生き続けるんだよ。体は土に帰ってしまったあとも、たましいは生きているのさ。
それが澄んだ大空の上にのぼって、あのきらきら光るお星さまのところまで上っていくんだよ。
ちょうど私たちが、海の上にスーッと浮かび上がって、人間の国をながめるように、人間のたちのたましいは、私たちにはとても見られない、知らない神さまのお国へフワフワと浮かび上がっていくんだよ。」
「どうしてあたしたちには、死なないたましいが授けられなかったの?」と、人魚のひいさまは悲しそうに言いました。
「あたし、何百年っていう寿命なんて全部あげちゃってもいいわ!そのかわり、たった一日だけでもいいから人間になれて、死んだあとで、その天国っていう世界へ上っていくしあわせをもらえるならね……。」
「まあ、そんなバカなことを思うものではないよ、」とおばあさまはおっしゃいました。
「私たちは、あの上の世界の人間なんかより、ずっと幸せだし、ずっと素晴らしい生き物なんだからね。」
「でも、あたし、やっぱり死んだら泡になって、海の上に浮いて、もう波の音楽も聴けなくなっちゃうし、きれいな花も見られなくなっちゃうし、赤いお日さまも見られなくなっちゃうんだわ……。
どうにかして、長いいのちの『たましい』を授けてもらう方法って、ないものかしら?」
「そんなものはないよ、」とおばあさまは言いました。
「だけどね、こういう話は聞いたことがあるよ。
ここに一人の人間がいてね、あなたがその人のことを心の底から好きになって……」そう、その人間にとっては、あなたというものが、おとうさまやおかあさまよりも大切で愛おしいものになるんだよ。
そうして、ありったけのまごころとなさけを込めて、あなたひとりのことだけを思ってくれる。
そこで、お坊さまがやってきて、その人間の右手をあなたの右の上に重ね合わせ、この世も、遠い未来の命の世も決して変わらない、固い約束を結ばせるんだ。
そうなると、その人間のたましいがあなたのからだの中に流れ込んできて、その人間のしあわせを分けてもらえることになる。
しかも、その人間はあなたにたましいを分けてあげても、自分のたましいはやっぱり失わずに持っていられるのさ。
だがね、そんなことは絶対にありっこないよ。
だって、この海の底の世界でなにかよりも美しいものとしているおさかなのしっぽを、地の上ではみにくいものにしているというのだからね。
それだけの善し悪しすら、あちらの人間にはわからないものだから、無理に二本の、ぶきっちょな、つっかい棒みたいなものを取りつけて、それに足という名前をつけて、それでいい気になっているんだよ。
」
そういわれて、人魚のひいさまも、いまさらながらため息をつきながら、自分のおさかなの尾をいじらしそうに見つめました。
「さあ、元気を出しましょう!
」とおばあさまは言いました。
「せっかく授かることになっている三百年の寿命です。
そのあいだは、好きなようにおどってはねて暮らすことさ。
それだけでもずいぶん長い一生ですよ。
だからこそ、あとはきれいさっぱり、安心して眠りにつけるというものだ。
初級翻訳・人魚のひいさま 第5話
アンデルセン ハンス・クリスチャン
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