初級翻訳・大空魔艦 第10話

大空魔艦

「隊長さん、どうせ死んでしまうことが分かっているなら、みんなでチームを組んで、あの空魔艦がいるところまで攻め込んでみてはいかがですか?
僕がそこまで道案内しますよ!」
「空魔艦のいるところまで攻めていくだって?
はっはっは、君はなかなか勇敢なことを言うね」
大月大佐は、その時初めて声を上げて笑いました。
「だって、難しいことなん何もないじゃありませんか!
幸い、氷はどこまでも続いていますから、氷の上を歩いていけば、きっと空魔艦の隠れ家にたどり着けますよ」
「簡単なことではないだろうが、理屈としてはまったくそのとおりだな。
いやあ、丁坊くん。
よく言ってくれた!
おかげですっかり元気が出たぞ。
これから食料や武器がどのくらい残っているかを調べて、できそうなら『空魔艦遠征部隊』を結成することにしよう!」
大月大佐は、ついに重大な決意を固めてそう宣言しました。
しかし、そんな重要な会話が、すべて空魔艦に丸聞こえになっているとは、夢にも思っていなかったのですから、これは本当に大変な危機でした。
高声器(スピーカー)の前に張り付いていた空魔艦の隊長「笑い熊」は、「うふふふ」と気味の悪い笑い声を漏らしました。
「なるほどねえ。
この若鷹丸は、やっぱり俺たちの偵察にやってきたというわけか。
氷伝いに俺たちを攻撃するなんて、なかなか生意気なことを言ってくれるじゃないか。
よし、それならこっちにも考えがあるぞ」
そう一人で納得うなずくと、「笑い熊」は再び高声器へと耳を傾けました。
ところが、高声器からはもう何の音もしなくなってしまいました。
「おい、無線長!
音が聞こえなくなったじゃないか。
一体どうしたんだ?」
慌てた様子で無線長がしきりに目盛盤をいじりながら、大きく首を振りました。
「はっ、変なことが起こりました。
急に相手の会話が聞こえなくなったのです。
あんなに性能の良い機械が故障するなんて、普通ならありえないはずなんですがねえ……」
いかにも不思議そうに、無線長は首をかしげるのでした。
【秘密発見】

それは、先ほどの会話より少し前の出来事でした。
丁坊少年の熱い愛国心にすっかり心を動かされた大月大佐は、丁坊を包んでいるゴム袋の上から、少年をしっかりと抱きしめました。
その瞬間、大佐は「おやっ?」と思いました。
たまたま大佐の手が触れた袋のひと部分が、やけに熱を持っていたからです。
大佐はびっくりしましたが、同時に頭の中で何かがピカーとひらめきました。
「最初からどうもこの少年の服装はおかしかったぞ……」
しかし今、その袋の下の方に手を触れてみると、ものすごく熱い。
いったい、何がこんなに熱を発しているのだろうか?
空魔艦の連中が、少年のためにわざわざ使い捨てカイロでも入れてやったのだろうか?
いやいや、あんな冷酷な空魔艦の乗組員が、そんな親切心を発揮するわけがありません。
大月大佐は大いに怪しみ、「何か裏がある」と考えました。そこで丁坊には「黙っていてくれ」と目配せで合図をし、隊員を呼び寄せて袋の口を開けさせ、丁坊をそっと袋の外へと引っ張り出しました。
外はすべてが凍りつくような極寒の世界です。
袋から出たとたん、丁坊は大きなくしゃみを立て続けに二つ、三つと連発しました。
隊員たちはすぐに用意していた毛布で、丁坊の体を包んで温めました。
大月大佐は一同に静かにするよう命じ、部下たちに袋の中をくまなく調べさせました。
「この温かい場所には何が入っているのか、しっかり調べるんだ!」
大佐は手振りでそう命令しました。
隊員が袋をハサミで切り開いてみると、あまりの驚きに目を丸くしました。
その熱を持っていた正体は、なんと精密な「無線機」だったのです。
よく見ると、小さなマイクロフォンまでしっかりと取り付けられていました。
あんなに熱かったのは、中で点灯している真空管(しんくうかん)の熱のせいだったのです。
その場に居合わせた無線技士が、手際よくその真空管をそっと取り外しました。
こうして、その盗聴用の機械は完全に機能を停止したのでした。もう喋っても大丈夫だ。
「隊長。これは無線電信の送信装置ですよ。いままで真空管がついていたところを見ると、この器械のそばで喋っていたことは、すっかり電波になって空中を飛んでいたわけですよ。これは空魔艦のたくらみです。だからこっちの話はすっかり向うに聞かれちまったわけですぞ」
と無線技士は顔色をかえて、大月大佐にその精巧な器械を指した。
隊長は大きくうなずいて、
「うむ、気がついたのが遅かった。いや、それで丁坊少年を空魔艦が氷上になぜおとしたか漸く分った。すっかり聞かれてしまったらしい」
丁坊の愕きは、更に深いものがあった。
彼は自分でその変な器械を背負っていたのだから。
そして秘密にしておかなければならぬ若鷹丸探険隊の重大な決心を、憎い空魔艦に知らせてしまったから。
いくら、当人の丁坊が知らなかったこととはいいながら、全くそのはずかしさは穴の中にかくれたいくらいのものだった。
「丁坊君、悲観せんでもいい。なあに、どっちになったって、今の境遇では、大したちがいはないよ」
と大月大佐は丁坊をなぐさめ、そして他をふりかえって、
「おい誰か。丁坊君に新しい防寒服を大急ぎで作ってやれよ」
といえば、待っていましたとばかり、隊員が三四人声を合わせて承知の返事をした。

怪しき爆音

丁坊はすっかり隊員のなかの人気者となった。
隊長のお声がかりで、新しい防寒服はすぐ出来たし、その上、毛皮がそとについている防寒帽をつくってもらうやら、靴もエスキモーにならって外を魚の皮でつくり、内にはやはり毛皮を張ってあるものを貰うようにしてたいへんな可愛がられようであった。
「ああ嬉しいなあ。僕、まるで日本に帰ったような気がする」
そういって丁坊が跳ねまわれば、隊員もそれを見てにこにこ顔であった。
しかしここは氷上の避難住居である。
船もなければ、橇もない。
到底日本へはかえれまい。
丁坊はそれをはっきり知らないのだろうと、蔭で涙ながして気の毒がる隊員もあった。
隊長大月大佐は、丁坊の進言によって、空魔艦の根拠地へむけて遠征する計画をたてはじめた。
幸いに、食料は三十日間だけあり、武器も弾丸の数にして五千発ばかりあったので、これなら一戦やれると見込がついた。
隊員のなかから、十五名を選んで遠征隊員として、のこり五名をここにのこして置いて、予備隊とする。
その一方、沈みゆく若鷹丸から持ち出した電波の無線機械を至急修理して、内地と連絡できるようにせよという命令が出て、無線班は食事も忘れて、しきりに器械をいじっていた。
「どうだ、松川学士。遠征隊は何日出発できるだろうか」
と、大月大佐は、若い副隊長の松川彦太郎学士にたずねた。
「今のところ、どんなに急いでも、明日の朝になりますね」
「そうか。やっつけるなら、早い方がいい、急いでくれ」
「承知しました。急ぎましょう」
隊員は、さらに急がしくなった。
いつの間に陽が傾いたのか、よくわからなかったが、既にして夕刻となり、あたりはもううすぐらくなりかけた。
空の遠くには、まだ極光が現れ、そのうつくしい七色の垂れ幕がしずかに動いてゆく。

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