初級翻訳・妖怪博士 第33話

妖怪博士

ああ、そうそう、夕方あなたから、何か重大な相談があるからって、お電話がありましたね。
しかし、すぐそのあとから、あなたご自身で、もう来るにはおよばないって、またお電話があったものですから、わたしはほかの用件で外出したのですよ。」
「エッ、わたしが二度お電話しましたって?」
「そうですよ。
おわすれになったのですか。」
「それはへんです。
わたしは一度お電話したばかりです。
いや、そんなことよりも、あなたは、ちゃんとああして、わたしの宅へおいでくださったじゃありませんか。
そして、このわたしに変装なすって、例の掛け軸を……。」
「もしもし、どうもぼくにはふにおちないことばかりです。
これには何かしさいがあるのかもしれません。
いったい何があったのですか。
お子さんがどうかなすったのですか。」
 小泉さんはそれを聞くと、なんともいえぬおどろきのために、まっさおになってしまいました。
「それじゃあ、あなたは、わたしの宅へは、一度もいらっしゃらなかったというのですか。」
「そうです。
一度もうかがっていません。
ところがあなたのほうでは、わたしがおうかがいしたとおっしゃるのですね。
おかしいですね……。
もしや、これは例の二十面相に関係のあることではありませんか。」
「そうです。
二十面相が、子どもを監禁したのです。
しかし、その子どもは今、別状なく帰宅しましたがね。
それにしても、どうもふにおちぬことがあるのですが。」
 二十面相と聞きますと、電話口の明智さんの声のちょうしが、にわかにかわりました。
「待ってください。
こんなことを電話でお話しするのもなんですから、おそくてもおかまいなければ、わたし、今からおじゃましたいと思いますが。」
「そうですか。
そうしてくだされば、わたしのほうもたいへんありがたいのですが。
ではお待ちしますから、すぐいらしってください。」
 受話器をおいて、小泉さんはキツネにでもつままれたような顔で、イスにかけたまま、しばらくは身動きもしないでぼんやりしてしまいました。
それから三十分ほどあと、つまり深夜の一時半ごろのことなのですが、小泉さんの応接室には電灯があかあかとついて、そその丸テーブルのまわりには、いま自動車でかけつけたばかりの明智探偵と助手の小林少年、主人である小泉さんと信雄くんの四人が、ひたいをあわせるようにして、ねっしんに話しあっていました。
「いったいこれはどうしたことでしょう。
わたしには何がなんだかさっぱりわけがわかりませんよ。
あなたのお話をうかがってみると、さいぜんの明智さんは、にせ者だったとしか考えられません。
それにしても、今こうしてお話しているあなたと、まったくそっくりの人物でしたよ。
ああまでよく似た替え玉があるものでしょうかね。」」
 小泉さんは、明智探偵の言うことが信じられないような顔をしました。
「そのにせ物の明智さんが、こんどはあなたに変装したっていうのかい? その変装は、どんなふうだったのかな?」
 明智さんがたずねると、小泉さんはびっくりしたような顔をしました。
「おお、そういえば、本当に信じられないくらいすごかったんだ。
その男は、たった十分か二十分のあいだに、今度はわたしとそっくりの姿に化けてしまったんだよ。
あいつはまるで化けものだ。
自分の顔や形を自由自在に変えられる怪物だよ」
「そのとおりさ。
この東京にたったひとり、そんなふうなどこか不気味な芸のできる男がいるんだ。
たしかにあいつは、二十ものまったく違う顔を持っている怪物なのさ」
「えっ、なんだって!? じゃあ、あいつが……!」
小泉さんは、ギョッとしたように顔色を真っ青にしてさけびました。
「そうさ。
二十面相というやつは、そういう大胆不敵なことをして面白がっているんだ。
あんなに上手に変装できるやつなんて、ほかにいるわけがない。
もちろん、あいつ自身がぼくに化けて、きみのおうちにやってきたのさ。
あいつは、きみがぼくに電話をかけたのを知って、そのすぐあとからきみの声をまねして、ぼくのところに『やっぱり来なくていいです』って取り消しの電話をかけたんだ。
そうしておいて、今度はぼくのニセモノになって、ここへやってきたというわけさ」
 これを読んでいるみんなも、明智さんのこの説明を聞いて、「あっ!」と思い当たることがあるよね。
夕方、あやしいおじいさんに化けた二十面相が、小泉さんの電話をかくれて聞いて、そのまま近くの公衆電話へ走っていったのは、まさにそういうわけだったんだ。
「しかし、どうもおかしいな。
ニセモノだとしても、あの男はわたしに親切にしてくれて、雪舟(せっしゅう)の名画をドロボウにわたさなくてすむように工夫してくれたんだよ。
ニセモノの掛け軸を持って、二十面相に会いに出かけていったんだ。
二十面相が、二十面相じしんをだますなんて、いったいどういうことなんだろう?」
 小泉さんは、やっぱりどうしても納得がいかない様子です。
「お気の毒だけど、だまされたのは二十面相ではなくて、きみの方だったんだよ」
明智さんは、まるで最初からすべてを知っていたかのように答えました。
「えっ、わたしがだまされたって……どういうことかね?」
「本物の雪舟の掛け軸は、いま、どこにしまってあるのかな?」
「蔵の中さ。
蔵の中に大きな金庫があって、その中にしっかりと鍵をかけてしまってあるんだよ」
「それじゃあ、その金庫をちょっと調べてくれませんか?
おそらく、雪舟の掛け軸は、もうそこにはないと思いますよ」
「えっ、なんだって!? きみは、どうしてそんなことが……」
「まあ、あれこれ言うよりも、早く金庫の中を確かめてごらんなさい」
明智さんのあまりにも自信たっぷりな言葉に、小泉さんはすっかり青くなってしまい、「それじゃあ、ちょっと失礼するよ」と言い残すと、あわてて応接室から飛び出していきました。
それもそのはず、その掛け軸は国宝にも指定されている、ものすごいお宝なのですから。
そして、しばらくすると、ドアのところに、すっかりガッカリして肩を落とした小泉さんの姿があらわれました。
「明智さん、君の言うとおりだったよ……。
わたしはまんまと一杯食わされたんだ。
あいつの手品にすっかり引っかかってしまった。
ドロボウを信用させるために、ニセモノを本物の箱に入れ替えて持っていったんだけれど、あの入れ替えをするとき、あいつはきっとすっごい手品を使ったんだにちがいない。
いま見てきたら、金庫の中のあの箱には、あいつが持っていっていったはずの、ニセモノのほうがしっかり入っていたんだよ。
ああ、こんなことになると分かっていたら、もっと用心していたのに……もう取り返しのつかないことになってしまった……!」
小泉さんはそう言いながら、ぐったりとイスに体を預け、腕を組んだままうなだれてしまいました。

もの言う鎧

 小泉さんはショックのあまり、しばらくはしゃべる元気もない様子でだまりこんでいましたが、やがて顔をあげると、困り果てたように言いました。
「明智さん、あいつはたしかに約束は守ってくれたんだ。
掛け軸を盗んでいったかわりに、信雄(のぶお)をちゃーんと無事に返してくれた。

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