バカなのはあいつのほうさ、ハゲ頭のくせに大酒飲みで、すぐ暴れるんだから。よく町内会の集まりのあとで、ベロベロに酔っぱらってるって話だよ」と言って、Kは笑いました。
秀吉が帰るとき、Kは玄関まで見送ってくれながら、薬室の前を通りかかったところで、
「ねえ君、あそこにドクロのマークがついた戸だながあるだろう? さっき言った猛毒の小瓶は、あの中に入っているんだよ」と指さしました。
秀吉は、灰色のドクロの絵に、なぜか胸が締め付けられるような鋭い衝撃を感じました。
ちょうど、そのころのことでした。
町に、小さな可愛らしい教会堂が建てられました。
近くの子どもたちや、生活に苦しむ家庭のお母さんたちが、日曜日ごとに集まってお祈りをし、牧師さまのお説教を聞いたのです。
牧師さまは、外国人の女性でした。
その下には日本人の信者たちがいて、いろいろなお世話をしたり、教会のめんどうを見ながら働いていました。
一人は髪がちぢれたやせ形の芸術家のような青年で、もう一人は美しいお嬢さんでした。
普段は、女性のほうが子どもたちと一緒にオルガンに合わせて讃美歌を歌ったり、希望者に英語を教えたりしていました。
そして、青年のほうは子どもたちに工作を教えたり、自由に絵を描かせたりしていました。
ある日、この若い男の先生は、子どもたちが並んで座るテーブルの前へ、クレヨンと紙を配りながら言いました。
「何でもいいから、見たことや、思ったことを自由に絵に描いてごらん」
秀吉には、何を描けばいいのか、「自由」という意味がよくわかりませんでした。
いつも学校では、先生が決めた問題が出されて、それに正しく答えるよう教えられていたからです。
線を一本でも間違えてはなりませんでした。
だから、自分では一生懸命描いたつもりでも、みんなの絵と比べられて良い悪いを決められ、いつも褒められるのは決まって成績が良い子たちだけでした。
秀吉の絵がどの科目でも褒められたことなど、一度もありませんでした。
しかし、この教会でもらったクレヨンはとても質が良いようで、赤色はまったく鮮やかな真紅で、紫色も、いつか友だちの家で見た孔雀の羽のように妖しく光り、青色は、ステンドグラスを通して見上げるあの深い大宇宙のようだったので、彼の心の中に生まれつき備わっていた創造力が、何を表現したらいいのかと、頭の中で出口をしきりと探していました。
彼はまず、脳裏にハッキリと焼きついて離れない孔雀を描きました。
そしてその隣に、彼にとってはお化けのように恐ろしく感じられる、あのヒゲの生えた丸い顔を描いたのでした。しかしそれは、人間の顔ではありませんでした。
目から火を吹けば、口からも、ちょろちょろと、まるでヘビのように赤い舌を出して、頭をかしげていたのです。
「だんだん、本当の君が出てきて、おもしろくなってきたね」
と、若い先生は、その絵からいったい何を感じ取ったのか、秀吉を優しく勇気づけました。
そのとき、秀吉は突然、
「先生、神さまは人間をみんな平等に愛してくださるんですか?」
と尋ねました。
「そうですとも。正直な人や、あるいは貧しい人は、とりわけ深く愛してくださるのですよ」
と、先生は秀吉を見つめながら答え、その目に涙を浮かべていました。
やがて、北国の村や町にも、ちらちらと寒い雪が降る季節になりました。
教会では、その頃からストーブを焚きはじめました。
ある日、秀吉が描いた自由画は、これまでになく独特で奇妙なものでした。
少年の姿をした人間が、雪の中に埋もれて倒れているのです。
そのそばには、いつも描いているあのタコ入道のような化け物が、ヒゲの生えた口を大きく開け、まるで勝ち誇ったかのように笑いながら、赤い舌を出していました。
そして目からも一筋の糸のように火を吹き、少年の死骸を見下ろしていたのです。
さらに、この化け物には何本もの手や足があり、それがヘビのように電信柱や街灯の柱に巻きついて、ツメからは血がぽたぽたとしたたっていました。
するとその時、頭の上を、孔雀のような美しい羽を持った天女が、ぐるぐると円を描くように飛び舞っていました。
空の一方は、海のように真っ青で、もう片方の空は、日が沈みかけて真っ赤に染まっていました。
若い先生は、この絵にものすごく感動している様子でした。
「なんという題名をつけたらいいかね?」
と、先生は秀吉に尋ねました。
「『天女とお化け』です」
と、秀吉は答えました。
「ああ、それがいいね。この絵の意味が、なんだかわかる気がするよ」
と、先生はいつまでもその絵に見入っていました。
教会に集まる子どもたちの絵には、それぞれに特色があり、豊かな個性があらわれていたため、教会ではそれらの作品を集めて、一般の人々にも公開する展覧会を開くことになりました。
当日は、学校の先生や、子どもたちの家族がたくさん見学にやってきました。
ちょうどお昼ごろのことです。
参観者の一人が突然その場に倒れ込み、大騒ぎになりました。
すぐに医者を呼んで関係者たちが介抱しましたが、診断の結果は「急性脳溢血(のういっけつ)」で、すでに手遅れの状態でした。
そのとき、会場係として働いていた、自由画を担当するあの若い先生も駆けつけましたが、先生は二度びっくりすることになりました。
亡くなったその人の頭はハゲていて、ヒゲのある丸い顔は、秀吉がいつも描いていたお化けの顔に、そっくりだったからなのです。
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