土蔵に用がある人でさえ、仕事の邪魔になるといって、野々宮が土蔵に籠もっている間は出入りを控えるほどなのです。
誰にも気づかれることなく、あのピストルを手に入れることができるのです。
寒さがいくらか堪えますが、要するに二、三時間の辛抱です。
土蔵の中でぼんやり本でも読んで、あとはただ何食わぬ顔をして出てくればいい。
誰一人、怪しむ者はいないはずです。
年に一度の虫干しの時でさえ、あのガラクタの箱の中まで手を触れようとは思わないでしょう。
仮に触れたとしても、雑多なガラクタの中からピストルの紛失を見分けることは、それこそ奇跡に近いことでしょう。
よしんば気づかれる恐れがあるにしても、問題は虫干しの日が来るまでには、もうすべて片付いているはずなのです。
要するに、ただ一挺のピストルです。
野々宮の頭の中で、その考えは、もはやひとつの生き物となっていました。
頭がひとつの、ふくらみすぎた気嚢(きのう)のようでした。
ひたすら破裂へ急いでいることだけが、唯一の確かなことでした。
あのピストルで、一体誰が死ぬのでしょうか。
結局、自分も死ぬのでした。
彼は苦笑しました。
結局、自分がたったひとりの死ぬ人間なのかもしれないのです。
他に誰一人、傷つく者もいないような予感がしないでもありません。
ピストルを手に入れるために散々苦労を重ねたあげく、結局は催眠薬ですむ自殺を、回りくどい手間をかけてやり遂げるだけという結末ではないか。
あるときは、それでもいいさ、と思わないこともありませんでした。
それほどまでに死にがたい人生なのでしょうか。
しかし、彼の濁った瞳に冷たい憎悪がこびりついてしまうのも、そのときでした。
彼自身でさえ、それだけが唯一の不気味な生き物であることを、認めずにはいられなかったのです。
その憎しみが凝視する先に、あの獣のような奴のほとばしる血が見えるのでした。
あの獣のような奴の、うめき声さえ聞こえるのです。
すでに体温を失ったひとつの肉塊が、足元に横たわっている姿が。
しかもなお、その毒々しさが、目に耐えがたいほど不愉快でした。
汽車でたった二時間でした。
そして土蔵の中へ入って、三時間ほどの辛抱です。
思い切って停車場まで行きさえすれば、心は自然に決まるでしょう。
要するに、停車場まで出かけることの物憂さが、ひとつの障害にすぎないのです。
夜が更けると、彼は街をさまよい始めます。
街へ降りると、行くべき場所が時折、頭にひらめくのでした。
しかし、頭に浮かぶ場所を突き詰めてみると、結局はひとつの方角を指している程度の、曖昧な気分にすぎないことが分かるのです。
一応、方角の示すほうへ歩き出してみるのですが、足は自然に心も知らない方向へ曲がっていました。
そして長い彷徨の果てに、サチ子の酒場へ落ち着くほかにないという、暗い心持ちを知るのでした。
むしろ、落胆を知るのでした。
新たな恋の不自然さに、すでに疲れていたのです。
不思議な夢を見てしまいました。
野々宮はそう思います。
深夜に見た、柔らかな緑の光。
夢はあれだけで良かったはずなのに。
そのあとは余計なことでした。
――燃え残る思いがあるとすれば、由子(よしこ)への未練ばかりではないか。
サチ子に恋情を覚えたとき、不思議な落下を心の中に数えていました。
時々悪夢の中で見る、あの無限の落下でした。
落下のほかの心といえば、巨大な放心がすべてを占めていたのです。
その放心は、サチ子を見るたびに、今もなお続いていました。
落下こそが、恋のすべてでした。
もし放心が恋ではないというのなら。
あれは確かに、諦めという魔術師がもたらす不思議な安堵だったのでしょう。
野々宮は思いました。
その魔術師も、不出来な仕事を置き去りにして、もうこの土地から姿をくらましてしまったようです。それなのに、夜ごとの彷徨で、どうして最後にこの酒場へ、足が向かわずにはいられないのだろう。
行くべき場所が、サチ子の酒場のほかにはないと気づいたときの、あの落胆は、思い出すだけでも暗い気持ちになるものだった。
それでも、サチ子を見つめているときのあの放心状態は、やはり一日たりとも欠かせない時間になっているようだ。
今はもう、あの放心こそが、せめてもの安らぎなのだろうか。
あの落胆の深い闇を抱え込んでまで。
「一年間だけでいいのよ」
サチ子は野々宮にそう言うのだった。
「ほかの女のことなんて考えないで、私と一緒に暮らしてちょうだい。そんなに長く生きていようとは思わないもの。一年が一生だと思えば、一年にだって張り合いが出るわ」
この単純な心を持つ女は、偽りの言葉を知らないのだった。
しかし、その魂の単純さゆえに、彼女の真実がたびたび嘘のように響いてしまうのは、仕方のないことなのかもしれない。
一年間だけでいい。愛してくれと言う。
そんな真実が、果たしてあり得るだろうか。
もとより、あり得ないことだろう。
おそらく、サチ子にこのような「偽られた真実」を言わせているのは、野々宮の心にあるあの放心にほかならないのだ。
二人の心の結び目というものが、かつて本物であったことなど一度もなかった。
野々宮は、サチ子の心を突き放していたのだ。
一年間。これは便利な言葉だと、野々宮は時々思い出す。
誰だって、一年先になら死ねそうな気がするものだ。一年先のことだから。
しかし、サチ子はこう言うのだった。
「一緒に死んでくれるなら、今すぐにでも死んでしまいたい」と。
そして、このような言葉が、果たして真実でありうるだろうか。
野々宮はその言葉の真実味に、胸を打たれるのだった。
そのたびごとに、彼はこう思いつくのである。この言葉が真実らしく聞こえるのは、自分自身に、この女と死ぬ気がまったく欠けているからだ、と。
(君よりも、僕の方が切ないんだ)
野々宮は心の中でつぶやかずにはいられなかった。
君だけが突き放されているのではないのだ。僕自身が、すでに突き放されているではないか。
サチ子が自分に突き放されているのではなかった。自分がすでに、この生から突き放されているのだから。
そして突き放されたこの国では、この放心だけが、かろうじて「恋」でありうるのかもしれなかった。
そう思うと、野々宮はひどく心が暗くなった。
そこまで思い詰めなければならないことが、惨めだった。
この女と一緒に生きる恋はできない。野々宮はそう思う。
しかし、この人と一緒に死ぬことは、不可能ではない。
だが、サチ子の「死にたい」という言葉を思い出すと、野々宮はいくらか不快になるのだった。
おそらく、サチ子の単純な心が、野々宮の複雑な心には耐えがたいのだ。
野々宮は思った。サチ子の死にたいという感情の低俗さが、嫌なのだろうと。
しかしまた、野々宮は思わずにはいられなかった。
死にたいというサチ子の言葉が不快なのは、この人と死ねる心が自分の内にないからだ、と。
それどころか、自分は一応は死ねるのだと思い込んでいるからこそ、サチ子の言葉の真実が、野々宮に圧迫感を加えるのだろう。
しかし、野々宮はあえてそこにこだわるつもりはなかった。
言うまでもないことではないか。
コメント