くりくりした丸い胴体に、ちょこんとのっかった並外れて大きな頭をふりふり駆け回りました。
健ちゃんより足の遅い子供は誰もいません。
健ちゃんはいつまでたっても鬼のままでした。
胸がどきどきしてきました。顔をしかめ、立ち止まってハアハアと肩で息をしました。
鬼が立ち止まると、みんなもピタリと立ち止まりました。
「鬼が来んまに豆煎って噛(か)あまそ
鬼が来んまに豆煎って噛あまそ」
みんなは健ちゃんのすぐ近くまでやって来て、思い思いの場所にしゃがみ込み、めいめいに地面を手でかきまぜながら豆を煎るまねをしました。
鬼である健ちゃんが身構えると、みんなはさっと腰を浮かせて「わあーっ!」と逃げ出しました。
健ちゃんは本気になって追いかけました。
顔をまっかにして、転びそうになりながら一生懸命走りました。
紺色の毛糸のズボンがずり下がって、足にからまってしまいました。
とうとう泣きそうな顔になりながら、バベの木に胸をぺたりともたれかけさせて立ち止まってしまいました。
「鬼が来んまに豆煎って噛あまそ」
もうみんなは健ちゃんに見向きもしなくなりました。
バベの木の小枝にしがみついている青黒い葉っぱや、黒くてザラザラした木の肌のあちこちに、もやしのようにひょろひょろと伸びた薄赤い新芽を手当たり次第にむしってはぽいっと捨てました。
ツバキの葉に似たツヤのある小さな葉っぱが足元にパラパラと落ちて、どんどんたまっていきました。
やがて、健ちゃんはしょんぼりとうとうと鳥居の方へ歩き出しました。
「健ちゃん、もうやんないのかよ、ええ?」
「健ちゃん、鬼になって僕たちを捕まえに来いよ!」
みんなが口々に声をかけました。
それでも健ちゃんはついにみんなに背中を向け、荒神様の石段をトボトボと降り始めました。
ずり落ちてきたズボンを胸のところまでグイッと引き上げて、階段の一段一段をしっかりと確かめるように丁寧に降りていきました。
「鬼になってつらかったえー!
大根の葉っぱが辛かったえー!」
みんながからかう声が後ろから追いかけてきました。
石段を降りて、細い小路を横切ると、すぐにおばあさんの家の広い庭でした。
右側の納屋の前にある大きな柿の木の下で、おばあさんが豚のごはんであるエサを作っていました。
健ちゃんはそのそばへトボトボと歩いていって、だまってしゃごみこみました。
「大根の葉っぱが辛かったえー!」
みんなのからかう声がまだ遠くから聞こえてきます。
おばあさんは野菜を刻む手を休めず、一人で帰ってきた健ちゃんに笑顔を向けました。
「健ちゃん、どうしたんだい?」
健ちゃんは眉をぎゅっと寄せ、上唇をキュッと持ち上げるようにして、かたく口をつぐんでいました。
「なんだい、荒神様で遊んできなさいよ。
お友達もたくさんいるだろう、太郎ちゃんだってきっと思い切り遊んでるよ。」
おばあさんは荒神様の方を振り返りながら言いました。
「ほっといてくれよ、みんなが『大根の葉っぱが辛かったえー』って言うんだもん!」
「そうかい、そりゃあ困ったねえ。
大根の葉っぱが辛かったのかい?」
笑いながらおばあさんは野菜をすべて刻み終えると、大きな板を柿の木に立てかけて、流し場のほうへ行きました。
お米のとぎ汁や残飯の入った桶を持ってきてそれを豚のエサ桶に移し、醤油工場からもらってきた大豆の煮汁をそこに混ぜ合わせました。
健ちゃんはピタッとおばあさんにつきまとい、おばあさんが立つと自分も立ち、しゃがむと自分も一緒にしゃがみました。
「おばあさん、豚さんのおうちへ健ちゃんも行く!」
「そうかいそうかい、大根の葉っぱが辛かったんなら仕方がないねえ。
豚さんのおうちへも一緒に行きましょうかねえ。」
「みんなには黙って行こうね!」
健ちゃんは嬉しくなって、声をひそめました。
おばあさんはしゃがみこみ、豚のエサ桶にわたした天秤棒(てんびんぼう)を肩にのせ、右手で柿の木につかまりながら「よいこらしょ!」と立ち上がりました。
二つの豚桶が前とうしろで「ドボドボ」と音を立てて、中のスープが少しずつこぼれました。
豚小屋は裏手の段々畑が続く丘のちょうど真ん中あたりにありました。
荒神様の横を通りすぎて上を見上げると、藁葺き屋根の小屋がこちらを向いて建っているのが見えました。
畑と畑の間にあるなだらかな坂道を、おばあさんは健ちゃんの背丈ほどもある大きな豚桶をかついで、えっちらおっちらと登っていきました。
その後から健ちゃんも、えっちらおっちらと一生懸命ついていきました。
道は、真ん中の人がよく歩くところだけ土が見えていて、枯れた芝草の間からヨモギやヨメナの青い葉っぱが雑草といっしょに芽を出していました。
坂が急なところにくると、おばあさんはカニのように体を横に向けて足を一歩一歩交差させました。
「よいこら、よいこら」と大きなかけ声をかけました。
「おばあさん、豚桶ね、重たい? 重たいの?」
「重たいよ、重たいよ、っとに!」
おばあさんの返事は、そのままかけ声になっていました。
「帰るときは軽くなる? 軽いの?」
「軽いよ、軽いよ、っとに!」
「ほんなら帰り道は、健ちゃんのお手々を引いておくれよ!」
「よし、よし、っとに!」
おばあさんの鼻の上にも、健ちゃんの鼻の上にも、ポツポツと汗が浮き出ていました。
だいぶ傾いてきた太陽が、豚桶をかついだおばあちゃんと健ちゃんの影法師を、細長く斜めに地面に映し出し、その影法師もえっちらおっちらと揺れながら動いていました。
「おばあさん、影っこがおもしろいね!㏠すごくおもしろいね!」
石垣があったり、道が曲がったりするたびに、影法師はぐにゃりと縮んだり伸びたりしました。
おばあさんといってもまだ白髪もなく、腰もしゃきっとした大柄なおばあさんにぴったりとくっついていると、健ちゃんはまるで小さな赤ん坊のように小さく見えました。
すっかりくたびれてしまった健ちゃんは、両手を膝の上において腰をかがめ、力いっぱいに大股で足を交差させました。
坂の上から、クワをかついだ近所のおっさんが降りてきました。
「ほう、あっちの息子さんのところの孫かいな。お父さんにそっくりだなあ!」おっさんは片足を畑に入れておばあさんに道をゆずりながら、挨拶がわりに健ちゃんの顔をのぞきこんで行きました。
「おばあさん、あれはだれの孫かいな?」
「あれかいや、あれはのう、太郎んどんのおっさんじゃ。」
「太郎んどんのおっさんか――孫さんかいのう、よう似とらあ、いうたのう、おばあさん。」
健ちゃんはおっさんの話し方をそのまままねしました。
「おばあさん、孫さんいうたら何?」
「孫さんいうたら健のことじゃがい。」
おばあさんは振り返らずに答えました。
「ええい、健、孫さんちがうがい、健やがい。」
もうだいぶ丈がのびて、穂が出はじめた麦畑の中から、とつぜん大きな笑い声がおこりました。
健ちゃんがびっくりしてそちらをむくと、石垣で道よりも一段高くなっている青い麦畑の中から、せどのばあやんの手ぬぐいをかぶった頭がひょっこり出てきました。
ばあやんは草取りカゴをかかえ、麦をかき分けて近づいてきました。
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