「ああ、清ちゃんが来た」
丁坊は、そのままとび上るようにして、自分の部屋の窓をあけた。
「おーい。
清ちゃん。
早くこっちへおいでよ。
ばかに今日は遅いじゃないか」
夕刊をばさっと投げいれる音がした。
それからばたばたと、窓下へかけてくる小さい足音がした。
赤いベレー帽がみえた。
その下で白い顔が笑っている。
「おや、――」
と、丁坊は叫んだ。
「おや、ユリちゃんじゃないか。
兄さんはどうしたの」
意外にも、新聞の入った大きな袋を肩からかけて、窓下に立ったのは清君ではなくて、その妹のユリ子だった。
「丁ちゃん。
兄ちゃんは、きょう怪我をしたから、配達ができないのよ」
「えっ、兄ちゃんが怪我をしたって。
どうして怪我をしたの、そしてどんな怪我なんだい」
お母さんもとんで出てきて、けなげなユリ子の手を窓ごしに握って、涙をこぼした。
「――さっき、兄ちゃんが沢山の夕刊を持って、この向うの雑木林をぬけようとしていると、そのとき、あっという間もなく、頭の上からなんか大きな硬いものが落ちてきて、兄ちゃんの左脚にあたったのよ。
それで左脚がひきさいたように裂けて、歩けなくなったの。
折よく傍を自転車にのった酒屋さんが通りかかったから、うちへ知らせてもらったんだけれど、ずいぶんびっくりしたわ。
そんなわけで、あたしが兄さんの代りに配達しているのよ。
でも夕刊が遅れるといけないでしょう」
ユリ子は、けなげにもそういった。
丁坊はこのユリちゃんが大好きである。
実に、はきはきしている子だったから。
「その大きい硬いものって、何だったの」
「それが分らないのよ。
土中に深く入っていて、中々掘りだせないんですって」
ユリ子は悲しそうに首をたれた。
「なんだろうね、そいつは。
清ちゃんを怪我させて、黙って地面の下にもぐっているなんて」
丁坊は大へん腹を立てた。
「よし、僕が一ついって見てきてやろう」
そういって、お母さんやユリ子の停めるのもきかずに、暗いおもてに飛びだした。
空魔艦
暗い雑木林の中だった。
しかし丁坊は、もともと日本兵のように豪胆者だったから、すこしもおそろしくない。
懐中電灯をてらしながら、中へ入ってゆくと、やがてその場所へ来た。
そこには地面に大きな穴があいていた。
附近の笹の葉には、清君の身体から出た血らしいものがとんでいた。
見たけれど、穴は深いが、なんにもない。
ただ一つ土のなかから、丸い環と、これについている沢山の麻糸とをみつけだした。「なんだろう、これは?」
と、手にとって調べていると、そのうち丁坊は、
「あっ、これは大変なものだ。成層圏っていうものすごく高いお空のことを調べる風船が、破れちゃったんだ。この下に機械がついているはずなんだけど、どこにあるんだろう?」
そう言いながら、あたりを懐中電灯で探しはじめました。
そのとき、すぐ近くでふと足音がしたかと思うと、
「あっ、――」
と、丁坊が叫ぶひまもないほど素早く、彼の頭の上から何か大きな布がバサリとかぶせられました。
「ううー」
とうめいてみましたが、もう手遅れです。
相手が誰かもわからないまま、二、三人のおとなが集まってきて、丁坊の体を軽々と抱き上げました。そして、どこかへと連れ去っていきます。
そのうち、丁坊はなんだかいい匂いがするなと感じているうちに、ものすごく眠くなってしまいました。
どこへ連れていかれたのか、またどれくらい時間がたったのかはわかりませんが、おそらく相当長い時間がたった後なのでしょう、丁坊ははっと目を覚ましました。
そのとき、彼が一番はじめに気づいたのは、ゴーゴーと洪水が流れるような大きな音でした。
「なんの音だろう?」
そう思う間もなく、体がスーッと下に落ちていきます。
「あれっ、――」
と思うまもなく、体はピタリと止まりました。
目を開けてみると、なんと小さな西洋風のベッドに寝ているではありませんか!
部屋は小さく、あたりを見回しても誰もいません。
「ここはどこだろう?」
そう思った彼は、ベッドのそばに小さな丸窓があることに気づき、そっと顔をそのほうへ近づけました。
そのとき味わった驚きほど、当時の丁坊にとって大きな驚きはありませんでした。
「うわーっ、飛行機に乗っているんだ!」
しかし、その驚きはまだまだ序の口でした。
彼の目がひょいと向こうのほうに移ると、
「あっ、――」
と、驚きのあまり息が止まりそうになりました。
あれはいったい何なのでしょう? あれも飛行機なのでしょうか?
まるで要塞(ようさい)に羽が生えて飛んでいるようです。
それが世にも恐ろしい「空魔艦(くうまかん)」だとは知らず、丁坊は小窓にかじりつくようにして、向こうを飛ぶその空魔艦の姿に見入りました。
空中戦のはて
いつの間にさらわれてしまったのか、丁坊が気づいたときは、飛行機のなかのベッドで寝ていたのでした。
ところが、その飛行機も、ただの飛行機ではありませんでした。
「空魔艦」と呼ばれる、世界でいちばん恐ろしい飛行機だったのです。
まるでお城に翼を生やしたような、ものすごい格好をした空魔艦でした。大砲や機関銃がいくつあるのか、ちょっと見ただけでは数がわからないほどの、ものすごい攻撃力を持っていたのです。
その空魔艦の恐ろしい姿を、丁坊は窓の外に見ました。まさにそこを飛んでいたのです。
丁坊が乗っている飛行機も、やはり空魔艦でした。つまり、二台がチームを組んで(編隊を組んで)、ゆうゆうと空を飛んでいるのです。
いったいどこを飛んでいるのでしょうか? そしてどこへ行くのでしょうか?
丁坊は、窓から地上をのぞいてみました。すると、見たことのない景色が見えてきました。
雪が降っていて真っ白です。いや、氷山のようなものも見えます。
空は、いまにも泣き出しそうな灰色でした。
「ずいぶん北の方みたいだな」
丁坊は、そのときはまだ何もわかっていませんでした。氷の山が見えたり雪が一面に降っていたりするので、北の方の国なのだろうと思っただけでした。
もしそのとき丁坊が、いま窓から下に見えている土地が、北極にすごく近い寒帯地方だと知ったら、どんなにびっくりしたことでしょう!
いや、そんなことには驚かなくてもすむ事態になりました。もっともっとびっくりする出来事が、向こうからやってきたからです。
ダダダダダン!
ダダダダダン!
いきなり、はげしい機関砲の音が響き渡りました。
ビリビリと、機内の壁がふるえます。
びっくりして窓の外を見ると、いつの間に現れたのか、上空から戦闘機が身軽にスーッと降りてくるのが見えました。
一機ではありません。二機、三機、四機、五機――全部で五つか六つあります。
それらがみんなチームを組んで、まっさかさまにこちらを狙い撃ちにしようと舞い降りてくるのです。
ドドーン! ドドーン!
大きなおうと(砲門)も開きました。
空にパッと薄墨色の煙が、ハンカチの包みをほうり投げたように現れます。こちらの空魔艦から撃っているのです。
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