初級翻訳・地底戦車の怪人 第7話

地底戦車の怪人

また、われわれは何を食べてその何ヶ月かを生きればいいんだ」
パイ軍曹は、そう考えるとますます悲観的になりました。

「なァに、軍曹どの。何か考えればどうにかなりますよ」と、ピート一等兵はますます元気な声で言いました。かじりかけの林檎一個が、彼にたいへんな勇気を与えたのです。
「どうにかなると口で言うだけでは、どうにもならん」
「だめです。軍曹どのは、やってみないうちからもういけないと思い込んでいるからだめなんです。どうせ死ぬときは死ぬのですから、じっとしていて死ぬよりも、軍人らしくこの地底戦車で突進しながら倒れた方が、軍人らしい最期ではありませんか」
「なるほど、そうだな」

パイ軍曹は大きくうなずきながら立ち上がりました。
「お前みたいな臆病者に、まさか俺が励まされるとは考えもしなかった。お前は、本当は臆病者じゃなかったのかなあ」
パイ軍曹は感心して言いました。そして、さっと姿勢を正すと、「集まれ!」と号令をかけました。

ピート一等兵は突然の命令にびっくりしましたが、すぐさま駆け足をして、パイ軍曹の前に不動の姿勢をとりました。
「番号!」パイ軍曹は真剣な表情で言いました。
「一!」
ピート一等兵は少し決まりが悪くなりました。「二、三」と自分一人で続けて言いたいくらいでした。
「異状ないか」
「はい、全員異状ありません」
全員といってもたった一人です。隊長を合わせても二人きりでした。

「命令。地底戦車兵第……ええと、第百一連隊第二大隊第三中隊第四小隊のパイ分隊は、只今より出動する」と、べら棒に大きな部隊番号を口にして、「戦車長はパイ軍曹。操縦員はピート一等兵。第一番砲手はピート一等兵。第二番砲手はパイ軍曹。通信兵はパイ軍曹。機関員はパイ軍曹……」と続けました。どこまで言っても要するに二人きりです。たいへん手が足りませんが、どうしようもありません。
「全員部署につけ!」
そこでパイ軍曹は一番高い戦車長席につき、ピート一等兵は前方の操縦席につきました。
「部署につきました」
「よし。では、出動! 針路、真南! 傾斜を直しつつ、前進!」

地中前進。

ピート一等兵がエンジンをかけました。車内はたちまち轟々たる音響に包まれました。レバーを倒すと、地底戦車はごとんごとんと前進を始めました。パイ軍曹は配電盤を睨んだり、戦車の行く末を考えたりと、なかなかいそがしい様子です。
「おい、ピート。エンジンの調子は悪くないようだな」
軍曹は送話器を引き寄せて言いました。ピート一等兵の耳にくくりつけた高音受話器が、軍曹の声に合わせて鳴りました。
「エンジンの調子は異状ありません」

ピート一等兵はなかなか操縦上手でした。戦車ははじめひどく傾いていましたが、まもなくちゃんと水平に直って、乗り心地がよくなりました。
ギーン、ピシ、ピシ、ピシッ。
地底戦車の先端に取り付けてある硬い回転螺旋刃がキリキリと回り、土なのか氷なのか岩石なのかは分かりませんが、どんどん砕いて戦車を前進させているようでした。距離積算計というメーターが、だんだんと大きな数字を刻んでいきました。たしかに前進しているのです。こうやって気持ちよく進んでいくと、戦車はまるで地上を走っているかのように思われるのでした。たいへん具合がよろしい。
「停め!」
パイ軍曹が、号令を下しました。
ピート一等兵は、あわててレバーを引いてギアをはずしました。
そして、足踏み式の給油バルブをしっかりと閉めました。
地底戦車は、ぎぎーッと音を立てて止まりました。
「どうされたのですか、軍曹どの」
「うん、ちょっと外をのぞいてみようと思うのだ」
「ああ、そうですか。たぶん海底の氷の塊の中でしょうね」
「そうかもしれないなあ」
パイ軍曹は、展望鏡を戦車の上から出すためにハンドルを回しました。
ハンドルは、なかなか回ろうとしません。
「硬いものがおさえつけているらしい」
それでも、展望鏡は頭だけを少し外に出したようでした。
軍曹は、そこで車外に赤外線灯をともしました。
そして、展望鏡でのぞいてみました。赤外線を当てて展望鏡を少し動かせば、真っ暗な場所でもはっきりと見えるのです。地底戦車にはなくてはならない大事な展望鏡でした。
「おや、これは土の中だ」
と、パイ軍曹は叫びました。
展望鏡の中に映ったものは、たしかに小さい石が混じった水成岩のような、あるいは土ともつかない厚い層でした。
「えっ。土の中ですか」
「そうだ。われわれは、もうすでに陸地にぶつかっているのだ。これをどんどん進んでいけば、うまくいけばやがて、わが南極派遣隊の駐屯している場所へ出られるかもしれないぞ」
「そうですか。そいつはいい。うまくいくと、これは助かりますね」
「うん、とにかくもっと前進してみよう。前進!」
パイ軍曹の顔にも、生気がよみがえってきました。
地底戦車はふたたび轟々と音を立てて、前進を始めました。
「針路、真南!」
キーン、ピシ、ピシ、ピシッ。
地底戦車はときどき空回りしながらも、それでもだんだんと前進していきました。
「よし、この分なら相当見込みがあるぞ」
パイ軍曹はにんまりと笑いました。
下を見ると、ピート一等兵が汗をかきながら、しきりにハンドルを握っています。
電熱器のおかげか、それとも地底深くのせいか、車内はかなり暖かくなっています。
そのとき、パイ軍曹の目は、とつぜん怪しいものの姿を捉えました。
「おや、林檎だ。さっきの林檎が、あんなところに落ちていた」
林檎はごろごろと転がりながら、軍曹の席に近づいてきました。
軍曹は身を躍らせて下に降りると、その林檎を手に取りました。たしかに本物の林檎です。すてきな香りがします。掌の中に、ひんやりとした感触が伝わります。
そのとき、林檎を手に取って見ていたパイ軍曹は、
「おや、これは変だよ。歯型がない!」
と、小首をかしげました。
なぜ、こうしていくつも林檎がころころと転がり出してくるのでしょうか。
林檎の始まり。

「ピート一等兵。エンジンを止めろ。そしてこっちへ降りてこい」
と、パイ軍曹は、鼻の下に鉛筆で筋を引いたような細いひげをぴくりと動かして叫びました。
「さあ」
大男のピート一等兵は、地底戦車のエンジンをぴたりと止め、よっこらさと座席から降りてきました。
「軍曹どの。もう、自分に対して勲章でもくださるのですか」
「ばかをいえ。もしこのままうまく地上に出られることがあったら、お前を銃殺するよう上官に申請してやる」
「じょ、冗談を……」
「いや、ほんとだ。貴様は実にけしからん奴だぞ。この地底戦車内において、指揮官たる俺の目をあざむき、貴重な食料品を無断で食べてしまうなどということが許せると思うか」
「はあ、――」
ピート一等兵は目を白黒させています。さてはパイ軍曹、自分が林檎をこっそり食べたことを感づいたな。
「軍曹どの。自分は、幽霊の林檎なんか食べていません」
そんなことが知れたら大変です。本当に銃殺されるかもしれません。食べ物の恨みというのは恐ろしいですから……。
「なにィ。まだ白を切っているのか。よォし、ではさっきの林檎は食べないことにしておこう」
パイ軍曹は目をぎょろりと光らせ、にやりと笑って、
「気をつけ!」
と言いました。

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