「向日葵に眼を与えよ――向日葵に眼を与えよ――」
香椎六郎は、歌のように節をつけて口ずさみながら、向日葵の彫り物の中央にある穴へ手を入れてみました。しかし、手は真鍮の板のような金属にさえぎられてしまい、いくらも奥へは入りません。
「麗子さん、大きな凸レンズはありませんか? 虫眼鏡ですよ。かなり大きなものでないとダメですが」
「ありましたわ」
麗子がテーブルの引き出しを引いてみましたが、中身はきれいに空っぽで、紙切れ一枚すら残っていませんでした。
「下の階へ行って探してきます。ここになければ、お父様の書斎にあったはずですから」
麗子が部屋の出口の扉に手をかけましたが、防火のために薄い鉄板が張られた頑丈な扉は、いつの間にやら外側から鍵をかけられたようで、びくとも動きません。
四 向日葵の謎
「ちぇっ」
麗子に代わってしばらく扉を動かしていた香椎六郎も、とうとうあきらめて手を離しました。
三人が屋上に上がったのを見計らって、紺野の一味が三人を日干しにするつもりで鍵をかけてしまったのでしょう。
「『向日葵の眼』と言うくらいだから、この彫刻の向日葵の種の部分にあたる穴に、凸レンズをはめ込めばいいはずだ。麗子さんのお父様は理学の大家だったから、きっとそんな仕組みを考えたに違いない……。何かレンズの代わりになるものはないかなあ」
香椎六郎が辺りをキョロキョロ見回すと、
「十銭の穴あき硬貨なら持ってるよ」
加奈子がそんなことを言います。
「そんな小さいものじゃ指輪の文字は読めるだろうが、この『向日葵の眼』にはならないよ。しっかりしなさい、女探偵さん」
昨日、上野の森での苦労話を聞かされていたので、六郎はそう言って加奈子をからかいました。
「あら、叔父さんひどいわ! ……それじゃあ、この時計のガラスはどう?」
加奈子が指さした先を見ると、テーブルの上に置かれた置時計――ずっと昔から止まっている大理石の時計――のガラスが、不思議なほど見事な曲線を描いて、こんもりと丸くなっていることに気がつきました。
「これだ、これだ! えらいぞ、加奈ちゃん」
六郎は飛びつくように時計を手に取り、裏側のネジを抜いて、あっという間に表面のガラスを外してしまいました。
手に取ってみると、ガラス板は小さなお皿のような半円を描いていて、ちょうど掌(てのひら)の中にすっぽりと収まります。
そのガラスを床の向日葵の真ん中の穴へ、お椀のように仰向けに置いて、
「水だ! 水が必要だ!」
騒ぐまでもありませんでした。実験室にはつきものの水道が、すぐ鼻の先にあったからです。
久しく使っていなかったので、すっかり錆びついていた蛇口を、大奮闘してひねり、コップに一杯の水をくむと、それを床の穴に置いた時計のガラスの中に注ぎ込みました。
時計のガラスは、水を入れられると立派な凸レンズに早変わりしました。天井から降り注ぐ真昼の激しい日光を受け、向日葵の穴の中へと一点に焦点を絞ります。
しばらく、恐ろしいほどの沈黙が続きました。
五分、十分、二十分……。三人の顔は不安と期待で緊張しきっていましたが、床の向日葵には何の異変も起きません。
「こんなはずはないのだが……」
香椎六郎が我慢しきれず、即席で作ったレンズに手をかけようとしたその時、レンズの下から、まるで子どものおもちゃの花火が鳴ったような、不思議な爆音が響きました。
パン、パラ、パラ、バラバラバラバラ。
続いて豆を炒るような音がしたかと思うと、驚き呆れる三人の目の前で、二尺四方もある向日葵の彫刻が、床から浮き上がって二、三寸(約6〜9センチ)せり上がってきたのです。
「あっ、やった!」
香椎六郎は手をかけて引き剥がそうとしましたが、向日葵はまだ床に固定されているのか、びくともしません。
「叔父さん、ネジじゃないかしら?」
「なるほど」
花びらの部分に手をかけて右へ回すと、思いのほか滑らかに動き、二尺四方の向日葵は、そのままポカリと床から外れました。
その跡には真っ暗な穴が開いており、覗き込むと、狭いながらも下へと続く階段が見えます。
これは後で分かったことですが、向日葵の種の部分には、薄い真鍮板で包まれた花火の仕掛け爆薬が隠されていました。レンズで集めた太陽の熱を長い時間当て続けると、中の爆薬が自然に発火し、向日葵を押し上げる仕組みになっていたのです。
真鍮板の中の、ほんの一点だけを熱し続けないと下の爆発は起きないのですから、これは確かに、天気の良い日にレンズで焼く以外に開ける手段はありません。
分かってしまえば他愛のない仕掛けですが、「向日葵に眼を与えよ」という言葉を知らなければ、この秘密の扉はどうしたって開くことはできなかったでしょう。
さて、思いもよらぬ場所に通路を見つけた三人は、恐ろしさも何も忘れて、その階段を降りていきました。
香椎六郎が先頭、次は麗子、最後尾は加奈子。カビ臭い風が顔をなでて、何とも言えない気味の悪さでしたが、今はもう三人とも緊張しきっていて、ろくに言葉を交わす者もいません。
十段ほど降りると、そこにはとても小さな部屋がありました。天井からわずかに差し込む光で見渡すと、そこはコンクリートで塗り固められた金庫室のような部屋でした。中には大きな戸棚が一つあり、開けてみると、そこにはさまざまな設計図や、発明の途中である品々、さらには膨大な証券や、数え切れないほどの現金が入っていました。
ああ、ここにこそ、博士が苦心の末に作り上げた設計図と財宝が隠されていたのです。
「これだ、これだ」
紺野が探し求めていたのは、言うまでもなくこの戸棚のことでしょう。
「叔父さん、これは何かしら」
加奈子のささやくような声に振り返って、目を凝らしてみると、降りてきた階段とは反対側の壁際に、もう一つ二尺(約60センチ)ほどの小さな鉄の扉がついているのに気づきました。
取っ手を回して引いてみると、扉はあっけなく開き、その先にもう一つ、小さな密室がありました。
「しっ」
何か物音がします。三人は思わず顔を見合わせました。
密室の暗闇の中には、動物なのか人間なのか、何かがかすかに動いている様子です。
三人は壁際に身を寄せ、天井から差し込む光を中へ向けると、そこにいたのは間違いなく人間、それも中年を過ぎた婦人の姿でした。
「お母様っ!」
場所も状況も忘れて、麗子はいきなり半死半生の状態だった母親に飛びつき、薄暗い中で泣き崩れてしまいました。
加奈子や香椎理学士の予想通り、紺野はやはり悪党でした。
博士の死後、今までかぶっていた仮面を脱ぎ捨てた紺野は、すぐさま悪の本性を現し、博士が残した多くの設計図や財産を奪い取ろうと企んでいたのです。
そして、その隠し場所を探すのに邪魔となる麗子の母親を、この密室に監禁していたのでした。
麗子の母親は、一週間もこの密室に閉じ込められ、生きた心地もしないほど衰弱していました。
悪辣な紺野は、この第一の密室の存在は知っていましたが、その奥にもう一つ別の密室があり、そこに設計図と財産が隠されていることには気づいていなかったのです。
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