現場には、作業の足場にするための高いやぐらが組んでありました。
そのやぐらの柱をくぐり抜けながら様子を見ていると、帽子(烏帽子)を目深にかぶったあやしい男が、テクテクと近づいてきて僧正の前に立ちはだかりました。
よく見ると、隠すようにしてはいるものの、刀を抜き出して逆手に構えています。
僧正はそれを見て、「何の用かな?」と尋ねました。
すると男は片ひざをつき、「あっしは、お前さんが見たこともない者だがね。寒くて寒くてたまらないんだ。あんたが着ているその立派な着物を一、二枚よこしな!」と言いました。そして、今にも飛びかかってきそうな気配です。
僧正は、「着物をあげるくらい、どうということはない。だが、どうして素直に頼まないのだ? そんな脅しつけるようなやり方は、感心できないな」と言うやいなや、すばやく男の横へ回り込んだかと思うと、男のお尻をパコーン!と蹴り飛ばしました。
すると、男の姿が一瞬で消えてしまいました。
「はて、おかしいぞ?」と僧正は周囲を見回しましたが、どこにも男の姿はありません。
そこで僧正は、お寺の建物(庫裡)へ向かい、お弟子さんたちを呼び集めました。
お坊さんたちが集まってくると、「たった今、わしの着物をはぎ取ろうとする泥棒が出たのだが、急に姿を消してしまったのだ。明かりをつけて捜しておくれ」と命じました。
十人ほどのお坊さんたちが、それぞれ手に手に明かりを持ってあたりを捜し回りました。すると、そのうちの一人が上を指さして、「あっ、あんなところにいるぞ!」と叫びました。
みんなが見上げると、真っ黒な服を着た男が、足場用に作られたやぐらの柱と柱のすき間にすっぽりはさまってしまい、身動きがとれずにモゾモゾと動いていたのです。
二、三人のお坊さんがやぐらに登って見に行くと、泥棒は一応刀だけは握りしめていたものの、すっかり気が抜けたぼんやりした顔をして、目をパチクリパチクリさせるばかりでした。
僧正のところへ男を連れていくと、僧正は、「年をとったお坊さんだからといって、バカにしてはいけないよ。それから、こんな悪いことはもう二度とするんじゃないぞ」と優しく諭し、自分が着ていた厚い綿の入ったあたたかい着物を脱いで、その男にあげてしまいました。
……さて、これまで紹介してきた昔の「力持ちのお話」は、どれも本当のことにしては、ちょっとオーバーに大げさに話されているのは間違いありません。でも、その大げささがどこかとぼけていて、なんだか微笑ましくてクスッと笑えてしまいますよね。
この寛朝僧正のお話にしても、本当は蹴り飛ばされて、積み上げてあった木材の上にゴトンと転がり落ちた程度だったのでしょう。それが、人々が面白おかしく話しているうちに、だんだんと高いやぐらの上まで飛ばされたことになってしまったのに違いありません。
コメント