しかし、何らかの事件であることは最初から予想がついていたものの、奇怪千万なのは、銃や刃物の痕跡も、絞殺の跡も、その他どんな傷も体表には一切認められないことだった。
先述の通り、顔に少し引っかいたような跡があるだけなのだ。
シェリダン博士と警官の一行は、遺体を最寄りの葬儀屋へ運んだ上で、より詳細な調査を試みた。すると、肌着や下着からはすべて洗濯屋のマークが切り取られており、身元を特定できるような特徴は、徹底的に剥ぎ取られていることがわかった。
実に恐ろしいほどの注意が、着衣の細部にまで及んでいたのである。
死因や正確な死亡時刻を特定するためには、解剖を行うほかない。
検屍官W・A・ブルックの立ち会いのもと、聖マテオ駐在の合衆国海兵隊軍医、W・C・チャイデスタア少佐が翌朝、執刀することになった。
そんな中、聖マテオのジョン・レノック巡査という人物が、一つの報告を携えて現れ、捜査係官たちの注意を惹きつけた。
遺体が発見されたのは土曜日の午後だが、その十八時間前、金曜の夜のことである。巡回中だったレノック巡査の後方から、一台の輝く高級車が追いついてきた。車は傍へ来ると徐行しながら、運転手が声をかけてきた。
「どこかこの辺にホテルはありませんかね」
レノック巡査が答えた。
「この道を行ったところに、ホテル聖マテオがあります」
「真っ直ぐですね?」
そう訊き返す運転手に頷き、巡査が後部座席を覗き込むと、そこには男と女が疲れ切った様子で座っていた。
女は、どこか巡査の目を避けるようにして、低く、押し殺したような呻き声を上げている。
真夜中である。淋しい田舎道である。
どんな些細なことでも、不審な点があれば見過ごさないという警察官の第六感に従い、レノック巡査は運転手へ手を振って、素早く車のステップへ飛び乗った。
「そうだ。真っ直ぐ行こう。支配人が寝ているかもしれないから、一緒に行って起こしてやろう」
ホテルへ向かう途中、運転手は「エンジンの調子が良くないから、朝出発するまでに直しておかなければならない」と、聞いてもいないのに話し始めた。
レノック巡査が先にホテルへ入り、支配人のロバート・マギを叩き起こした。
ホテルに着いてからも、女は非常な痛みに耐えているかのように、歯を食いしばって唸り続けている。
男が目を離した隙に、巡査はそっと女のそばへ寄った。
事情を聞こうとしたり、もし同伴の男が怪しい人物で何か訴えたいことがあるなら、密かに機会を与えようとしたのだが、それでも女は巡査を避けるような素振りを見せ、低く呻き声を上げるだけだった。
「B・ホイおよび妻、サンノゼ市」と宿帳に署名すると、男は女を連れて部屋へと上がっていった。レノック巡査は用事を済ませて帰りましたが、その時刻はちょうど午前三時だったといいます。
この報告が捜査本部のサンマテオ署にもたらされたのは、「招く手」の遺体が発見された翌土曜日の夜遅くのことでした。本部では、その男こそが怪しいと一気に色めき立ちました。
レノック巡査が語った、顔を隠していた女の様子や雰囲気が、遺体と驚くほど一致していたからです。
ホテル聖マテオへ駆けつけ、マギ支配人に尋ねてみると、男女が泊まった部屋は廊下を挟んで支配人の部屋の真向かいでした。しかし、女は朝の五時まで悲しげに泣き続け、そのうちにぱったりと音が止んだかと思うと、もう二人は出発した後で、支配人は彼らが何時に出て行ったのかも知らなかったといいます。
それきり、二人は戻ってこなかったという話でした。
2
この自動車の行方を追っている最中に、翌朝の解剖結果が判明し、事件は思わぬ方向へと動き出しました。
チャイデスタア軍医が日曜日の午前九時に解剖を終えたのですが、その結果、カリフォルニア州の歴史にも類を見ないほどの大捜査がより一層激しさを増すことになりました。聖マテオ郡はもちろんのこと、近隣各市の警察までもが狂奔することになったのです。というのも、その女は非合法な手術の結果、命を落としたということが分かったからです。
しかもそれは、老練な産婦人科医による手術であり、術後まもなく絶命したことは間違いありませんでした。
手術の失敗が原因でしたが、その時すぐに大規模な応急手当をしていれば、命を助けることは容易だったはずだと軍医は明言しました。
「手術の際、医師のちょっとした手違いで死んだのだ。
しかし、その手違いは、どんなに経験豊富な医師であっても時には避けられない性質のものだ。
手違いというよりは過失と言ったほうがいいかもしれないが、それによって患者である女が味わった驚きと苦痛は、計り知れないものだっただろう。
疑いようもなく、そのために死んだのだ。
だが、助けようと思えば、簡単に助けることができた。
ところが、それには病院へ担ぎ込まなければならない。
その医師も、そのことは十分に分かっていたはずだ。しかし彼は、発覚の危険を冒してまで患者の命を救おうとはせず、むしろ見捨てて死なせたのである」
何という非人間的な、何という人命への無関心でしょう。公衆の恐怖と怒りは新たに燃え上がり、同時に警察当局は、この知的な犯罪者に対してこれまで以上の熱量で捜査を開始しました。
チャイデスタア軍医の鑑定によれば、死後三十六時間が経過しているとのことです。
そうすると、金曜日の夜に死んだものと推測することができました。三月七日、金曜日の夜です。
手術の際、麻酔剤が使われた痕跡がありました。
なぜなら、腸の内部が洗ったかのように綺麗であり、女の下腹部に加えられた傷は、薬物による昏睡状態でなければ、どんな人であっても決して耐え忍ぶことのできないほど酷いものだったからです。
この「麻酔剤を使った」という事実は、よく記憶しておかなければなりません。
これが後々、一つの重大なポイントになったのです。
最後に、チャイデスタア軍医はこう結論付けました。
「遺体は、手術の現場から二、三マイルほどしか運ばれていない。
内臓の中に凝結していた血の量と状況から、こう推断できる」
身元特定という最初の難関にぶつかり、聖マテオ郡の当局はサンフランシスコ警察の積極的な協力を仰ぐことになりました。
そこで、警察部長のホワイト氏と司法主任のマテスン氏が相談し、ホワイト氏自らが選抜した刑事数名を率いてサン・マテオ郡へ出張することになったのです。
新聞は既に事件のあらゆる側面にスポットライトを当て、探訪記者たちは報道の断片を掴んで右往左往していました。
関係のある人物や場所、物品などはすべて写真に撮られ、大々的に掲載されます。
こういった騒ぎが好きなアメリカの公衆は、爪先立ちになって事件の進展をじっと見守っている状態でした。
まだ女が何処の誰なのかさえ分からないという点が、この事件への興味をかき立てた最大の理由と言えるでしょう。
解剖後の遺体に、発見当時のままの着物を着せて写真を撮りました。
新聞社の画家がその写真に修正を加え、生きている時のような表情を与えて連日紙面に発表し、心当たりのある情報を求めています。
一方、着衣や所持品などの詳細な記述も、それに伴って毎日紙面に現れました。
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