初級翻訳・人魚の嘆き 第3話

人魚の嘆き

しばらくの間ぼんやりと夢心地で、あまりの美しさにパチパチとまばたきを続けたあと、ようやくハッと我に返った人買いは、ふと振り返って自分の連れてきた売り物の女の子のあまりの哀れさや地味さに気づき、挨拶もそこそこに、這う這うの体(てい)で屋敷から逃げ出してしまうのでした。

そんな人買いの後ろ姿を見送りながら、主人の貴公子は「やっぱりダメか」と張り合いのない顔をして、すっかりがっかりした様子で、またゴロンと横になってしまうのでした。

やがてその年の夏が過ぎ、秋が深まり、十月の朝のお祭も終わり、孔子さまの誕生日も過ぎてしまいましたが、彼の頭の中に巣食っている退屈や憂うつは、相変わらず晴れる気配がありません。
「自分はまだ若いさ」と頼りにしているお坊ちゃまも、よく考えたら来年にはもう二十五歳になるんだよなと思うと、ふさふさとした立派な髪の毛の色つやまでが、だんだん衰えてきているように感じられてしまうのでした。

気分が沈めば沈むほど、心が淋しくなればなるほど、何か強烈な刺激やワクワク感を求める胸の中のもどかしさはますます募っていきます。おいしくもないお酒を無理やり飲んだり、可愛くもない女の人をいじめてみたり、十日も二十日も終わらないパーティーを続けて、めいっぱい大騒ぎをしてみたりと、いろいろなことを試してみたのですが、まったく効果はありませんでした。
だから結局のところ、伝説の妖怪「獏(ばく)」のように、アヘンを吸って不思議な夢を食べて、ありえないようなめちゃくちゃな妄想の雲に包まれながら、一日中ぼんやりと手足を伸ばしてゴロゴロしているよりほか仕方がなかったのでした。

お坊ちゃまの眉の曇りは晴れないまま、ついにその年が明けて、のんびりとした春を迎える季節となりました。
この頃は、大清帝国の素晴らしい政治が中国の国中にいきわたり、上に賢い皇帝さまをいただいた十八の省の人々は、みんなでお腹をポンポンと叩いて平和を喜び合う(鼓腹撃壌の泰平)ような幸せな状態に酔いしれていました。世間全体が何となく陽気に浮き立っていたので、正月の南京の町々はここ数年ではないほどのものすごい大にぎわいです。
ちょうど一月の十三日――いわゆる「上燈(じょうとう)」の日から十八日の「落燈(らくとう)」の日までの六日間は「燈夜(とうや)」と呼ばれていて、毎年どの家でも夜になると門のところに明るい燈籠(とうろう)を灯します。役所や大金持ちのお屋敷などでは、高い建物の上のほうにきれいな縮緬(ちりめん)の幕を張りめぐらせ、色とりどりのライト(綵燈)を飾りつけて、盛大にお酒を飲んだり音楽を演奏したりして楽しみました。

また、町の中心を通る一番大きなお通りでは、ちょうど日本の大阪のにぎやかなストリートを見るように、通りの片側の軒先から向こう側の軒先へと、木綿の布を屋根のようにピンと張り渡して「燈棚(とうだな)」という特設ステージを作り、そこに赤や白のいろんな燈籠をぶら下げています。
そして、道の上という上にあちこちから集まってきた若者たちが、お寺のお祭りで万燈を担ぐみたいに、竜の形をした燈籠や、馬の形、獅子の形をした燈籠をわっしょいと上下左右に激しく振り動かしながら、銅鑼をガンガン鳴らし、金鑼をカーンと叩いて大騒ぎしながら練り歩くのです。

しかし、こんな楽しいお祭りの最中であっても、例のお坊ちゃまの顔つきだけは相変わらず暗く沈んだままで、少しも晴れやかな様子はありません。
上燈の夜から二、三日過ぎた、ある日の夕方のことでした。
お坊ちゃまは遠くまでよく見渡せる南向きのベランダ(露台)に出て、長椅子に体を預けながら、いつものように銀の煙管(きせる)でアヘンをスパスパと吸っていました。
ちょうどそこからは、町の外のすごい人ごみが手に取るように見下ろせます。今まさに一斉に明かりがともされた何百何千もの燈籠が、まるで銀色の夕もやの中でギラギラと揺れ動きながら、夕暮れの道路を魚のウロコのようにピカピカと光らせていました。

どこかの大きな交差点の角には、急ごしらえの小さなお芝居の舞台(戯台)が作られていて、旗を掲げ、のぼりをパタパタとはためかせながら、派手な衣装を着た二人の俳優さんが、音楽の演奏に合わせて面白いお芝居を演じています。
長い間、外の新鮮な空気から遠ざかり、お城のようなお屋敷の奥に引きこもっていたお坊ちゃまの目には、ふと、この外の世界の光景が、何だかとても変わった、まるで遠い外国の首都にやってきたかのような、奇妙で新鮮な感じを起こさせたのでしょう――それとも、アヘンの煙にすっかり酔いしれて、途方もない幻の景色を見ているのでしょうか。彼はいつの間にか手から煙管をポンと置いて、ベランダの手すりに頬杖をついたまま、見るでもなく町の騒がしい様子をじっと見つめているのでした。

ちょうどその時、そこを通りかかったあちこちのグループの人たちは、みんな思い思いにおどけた仮装行列のチームを作って、まるでにお坊ちゃまの暗い気持ちを慰めてくれるかのように、いつもより一段と大きく足を踏み鳴らしながら、元気いっぱいの歓声をあげました。
そのあとからも、いろんな魚や鳥の形をした燈籠をかかげた、たくさんの「行燈(あんどん)」のグループがやってきます。その時、お坊ちゃまの目は、ある一人の不思議な人影にピタッと吸い寄せられ、そのままじっと熱心に追いかけていきました。

その男の人は、頭にビロードの帽子をかぶり、赤々としたラシャの生地で作られた外套を羽織り、足にはまっくろな革靴を履いて、一匹のロバに小さな駕籠(かご)を引かせて歩いていました。
でも、せっかくの靴も帽子も外套も、長い旅のせいですり切れてしまったのか、あちこちに穴が空いていたり、色がすっかりあせていたりします。

男の前では、数十人の「行燈」の一団が、五、六間(約十メートル)もあるような大きくて目立つ竜の形の燈籠を担ぎ、何十本ものロウソクをボーッと燃やしながら、「えいや、えいや」と進んでいっていました。しかし、この竜燈の一行と、あの男の人とは何の関係もないみたいで、男は時々立ち止まっては、いかにも疲れた様子で深い溜め息をつき、まわりの大騒ぎをじっと眺めているのでした。

最初は、仮装行列のチームからはぐれてしまった一人の人なのかなと思っていましたけれど、お坊ちゃまのお屋敷のほうへだんだん近づいてくるにつれて、ロバや駕籠を連れているその姿は、どうもただのはぐれ者としては見られなくなってきました。
それにその男の人は、服装だけでなく、お肌の色や髪の毛、そして目の色までが、ふつうの人たちとは全く違っていたのです。

「……あれはきっと、西洋の人にちがいない。
もしかしたら、南の海にある遠い島から流れてきた、オランダの人とかそんなところだろう。」
お坊ちゃまはそう思いました。

もちろん、その頃の南京の町でも、ときどき外国人の姿を見かけることはありました。だけど、こんなお祭りの真っ最中に、しかもすごい人ごみにもまれながら、ものすごく目立つ格好をして、くたびれた足をひきずりながら、まるで物乞いのようにフラフラと歩いているその男の動きには、どうしても不審に思わずにはいられませんでした。

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