初級翻訳・妖怪博士 第37話

妖怪博士

「いいや、ひとりも来てねえだよ。鍾乳洞はこのごろさびしがっているだ。おめえさん方、学校の遠足かね。子どもばっかりで、こんな山の中へよくやってきただな、道でモモンガに出っくわさなかっただか。」
「ハハハ……、モモンガってなんですか? 山のおばけですか? そんなもの、ぼくたちの勢いにビビって、むこうから逃げていきますよ。ぼくたちは少年探検隊なんですからね!」
お茶目な桂くんが肩をいからせていばってみせると、おじいさんも声をあげて笑いました。
「おじいさん、こんなところに、お菓子かなんかならべておいて、買う人なんてあるんですか?」
大野敏夫くんが遠慮なくたずねると、おじいさんは開け放された山小屋の中を指さしながら答えました。
「ハハハ……、あんなもんで商売になりゃしねえよ。あれを見な。ほらあすこに鉄砲がかかっているだろ。あれがおらの本職だ。おらは猟師だよ。」
「ああ、猟師なんだ! 何をとるんですか? クマですか? イノシシですか?」
「ハハハ……、そんなものはもっと奥へ行かなきゃ、このへんにはいねえよ。だが、今年の正月にゃ、この奥山ででっけえクマを一ぴきしとめたぞ。おめえたちに見せてやりたかったなあ!」
「ヘェー、本当ですか! おじいさんは名人なんだね。」
「ウン、もう四十年前から猟師をやっているからな……。おめえ方、お弁当は持ってるだか? ウン、それなら穴に入るまえに腹をこしらえておくがいい。穴の中はずいぶん深えから、お弁当がすんだらおらが案内してやるだ。」
「じゃあ、おじいさんは鍾乳洞の案内人もやっているんですか?」
「ウン、春と秋にゃ、それがおらの内職なのさ。」
「でも、ぼくたちは大丈夫ですよ! 鍾乳洞の中のことは本で読んで調べてきましたし、それに、ぼくたちは色々な探検の道具を用意してきたんです。百メートル以上もあるひもの玉も三つも持っているんです。それを入り口の岩にくくりつけて、ひもを伸ばしながら入っていけば、道に迷うことはありませんからね。そのほかに懐中電灯を三つ持っていますし、方位磁石だとかナイフだとか、すっかりそろっているんです。ぼくたちは探検隊ですから、案内人なんかいたら、かえって面白くないんですよ!」
小林くんが説明すると、おじいさんもうなずいて、
「そんなに言うなら案内はしめえ。穴の中はわき道がいくつもあって、はじめてのやつはおっかながるが、なあに、グルグル回っているうちにまた入り口へもどってくるよ。それに、そんな長えひもを持ってるなら大じょうぶだ。まあ、腹でもこしらえて、ゆっくり見物してくるがええだ。」
と、頼もしそうに元気な少年たちを見つめていましたが、一同がそのへんの岩の上に腰を下ろしてリュックサックの中から竹の包みを取り出し、みんなで約束した日の丸弁当をパクつき始めると、おじいさんはなおも冗談を言いながら、山小屋の中へと姿を消していきました。

暗闇の迷路

少年たちは小鳥の声を聞きながら大きなおにぎりをついにはたき、水筒の水をゴクゴクと飲んでお昼ご飯をすませると、ある者はリュックサックの中から道しるべのひもの玉を、ある者は懐中電灯を取り出し、めいめいに出発の用意をして、いよいよ鍾乳洞の入り口へと近づきました。
大きな山のふもとに、まるで削り取ったような恐ろしい岩がむき出しになっていて、その岩の一部に、まるで怪物が口をあけているかのように、まっ黒な穴がポッカリと口をあけています。
それが洞窟の入り口なのです。
「さあ、いよいよぼくたちは洞穴の迷路の中へ入るんだぜ。道しるべのひもの係りは、篠崎くんだよ。このへんでいいや。」ここへひものはしをしっかりむすびつけてくれたまえ。
そして、どんなことがあっても、ひもの玉をはなしちゃだめだよ。
それをはなしたら、ぼくたちはたちまち、まい子になってしまうんだからね。
いいかい。
小林団長のさしずにしたがって篠崎始君は手にしていた大きな荷作りひもの玉のはしを、とがった岩の先にしっかりむすびつけました。
「懐中電灯は、まず羽柴君のを使うことにしよう。
三つともいっぺんに使って、電池がきれてしまってはたいへんだからね。
さあ、羽柴君それをつけて、ぼくといっしょに先に立って歩くんだよ。」
団長といっしょに先頭に立つことをおおせつかった壮二君は、すっかり勇みたって、懐中電灯をふりてらしながら、もう洞穴の中へおどりこんでいきました。
つづいて小林団長、それから小泉信雄君、相川泰二君と、十人の団員は一列縦隊を作って、ぞろぞろと穴の中へはいっていきます。
しんがりは、ひもの玉をかかえた篠崎君、その横には親友の相撲選手の桂正一君が、護衛役のようによりそっています。
洞くつの入り口をはいって五、六歩行きますと、道がひじょうにせまくなって、四つんばいにならなければ進めないほどです。
しかし、そのせまい道を十メートルも行けば、広い場所に出るということを、本で読んでいたものですから、みんな、ひどくぶきみなのをがまんして、ゴソゴソと、つめたい岩はだにさわりながら、はっていきました。
そうしてしばらく行きますと、案のじょう、とつぜん、左右の岩はだがなくなってしまったかと思われるほど、広い場所に出ました。
岩の天井がどのへんにあるのか、高さも知れないくらいです。
「篠崎君、ひもは大じょうぶかい。」
「ウン、大じょうぶだよ。」
その声が、まるで深い井戸の中へものをいっているように、ガーンとひびいて、かすかなこだまがかえってきました。
「すごいねえ、羽柴君、向こうのほうを照らしてごらん。」
すると、広い広いやみの中を、探照灯を小さくしたような光の線が、スーッと走って、ゴツゴツしたどす黒い岩はだを、つぎつぎと照らしていきます。
その光で目測してみますと、そこは二十メートル四ほうもあるような、天井の高い、広い空洞です。
「ここから、いくつも道が分かれているらしいのだよ。
どの道をえらぶか、ともかく、壁を伝って一まわりしてみようじゃないか。」
先頭の小林君は、そう言いながら、羽柴君の懐中電灯をたよりに、そろそろと右のほうへ歩きはじめました。
「アッ、ここに小さな穴がある。
これが第一の枝道だよ。」
「おやッ、なんだか水の流れているような音がするじゃないか。」
「ウン、この鍾乳洞の中には、小さな地底の川が流れているんだって。
この枝道を行くと、きっと、そこへ出るんだよ。」
「アッ、見たまえ、鍾乳石だ。
あの天井から白い氷柱みたいなものが、たくさんさがっている。」
羽柴君の電灯が、洞穴の天井のいっぽうのすみを、まるく照らしだしていました。
その光の中に、大きな、うす白い石の氷柱が、巨人の牙のように、ものすごくたれさがっているのです。
「下をごらん。
あの下にきっと石筍があるから。
ああ、ある、ある。
まるで白いお化け茸みたいだねえ。」
それらのふしぎな景色を見ていますと、みんなは、なんだか童話の魔法の国へでもまよいこんだような、へんな気持ちにならないではいられませんでした。

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