初級翻訳・宇宙の迷子 第5話

宇宙の迷子

それでも地球からは、かすかながらも無線電話がカモシカ号のアンテナに届きました。
しかしそれは、とくに大切な連絡をするためだけのもので、一日のうちにたったの五分間、それを一日三回だけでした。
それでも、そのたった五分間の無線電話のおかげで、カモシカ号の冒険が日本(内地)でとっても人気者になっていることが分かり、二人は嬉しくなりました。
また、金星を探検するマロン博士たちの乗ったロケットが、道に迷って大きく遠まわりをしてしまったため、いまだに金星に到着できず、金星のあとを追いかけながら太陽のまわりをぐるぐる回っているというニュースもありました。
この調子ではもう地球へも戻れず、博士たちは宇宙で遭難して白骨になってしまうのではないかと心配されている――という、いやなニュースも伝わってきました。
このカモシカ号が、マロン博士たちみたいな運命になってしまったら大変です。
二人の少年は、退屈な気分をふりおそって、一生懸命に宇宙艇のエンジンの調子を調べたり、ほかのいろんな装置を点検したりして、故障が起きないようにとがんばりました。
宇宙艇は「気密室(きみつしつ)」になっていました。
気密室というのは、空気が一歩ももれないお部屋のことです。
もしこの気密がダメになって、宇宙艇の中の空気が外へもれはじめると、二人の少年は息ができなくなって死んでしまいます。
だから、宇宙艇がちゃんと空気を閉じ込められているかどうかを、念入りに調べる必要があったのです。いよいよ地球から遠く離れて月に近づいた結果、重力がぐっと減りました。
すると、体が軽くなるし、鉛筆などをほうり投げても、いつまでも上でふわふわしていて、なかなか下へ落ちてこないというわけで、まるで魔法使いになったようで面白いのです。
だが、机の上においた本がいつの間間にやら宙に浮いていたり、食べようと思ってパイナップルの缶詰をあけると、たちまち中から輪切りになったパイナップルや汁がとびだしてきて、宙を逃げ回るなんてこともあって、なかなか手こずります。
本や缶詰ならまだいいのですが、エンジンの調子が狂ったり、燃料が下から竜巻みたいになって操縦席までのぼってきたり、どの部屋もごちゃまぜの油だらけになってしまいます。
これでは困るので、人工重力装置を働かせて、この艇内のしっぽの方に向けて、万有引力と同じくらいの人工重力が物を引っ張るようにします。
この人工重力装置が働いている間は、机の上の本も机の上から逃げ出さないし、輪切りのパイナップルも、ふたのない缶の中におとなしくおさまっているのです。
急行列車で地上を走ったり、飛行機で太平洋横断の旅行をするのとはちがい、宇宙旅行をするにはこのように勝手のちがうことがいくつもあって、大変やっかいですが、そこがまた、大変面白いところでもあるのです。
宇宙の墓場だ

「おいポコちゃん。
いよいよ来たぞ、宇宙の墓場へ。
このへんは、もう宇宙の墓場なんだぜ」
 山ノ井は、となりの席でもう三時間もぐうぐう眠りつづけている川上を起こしました。
「うううーん。
ああ、眠い眠い。
なんだ、もう食事の時間か」
「あきれた坊やだね。
宇宙の墓場だよ」
「シチューが袴をはいたって。
そいつは食べられないや、口の中でごわごわして……。
ああ、ああっ。
腹がへった」
 ポコちゃんは目がさめると、おなかがすいたとさわぎだすくせがあったのです。
山ノ井の千ちゃんは、あきれてしまって、途中からもうだまっていることにして、しきりに暗視テレビジョンの調子を変えながら、艇外へ鋭い注意力をあつめています。
ああ、宇宙の墓場。
そこは重力平衡圏というのが、本当の名前でしょう。
つまり地球からの引力と月からの引力がちょうどつりあっていて、引力がまったくないように感じられる場所なのです。
そこは、もちろん地球と月の中間にあります。
そこから月までの距離を「一」とすると、そこから地球までの距離は「九」くらいになります。
だから月に大変近いのです。
この重力平衡圏は、地球と月との間に、かべのように立っています。
しかしそれは平らなかべではなく、曲がっています。
そこへ流れこんだ物は宙ぶらりんになってしまって、地球の方へも落ちなければ、月の方へも落ちません。
そしていつまでも宙ぶらりんの状態がつづくのです。
だから宇宙の墓場といわれるのでした。
それに、大昔からこの重力平衡圏へ流れこんで、宙ぶらりんになっている物が少なくないのです。
だからいよいよそれは宇宙の墓場らしく見えてくるのであった。
山ノ井は、どんなものが宙ぶらりんになっているかと、目をさらのようにしてテレビの画面をのぞきこみました。
すると、一つだけ、見えたのです。
「なんだろう、あそこにある細長いものは……。
いん石にしては長すぎるし、それにいやに形がきれいだし、へんだなあ」
 山ノ井がひとりごとを言ったのを、川上のポコちゃんが聞きつけて、なんだ、なんだとそばへよってきました。
「へえっ、とうとう宇宙の墓場へやってきたのかい。
それは大変だ」
 ポコちゃんは、小さい目を鉛筆のおしりのように丸くしておどろきました。
「えッ。
そして何が見えるって。
何が見えているんだろうと、いうのかい。
きまっているよ、それはゆうれいだよ」
「なに、ゆうれい?」
「そうさ、ゆうれいにちがいないよ。
だって墓場から出てくるのはゆうれいにきまっているじゃないか」
「あんなことを言っているよ。
あんなゆうれいがあるものか。
よく見てごらんよ」
 千ちゃんに言われて、ポコちゃんがよく見ると、なるほどゆうれいにしてはどうも形がへんです。
だいぶん近づいたのでよく見えるようになったのですが、胴のところに四角な窓があります。
ポコちゃんは首をひねりました。
「なるほど、四角な窓がついているゆうれいなんて、へんだね。
……ああっ、そうか。
おい千ちゃん、大変だよ。
あれはだれかの宇宙艇だよ。
遭難したらしいね。
早く助けてやらなくては……」
 本当でした。
それは宇宙旅行中に遭難した宇宙艇にちがいなかったのです。
近づくにしたがって、その宇宙艇の胴にかいてある「新コロンブス号――アルゼンチン」という艇の名前が読みとれました。
「ああ、新コロンブス号じゃないか。今から三年前にアルゼンチンの探険家ロゴス氏が乗ってとびだした新コロンブス号じゃないか」
「ああ、そうか。
ふうん、すると三年前から、あのとおりお墓になってしまったんだよ。
乗組員はどうしたろう。
千ちゃん、すこしスピードをゆるめて、そばへいってやろうじゃないか」
「うん、そうしよう。
しかしちょっと危険だぞ。
うっかりするとこっちも墓場の仲間入りをするおそれがある」
 カモシカ号は、いくらか速度をゆるめ、新コロンブス号の方へ近づいていった。
すると、望遠テレビで、しきりに焦点を新コロンブス号に合わせていた川上が、「あっ」とさけんで、あおくなった。
「どうした、ポコちゃん」
「た、たいへんだ。
新コロンブス号はがい骨に占領されているよ。
あの窓をよく見てごらんよ。
どの窓にも、がい骨がすずなりになって、こっちを見ているよ」
「えっ、そうか。

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