「おやっ……」」と思って、ふりむいてみますと、今しがたまでひらいたままになっていた、ただ一つの窓がいつのまに、だれがしたのか、がんじょうな鉄のよろい戸で、ぴったりとふさがれていることがわかりました。
そのよろい戸が外からの光線をさえぎって、こんなに暗くなったのです。
泰二君はびっくりして、そこにかけより、両手で力いっぱいよろい戸をひらこうとしましたが、おしても引いてもビクとも動きはしないのです。
ああ、なんというへんてこな建物でしょう。
外から見ただけでも、なんとなくうすきみが悪かったのですが、その部屋の中には、美しい少女の人形が、さも生きた人間のようなかっこうでしばられていたり、人もいないのに、ひとりでに窓のよろい戸がしまったり、まるで化け物屋敷ではありませんか。
泰二君は、とうとう、まっくらな部屋の中に、とじこめられてしまったのです。
出口をさがそうとすれば、奥の廊下のほうへ出てみるほかはありませんが、しかし、そちらには、あのきみの悪い老人が、ニヤニヤ笑いながら待ちかまえているかもしれないのです。
泰二君はとほうにくれてしまいました。
といって、いつまでもこの暗い部屋に、人形とふたりきりでいるわけにはいきません。
だいいち、こわくてたまらないのです。
少女の人形が、あまりよくできているものですから、暗やみの中で、ヒョッコリ立ちあがりそうな気がして、もういたたまれないほどおそろしいのです。
そこで、怪老人に出あうのはかくごして、とうとうその部屋から、廊下へ逃げだしてしまいました。
ビクビクしながら、廊下を見まわしましたが、そのへんに、あの老人がかくれているようすもありません。
家中がしいんと静まりかえって、ほんとうにあき家のような感じです。
廊下はかぎの手にまがっていて、そのところどころにドアがついているのですが、どのドアも中からかぎがかかっているとみえ、とっ手をまわしてみてもあくようすもありません。
みんなきみの悪い「あかずの部屋」ばかりです。
泰二君は今にも泣きだしそうになるのを、やっとの思いでこらえながら、とうとう、廊下のいちばん奥にある部屋の前までたどりつきました。
見ると、そのいちばん奥の部屋だけは、ドアが半分ほどあいているのです。
「この中にだれかいるのかしら。」
と思うと、また、みょうにこわくなってきます。
ドアがしまっていればしまっているで、うすきみが悪いし、あいていればあいているで、やっぱりこわいのです。
でも、いまさらためらっているばあいではありません。
泰二君は下腹にグッと力を入れて、勇気をふるいおこしました。
そして、そのあいたドアの中を、ヒョイとのぞきこんだのです。
蛭田博士
ドアの中をのぞいてみますと、その部屋が思ったよりずっと広くて、たいへんりっぱなことに、まずびっくりしてしまいました。
部屋の四ほうのかべは、高い天井までとどく書だなになっていて、金文字の洋書が、ぎっしりつまっています。
それから、その書だなの四つのすみには、おとなほどの背の高さのいかめしい石膏像が、ニョキニョキとつっ立っているのです。
正面の右手に立っているのは、にいさんの西洋史の本のさし絵で見た、ギリシャの詩人ソフォクレスの彫刻によく似ています。
あとの三人も、きっとソフォクレスにおとらない、昔の偉い人たちの像でしょうが、泰二君にはよくわかりませんでした。
部屋の正面には、書だなを背景にして、長さ二メートルもありそうな、大きな机がすえてあります。
足にいちめんに彫刻のある、茶色にくろずんだ、見たこともないようなりっぱな机です。
その表面は、まるで鏡のように光っていて、うしろの書だながありありとうつっているのです。
その机の向こうがわに、みょうな人物が腰をかけて、机の上に顔をふせ、何かしきりと書きものをしています。
こちらを向いている頭の毛が、なかば白くなっているのを見ますと、相当の年配の人にちがいありません。
むろん、さきほどの怪老人とは、似ても似つかぬりっぱな人物です。
身には、西洋の衣とでもいうような、ダブダブした将校マントのようなものを着ています。
泰二君はそれを見ると、ホッと安堵のため息をつきました。
こんなりっぱな人ならば、まさか、子どもをひどいめにあわせるようなことはあるまいと感じたからです。
そこで、思いきって、声をかけてみました。
「おじさん、おじさんはこの家のご主人ですか。」
書きものをしていた人は、それを聞くと、しずかに顔をあげて、じっと泰二君を見つめたまま、ニヤニヤとみょうな笑い方をしました。そこで、その人の顔がよくわかりました。ふさふさとボリュームのある半白のオールバックの髪に、ピンとはねた半白の口ひげ、そして三角の形にきれいに刈りそろえられた半白のあごひげをたくわえています。黒いふちの大きなロイドめがねをかけており、そのレンズの奥から、ギラリとよく光る大きな目がこちらを鋭くにらみつけているのです。
ただニヤニヤと笑うばかりで何も答えてくれないので、泰二君はもう一度、同じ言葉を繰り返しました。
するとその人は、お腹の底から響いてくるような太い声で、
「うん、わしがこの家的主人じゃよ。まあ、こちらへおいで」
言いながら、右手を机の上に伸ばし、まるで犬でも呼ぶかのように人さし指をクイクイと動かして「来い、来い」という合図をして見せるのです。
なんだかうす気味の悪い、変なおじさんだなと思いましたが、いまさら逃げ出すわけにもいきません。言われるがままにスタスタと部屋の中へ入り、まるで鏡のようにピカピカと光る大きな机の前に立ちました。
「おじさん、ぼく、勝手にあなたの家に入ってきてごめんなさいね。さっき、あやしい乞食のじいさんがあそこの窓からこっそり忍び込むのを見たんです。ぼく、泥棒かもしれないと思って玄関のチャイムを鳴らしたんだけれど、誰も出てこないもんだから、そのじいさんのあとを追って、同じ窓から入っちゃったんです……ぼく、相川泰二っていうんだ」
泰二君がやっとそこまで言うと、その奇妙な人物は相変わらずニヤニヤと笑いながら、
「きみが相川泰二君ということはよく知っているよ。わしはきみを待っていたのだからね」
と、ますます気味の悪いことを言うのです。
しかし泰二君は、さっきの怪老人のことが気になって仕方がなく、相手の変な言葉を疑っている余裕などありませんでした。
「おじさん、そのあやしい乞食のじいさんは、まだこの家の中のどこかに隠れているんです。きっと泥棒違いありません。早く探してください!」
「ハハハ……、あのじいさんのことなら心配せんでもいい。ちゃんとこの部屋の中にいるのじゃから」
「えっ、この部屋に?」
泰二君はびっくりして、キョロキョロとあたりを見回しましたが、部屋にいるのはその主人のほかには誰も人の気配すらありません。
この変なおじさんは、いったい何を言っているのでしょうか。
「誰もいやしないじゃありませんか!」
泰二君は、不思議そうに主人の顔をじっと見つめました。
「いないことはない。ほら、そこをごらん。
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