わたしは、ふと、あの時計の針を、八時のところへまわしたり、十一時のところへまわしたりすれば、秘密のかくし場所がひらくようなしかけになっているのではないかと考えました。
しかし、あの時計をよくしらべてみますと、どうもそんなしかけがあるらしくも思えません。
そこで、わたしはまた部屋のまん中に立って、心をしずめて、四方を見まわしたのです。
すると、こんどはあのたなの下の彫刻が目にはいりました。
そこで、あのまるい彫刻の左から八番めと十一番めを動かしてみたり、右から八番めと十一番めを動かしてみたりしましたが、これも失敗でした。
少しも動かないのです。
わたしは、とほうにくれて、紙きれをもう一度ながめました。
そして数字を見ているうちに、ふとべつの考えがうかんできたのです。
この+や-の印は、たしたりひいたりするのでなく、もっとほかのことを教えているのじゃないかしら、ためしにたしたりひいたりしないで、もとの数でやってみようと考えたのです。
もとの数というのは、つまり五と十三ですね。
そこで、まず左からかぞえて五番めのまるい彫刻を、動かしてみました。
すると、なんだか少し動くような気がするのです。
ためしに右へねじってみますと、ぐるぐるまわるじゃありませんか。
ひょっとしたら、五にたす三は、三回まわせという意味かもしれない。
そう考えて右へ三回まわしますと、何か、かすかな手ごたえがあって、そこでぴたりととまって、動かなくなりました。
こんどは左からかぞえて十三番めの彫刻です。
動かしてみますと、やっぱりまわるのです。
右へではなくて、左へまわるのです。
そこで、わたしは、すっかり、紙きれの数字のわけがわかりました。
+のほうは右へまわせという印で、-のほうはその反対の左へまわせという印なのです。
13-2ですから、十三番めの彫刻を左へ二回まわせばいいのです。
そのとおりにしますと、あんのじょう、あの獅子の口がひらいたというわけですよ。」
「ああ、そうだったのですね。その紙きれの数字は、まるで金庫をあける秘密の暗号と同じだったわけですね。それにしても、あんな暖炉のかざりの彫刻に気づくなんて、さすがは専門家ですねえ。私たちには思いもよらないことですよ。」
宮瀬氏はすっかり感心して、探偵の知恵をほめたたえました。
「ですが、私はまだ、あの獅子の口の中に何が入っていたのかを知らないのです。あんなに一生懸命になって泥棒が盗んでいったところを見ると、よほど大切なものだったのでしょうね。」
「その通りです。ものすごい大金金額のものですよ。今の価値に直したら、おそらく一億円を下らないと思います。」
宮瀬氏は、ほかの人に聞かれるのをこわがるように、一大事の秘密を話すように小声になって言いました。
「えっ、一億円!? それはすごい金額ですね。いったい、どんな書類なんですか?」
さすがの明智探偵も、金額があまりにも大きかったので、びっくりした顔をしました。
「暗号で書かれた書類なのです。一億円ものすごい金塊がどこに隠されているかを示す暗号なんですよ。いきなりこんな話をされても、すぐにはわかりませんよね。でも、これには深いわけがあるのです。あなたに、その暗号の書類を泥棒の手から取り返していただきたいので、今まで誰にも話したことのない秘密をお話ししますね。わけはこうなんです。
私の祖父にあたる宮瀬重右衛門(みやせじゅうえもん)という人は、明治維新の始まる前まで、江戸で五本の指に入るほどの大富豪だったのです。その重右衛門という人は、まあ、とても心配性というか、おく病なところがあったのでしょうね。維新のさわぎで江戸で大戦争が起きるといううわさを聞いて、『自分のような商人は、どんなひどい目にあうかわからない』と心配したのです。そこで、蓄えていた百万両以上の金銀だけでなく、自分の家まで売り払ってしまい、そのすべてを大きなお金である大判(おおばん)や小判(こばん)にかえて、何百という千両箱につめこみ、どこか遠い山の奥へ埋めて隠してしまったのです。
さっき金塊と言いましたが、本当は大判や小判のかたまりなのです。いや、大判小判の山ですよ。私の兄はそれを『大金塊、大金塊』と呼んでいました。
それから重右衛門は、家族みんなを引きつれて山梨県の田舎に引っ越し、そこで亡くなりました。亡くなるとき、その子ども――つまり私の父親ですが――その父に、宮瀬家に代々伝わる宝物の隠し場所をしるした暗号の文書を残していったのです。重右衛門も、私の兄と同じように急に病気で亡くなってしまったので、詳しいことを言い伝える時間がなかったのだそうです。
ですから、私の父親は暗号の書類を持ってはいたものの、その意味を解くことができなかったのです。なんでもものすごく難しい暗号で、一生をかけても、そこに書いてある意味をどうしても知ることができませんでした。ただ、その暗号の書類を命の次に大切なものとして、じっと持っているだけだったのです。
父が亡くなると、その暗号は兄に受け継がれました。兄と私は東京に出てきていろいろと苦労をし、ふたりとも何とか人並みの暮らしができるようになりました。ですが、その兄という人がまた、ちょっと変わった人だったのです。
少し財産ができると、こんな変わった洋館を建てて、世間づきあいをいっさいやめ、古い骨董品(こっとうひん)をいじって暮らすようになりました。風変わりな兄は、『この大切な暗号文書を盗まれては大変だ』と知恵をしぼり、とんでもないことを思いついたのです。
それは、暗号が書かれた紙を二つにビリッと破り、兄と私がその半分ずつを、それぞれ自分だけが知る秘密の隠し場所に隠すという、思い切った方法でした。
というのも、宮瀬家の大金塊といううわさがいつの間にか世間に広まり、『その暗号文書を高値で譲ってほしい』という人が現れたり、あるときには兄の家に泥棒まで入ったりしたものですから、だんだん危険を感じ始めたのですね。
兄はその暗号の半分を、ものすごい苦労をして、自分が建てたこの家の中の、誰にも見つからないような場所へ隠したと言っていました。そして、
『わしが生きているうちは、お前にもその隠し場所は教えない。死ぬときの遺言としてお前に教えてやる』と言っていたのです。
ところが、一年前、その兄が急な病気で亡くなってしまいました。私がかけつけたときにはすでに息を引き取っていて、遺言を残す時間もなく、とうとうその隠し場所を聞きそびれてしまったのです。
それから、『隠し場所はこの建物の中だ』ということだけは聞いていたので、私はすぐに兄のこの家に引っ越してきました。そして一年の間、家の隅から隅まで探し回ったのですが、どうしてもその暗号の半分を見つけることができなかったのです。
まさか、あんな獅子の口の中だなんて、思いもしませんでしたからね。」」
「すると、賊は暗号をぬすんでも、なんの役にもたたないわけですね。」
明智はそれに気づいて、ことばをはさみました。
宮瀬氏は、にわかに、さもおかしそうに笑いだすのでした。
「ははは……、そうですよ。せっかくぬすんでいっても、なんにもならないのですよ。
初級翻訳・大金塊 第6話
大金塊
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