初級翻訳・妖怪博士 第21話

妖怪博士

そして、いきなり身をおどらせて、あいたままになっていた書だなのうしろの衣装部屋へかけこんだかと思うと、とつぜんパッと電灯が消えて、部屋の中は墨を流したような暗やみになってしまいました。
むろん、殿村が衣装部屋にしかけてあるスイッチを切ったのです。
たちまち暗やみの部屋の中に、そうぞうしい物音がおこりました。
何かわめく声、走りまわる靴の音。
その中にひときわ高いさけび声が聞こえます。

「みなさん、さわぐことはありません。
しずかにしてください。
あいつは袋のネズミです。
この部屋の出口には、ちゃんと刑事諸君が見はり番をしていてくれるのです。
いくら暗やみでも、にげだすことはできません。」
それは明智探偵の声でした。
明智はこの書斎へはいるまえ、中村警部の部下の刑事たちにそっと身分をうちあけて、廊下への出口はもちろん、衣装部屋から地下室に通ずるドアの外にも、ちゃんと見はりを立てておいたのです。
やがて、部屋の中がボーっと明かるくなりました。
ろうそくの光です。さいぜん殿村が地下室を案内してまわった燭台が、大机の上においてあったのに気づいて、中村係長がそれに火をつけたのです。
そのうす明かりをたよりに、明智は衣装部屋にかけこんで、壁にかけならべた衣装のかげまでくまなくしらべましたが、どこにも人の姿はありません。
「そのドアを、あけたものはありませんか」
地下室に通ずるドアの向こうがわへ声をかけますと、パッとそのドアがひらいて、ふたりの刑事が顔を見せました。
「いいえ、だれもこちらへは来ません。書斎がまっくらになったので、じゅうぶん注意していたのですが」
刑事のひとりが懐中電灯を手にしていましたので、明智はそれをかりて、もう一度、衣装部屋をすみからすみまでさがしました。
でも、やっぱり殿村の姿は見えないのです。
そのとき、電灯のスイッチもしらべてみましたが、殿村はスイッチのとっ手を引きちぎってしまっているので、きゅうに電灯をつけるわけにいきません。
そこで、こんどは反対がわの廊下にあいているドアのところへかけつけてみますと、ここには、外の見はり番にたずねるまでもなく、大ぜいの新聞記者が、おたがいに手をつないで、げんじゅうな通せんぼをしていてくれました。
「ここからはだれも出たものはありません」
記者たちは口々に答えました。
明智は念のために、懐中電灯をかざして、部屋の窓をしらべてみました。
しかし二つの窓はしめきったまま、なんの異状もありませんし、その窓のそばには相川技師長や、四人の少年たちが立っていたのですから、そこからも逃げだせるはずがありません。
すると、もう殿村の逃げだす個所は、どこにもないのです。
それなのに、明智をはじめ、中村係長や、小林少年や、新聞記者などが、すみからすみまでさがしまわってもあやしい人影はどこにも見えません。
じつにふしぎです。
蛭田博士は忍術でも使って、煙のように消えうせてしまったのでしょうか。
「みなさん、しばらく動かないで、じっとしていてください。あいつはこの部屋にいるのです。みなさんの中にまぎれこんでいるのです」
明智の声に、人々は立ちどまったまま、うすぼんやりしたろうそくの光の中で、おたがいの顔をジロジロとながめあえました。
なにしろ相手は、変装の名人です。
それにさいぜん、変装の材料がいっぱいならんでいる衣装部屋へとびこんだのですから、どんな変装をしているかもしれたものではありません。
まさか子どもに化けることはできませんから、小林君や相川君たち五人の少年ははぶくとしても、その部屋には、明智のほかに中村係長、相川技師長、それから、六、七人の新聞記者がいるのです。
もしかしたら、中村係長がふたりになっていたりするのではないでしょうか。
そう考えると、知りあいの顔をさえ、うたがってみないではいられません。
そのうえ、この暗さです。
赤茶けたろうそくの光に照らされて、どの人もどの人もなんだかお化けめいた顔つきに見えてきます。
明智探偵は、立ちすくんでいる人々の顔を、じゅんじゅんに懐中電灯で照らしていきました。
最後に新聞記者の一団です。
明智は、記者たちの顔をいちいち見おぼえているわけでないのですから、ことに念を入れてしらべなければなりません。
「きみたち記者諸君は、たしか六人でしたね」
明智がたずねますと、
「いや、七人ですよ。廊下の外でかぞえてみたときは、たしか七人でした」
記者のひとりが答えました。
「いや、それじゃ、やっぱり六人です。廊下にいたときは、ぼくもきみたちの仲間だったのですから」
いかにもそのときは、明智は、まだ本名を名のらないで、記者のような顔をしていたのでした。
「ああ、そうだ、それじゃあ六人ですね」
「かぞえてみてください。たしかにきみたちは六人ですか」
記者たちは、てんでに仲間の人数をかぞえました。
「おや、へんだな。やっぱり七人いますぜ」
それを聞きますと、明智はなぜかにこにこと笑いました。
「そうでしょう。ぼくも、さいぜんからへんだと思っていたのです」
なにげなく、そんなことをつぶやきながら、七人の顔に、つぎつぎ懐中電灯の光をあてていきましたが、やがて、最後の七人めにきたとき、懐中電灯のまるい光が、ピッタリ止まったまま動かなくなりました。
「諸君、この人は何新聞社の人です? 見おぼえがありますか」
そこにはまるい光の中に、まるで映画の大写しでも見るように、ひとりの若い新聞記者の姿がうきあがっていました。
黒々とした髪を、きれいに分けて、ロイドめがねをかけ、鼻の下にチョビひげをはやしています。
「はてな、きみはどこの社の人だっけ。どうも見おぼえがありませんね」
二、三人が同じ意味のことをつぶやきました。
「ハハハ……、見おぼえがないはずですよ。こいつは、きみたちの仲間じゃないのです。
……ごらんなさい。
じつにすばやく変装したじゃありませんか。
言うかと思うと、明智の手がパッと相手の頭にのびました。
そして、かつらをむしりとり、めがねをはね落とし、つけひげをひきちぎってしまいました。
その中からあらわれたのは、なんと殿村の素顔だったではありませんか。
さすがの悪人も、とうとう観念したのか、今にも泣きだしそうな渋面をつくって、ものをいう元気もなく目をふせています。
「逃げ道がなくなったものだから、こんなところにまぎれこんでいたんだね。
あわよくば、記者諸君といっしょに、何食わぬ顔でこの部屋を出る気だったのだろう。
ハハハ……、さすがの悪人も、よくよくこまったとみえるね。
中村さん、こいつをとらえてください。」
いわれるまでもなく、中村係長は、もう殿村の肩に手をかけていました。
そして、ドアの外の刑事を呼びこみ、なんなく後ろ手にしばらせました。
こうして、怪物蛭田博士は、ついに明智探偵にうち負かされ、あわれなとらわれ人となってしまったのでした。

魔法の上着

四人の老練な刑事が、蛭田博士と称する怪青年のなわじりをとって、赤れんがの家の玄関を立ちいでました。
悪人はしおしおとうなだれて、抵抗する元気など、どこにもなさそうです。

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