初級翻訳・地底獣国 第3話

久生 十蘭

われわれの中から、断じて、三人目を出すまいと決議したのです」

博士は、瞼をゆっくりと上げて、淀まぬ眼差しで、モローゾフ教授の眼をみつめる。

「モスクワへも帰らない。
……このうえ、調査を続けるのは嫌だとなると、いったい、どういうことになるんですか」

教授は、鼻唄でも歌うような顔つきで言った。

「誰か、かわりの人間を火口へ入れればいい」

博士が微笑する。

「苔原(こけはら)と白樺と雁(がん)。
……ここには、われわれのほか誰もおりませんよ」

「山の向こう側の、インジギルカの三角洲に、流刑囚がたくさんいます。
それを入れようじゃありませんか。
そして、その結果を持って、われわれはモスクワへ帰る。
それで、万事うまくいくというもんだ。
……まかり間違って、一人残らず死んでしまったって、どうせ、役に立たない連中だ」「それに、別に惜しいことなんてありませんからねえ。……われわれが調査の間に二十人も人を殺したと言えば、中央委員会だって、まさかわれわれを『怠慢だ』なんて責めはしないでしょう。そうすれば、われわれはモスクワ大学の静かな庭に囲まれた、自分たちの研究室へ戻って落ち着くことができる。……ああ、なんて魅力的なんでしょう。あの楡(にれ)の木の側の、ひっそりとした研究室……」

博士の目から、刺すような光が放たれた。穏やかな童顔の上に、燃えるような血の気がさす。

「諸君! ……諸君は自分たちの静かな研究室へ帰るために、何人もの流刑囚を虐殺しようというのですか? ……それに違いありませんか? ……なんという恥辱! ……私なら、そんな血だらけの記憶にまみれるくらいなら、銃殺されたほうがよっぽどマシです。……諸君は、じつに卑しい魂を持っていますね!」

沈黙が流れた。気象学者のシルーキン教授が、近眼鏡の奥で臆病そうに目をしばたたきながら、おずおずと立ち上がる。

「……博士、どうか、私だけは除外してください。……とにかく、……少なくとも、……私はあなたと同じ意見です。おっしゃる通り、そんなことをしたら、後でひどく苦しむことになりそうで……」

目に見えない動揺が、波のように他の七人へと伝わった。調査隊付きの写生画家であるアレキサンドル・ペトローウイッチが、思い切ったようにロープの束の上から腰を上げる。

「博士、私も……」

その時、皮の半外套(ハーフコート)のポケットに入っていたモローゾフの右手が抜き出された。手には拳銃が握られていた。シルーキン教授の胸の真ん中へ銃口を向けると、無情な顔つきで引き金を引いた。

銃声が響く。続いて、銃口からゆっくりと白い煙が吐き出された。シルーキン教授は右手で胸を押さえ、一瞬、呆気にとられたような表情でぼんやりと皆の顔を見回した。それから、お祈りでもするようにのろのろと地面に膝をつくと、がっくりと前へ倒れ込んだ。近眼鏡が遠くまで跳ね飛んだ。

モローゾフ教授は、拳銃をぶらぶらと下げたままテーブルの角を回り、博士の方へ近づいていく。博士の胸に銃口を押しつけると、ゆっくりと言った。

「ヤロスラフスキー博士。どうか、われわれの決議に従ってください」

二、地球の抜け穴

〔Cuniculus lavas〕――つまり、うねうねと大地の下を走る「熔岩隧道(ようがんずいどう)」に対する関心は、すでに紀元前から始まっている。地の底を通って、できるだけ遠くへ旅行してみたいという願いは、誰もが一度は抱くものだ。空と海底と地の底。この三つの場所を征服することが、長い間、人々の憧れの的となってきた。

熔岩隧道の中にうまく潜り込めば、かなり遠くまで行けるはずだということで、古くから多くの人々が時間と労力をかけて探しまわった。ヒッパルコスもグレゴリーも、皆が挑戦した。コペルニクスは、この熔岩隧道のことを「地球の抜け穴」と呼んでいる。

ところで、この「地球の抜け穴」は世界中に数多く存在する。もっとも有名なものだけを挙げると、以下の通りである。

1 イタリア・カプリ島の青の洞窟(※原文ママ)
2 フランス・ルールドの大暗道
3 グランド・キャニオンの風洞
4 アイスランド・イスランジャ山の大地底道

熔岩隧道とは、熔岩が流れ出した後にできるトンネルのことである。そもそも熔岩というものは、外側が冷えて固まった後も、内側はかなり長い間、溶けた状態を保っているものだ。そのため、傾斜した場所を流れた熔岩流の下端に近い外皮に割れ目ができると、内部のどろどろの部分が、すべてその割れ目から流れ出してしまう。

溶けた部分がすべて流れ出し、固まった外側の殻だけが空洞(ガラン洞)として残ると、長い長い洞窟となって残る。その形は天井が多少アーチ型で底は平らになっており、鉄道のトンネルのようにどこまでも蛇行して続いているため、熔岩隧道と呼ばれているのだ。

熔岩隧道は天井の高さが三メートルから五メートルほどあり、時には両側の壁の下の方が土手のように盛り上がっていたり、肋骨のような突起があったりするものもある。日本では富士山の十二の風穴がこれにあたる。時折、熔岩隧道の一部や、あるいはかなり長い部分が崩落して、その後に「熔岩溝」というものができることがある。熔岩隧道は、しばしばこうした時に発見される。

カプリ島の洞窟のような場所はどうしてできるかといえば、専門的に言うと「熔岩メーサ」というもので、長々と続いていた熔岩隧道が川によって削られたり、海底が隆起してその断面が外に現れたりしたものである。ルールドの暗道も、おおよそそれと同じ理屈である。

ところで、最後の「イスランジャ大地底道」は、前の三つとは少し違った条件を持っている。このイスランジャという火山は、ラミラド褶曲(しゅうきょく)が終わってすぐの頃、つまり白亜紀と第三紀の間、今から三千万年ほど前に活動を終えた古い死火山です。ここには、噴火口の横腹から開いた熔岩隧道(ようがんずいどう)があり、なだらかな傾斜を保ったまま、果てしなく続く地底の南東へと伸びています。

最初にこの「地球の抜け穴」に入ったのは、イギリスの地質学者トーマス・レヴィングトンでした。彼は1892年に三十マイルほど地底旅行を続け、アイスランドのスネフェリス山の下まで到達しました。

その八年後、1900年6月には、デンマークの地理学者ポール・ヤヌッセンが、ボッツランドの岬の下を通り、海の下へと抜けて、ついに北緯10度、西経71度20分、つまりイギリスの真下あたりまで歩いていきました。

この旅行記の手記は、『地球の抜け穴。――ロンドンまでの地底三カ月の旅』(1903年出版)という題で書かれ、パリの古文書保管所に大切に保管されています。

これを読むと、地底の風景の不思議な美しさに、思わずうっとりとさせられます。
官能的な美しさ。
意外性。
驚異。
重苦しい感動。
まるで夢の中にいるような感覚。
そうしたさまざまな感情に、ぐいと魂を掴まれてしまい、ページをめくる手が止まらなくなるほどです。ウインパーが書いた『アルプス登攀記(とうはんき)』は別として、これはこの世でもっとも美しく、奇妙な旅行記だといえるでしょう。

少しだけ、その中から抜粋してみます。

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