玄関のベルをおして、ここの家の人に知らせてあげよう。
」泰二君はとっさに心をきめて、ソッと門のとびらをひらくと、足音をたてぬように気をつけながら、正面の玄関へかけあがっていきました。
呼びりんのボタンをさがしますと、入り口の柱の上のほうについていることがわかりましたので、背のびをして、いっしょうけんめいそれをおしつづけました。
ところが、いつまでおしていても、だれも玄関へ出てくるようすがありません。
ひょっとしたら呼びりんの電線が切れているのかもしれないと思って、こんどは、玄関のドアをおしたり引いたりしてみましたが、かぎがかけてあるらしく、ビクとも動かないのです。
家の人はるすなのかもしれません。
門の外をふりかえって助けを求めようとしても、人通りはまったくありませんし、泰二君はこまってしまいました。
といって、このまま賊を見のがして立ちさる気にはどうしてもなれません。
名誉ある少年探偵団の名折れのようにさえ考えられるのです。
しかたがないので、少しうすきみ悪くは思いましたけれど、思いきって怪老人のしのびこんだ窓の外へまわってみることにしました。
相手にさとられてはたいへんですから、背をかがめ、足音をしのばせて、まるで、はうようにして、その窓の外まで、やっとたどりつきました。
しかし、立ちあがって窓の中をのぞくのは、なかなか勇気のいる仕事です。
もし窓の中の怪老人がこちらを見ていたら、たちまちとびだしてきて、泰二君をとらえてしまうかもしれません。
いや、とらえるばかりならいいのですが、ピストルか短刀でも持っていたら、それこそたいへんなことになります。
それを考えますと、窓をのぞくというだけのことが、命がけの冒険なのです。
泰二君は、胸をドキドキさせながら、一ミリずつ一ミリずつ、まるでなめくじのはうような速度で、用心にも用心をして、窓のところへ顔をあげていきました。
そして、長いあいだかかって、やっと部屋の中を、チラッとのぞくことができました。
のぞいたかと思うと、泰二少年の顔色がサッとかわりました。
黒目がちのかわいらしい両眼が、とびだすのではないかと思うばかり、見ひらかれました。
何かしら、よほどおそろしいものを見たのにちがいありません。
ああ、部屋の中にいったい何があったのでしょう。
もしやそこには、あのぶきみな怪老人が、「おまえの来るのを待っていたぞ。
」といわぬばかりに、おそろしい顔で、こちらをにらみつけていたのではないでしょうか。
美少女
その部屋は客間らしく、まんなかにテーブルがあって、そのまわりに、みょうなかっこうのイスがならんでいました。部屋の中はなんとなく薄暗くて陰気でしたが、物のすみずみまで見わけられないほどではありませんでした。
泰二君は、急いで部屋の中を見まわしましたが、予想に反して、さっきの老人の姿はどこにもありませんでした。
そのかわりに、テーブルの脚のところに、老人なんかよりもっともっとびっくりするようなものが転がっていたのです。
それは薄暗い部屋の中に、パッと一輪のバラの花が咲いたように、鮮やかな色のものでした。
ひとりの美しい少女だったのです。
目がくらむほどあざやかな洋服を着た、十六、七歳の、まるで絵のように美しい少女でした。
しかし泰二君は、そのお姉さんの美しさに驚いたのではありません。
少女のむごたらしい姿にギョッとしたのです。
少女は洋服の上から、太いロープで手足をグルグル巻きにしばられていました。
口には白い布で、さるぐつわまで噛まされていいたのです。
「あの悪人の老人が、お姉さんをこんなひどいめにあわせたんだな。」
泰二君はそう思うと、もうじっとしていられませんでした。
美しい少女がかわいそうでしかたがなかったのです。
あのおいぼれじじいと一騎打ちの勝負をしてでも、このお姉さんを救い出してやるんだと、少年の胸には勇ましい怒りがこみあげてきました。
正面のドアは開いたままで、その向こうにずっと廊下が続いていますが、そこにも怪老人の姿は見えません。
きっと、たったひとりでお留守番をしていたこの少女をしばっておいて、何かを盗むために奥の方へ入りこんだにちがいないのです。
「よしっ、このすきにお姉さんを助けてあげよう。
そして、お姉さんにかぎを借りて、老人を家の中に閉じ込めてしまい、お巡りさんを呼びに行くことにしよう。」
泰二君はとっさに決心すると、窓のふちに両手をかけ、学校で習った器械体操の腕前で、パッと身を躍らせてみごとに部屋の中へとびこみました。
それから、急いで少女のそばへかけより、ポケットからナイフを出してロープを切り、
「しっかりしてください。
ぼく、助けに来たんです。」
と、少女が安心するようにささやきながら、だんだんと手足のロープをほどいていきました。
ところが変なことには、ロープがたいていほどけても、少女は石のように身動きさえしないのです。
気絶しているのかなと思って、肩へ手をあててそっと揺すってみました。
「しっかりしてください。
きみ、しっかりしてください。」
でも、少女は少しも動きません。
いや、そればかりか、なんだか手ざわりが変なのです。
やわらかいはずの肩の肉が、カチカチにかたくて、気味の悪いほど冷たいのです。
泰二君はそれに気がつくと、思わずゾッとしました。
このお姉さんは死んでいるのかもしれない。
そして本で読んだ、死んだあとに体が硬くなる状態になっているんだと思ったからです。
泰二君はどうしていいのかわからなくなりましたが、ロープをほどいたのだから、さるぐつわもはずしてあげようと顔の前にまわり、その白い布を取り去ろうとしました。
そして、少女の顔をつくづく見ると、泰二君はまたしても仰天してしまいました。
ああ、なんということでしょう。
あんなにも胸をドキドキさせて、助けてあげようと一生懸命になったこの少女が、人間ではないことがわかったからです。
それは、まるで生きているようによくできた、ろう細工の人形がしばられ、さるぐつわをはめられてそこに転がっていたのです。
いったいだれが、なんのためにこんなおかしなことをしておいたのでしょう。
さっきの怪老人が、わざわざ人形をしばったりなんかするはずはありません。
老人がここへ入り込む前から、この人形はしばられていたにちがいないのです。
ろう人形はそこに横たわったまま、かわいらしいガラスの目で、じっと泰二君を見上げていました。
本当にかわいくて美しい顔です。
お友達の桜井君のお姉さんにそっくりでした。
泰二君はなんだか怖くなってきました。
魔法にでもかけられているような、恐ろしい夢を見ているような、なんとも言えない変な気持ちです。
あの怪老人はどこへ隠れてしまったのか、さっきからもう十分ほどもたっているのに、戻ってくるようすもありません。
この古めかしくて薄暗い洋館の中に、たったひとりに取り残されたような、気味の悪い寂しさです。
泰二君はしばらく、ものを考える力がなくなってしまったようにぼんやりとそこに立っていましたが、ふと気がつくと、いつの間にか部屋の中が真っ暗になっているではありませんか。
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