初級翻訳・少年探偵団 第7話

少年探偵団

 さて小林君が、緑ちゃんくらいの背格好のかわいらしい男の子を連れて、篠崎家へやってきたのは、もう日の暮れがたの頃でした。
 すぐさま奥まった一間を締めきって、緑ちゃんの変装がおこなわれました。
 かわいらしいイートンスーツを着て、おかっぱの髪の毛は大きな帽子の中へかくして、たちまち勇ましい男の子ができあがりました。
 まだ五つの緑ちゃんは、何もわけがわからないものですから、生まれてから一度も着たことのないイートンスーツを着て、大喜びです。
 すっかり支度ができますと、緑ちゃんには品川のおばさんのところへ行くんだからと、よく言い聞かせたうえ、小林君は篠崎君のお父さまからおばさんにあてた依頼状を大切にポケットに入れ、緑ちゃんの手を引いて、わざと人目にふれるように門の外へ出ていきました。
 門の外には、もうちゃんと自動車が待っています。
 小林君は緑ちゃんをだいて、秘書の今井君が開けてくれたドアの中へ入り、客席に腰かけました。
 つづいて今井君も助手席につき、車はエンジンの音もしずかに出発しました。
 もう外は、ほとんど暗くなっていました。
 道ゆく人もおぼろげです。
自動車はしばらく電車道を通っていましたが、やがてさびしい横町に折れ、ひじょうな速力で走っています。
 見ていると、両がわの人家がだんだんまばらになり、ひどくさびしい場所へさしかかりました。
「運転手さん、方向がちがいやしないかい」
 小林君は妙に思って声をかけました。
しかし運転手はまるでつんぼのように、なんの返事もしないのです。
「おい、運転手さん、聞こえないのか」
 小林君は思わず大声でどなりつけて、運転手の肩をたたきました。
すると、
「よく聞こえています」
という返事といっしょに、運転手と今井君とがヒョイとうしろをふりむきました。
 ああ、その顔! 運転手も今井君も、まるで煙突の中からはいだしたように、まっ黒な顔をしていたではありませんか。
 そしてふたりは申しあわせたように、同時にまっ白な歯をむきだして、あのゾッと総毛立つような笑いで、ケラケラケラと笑いました。
 読者諸君、それはふたりのインド人だったのです。
 しかし運転手はともかくとして、今井君までが、ついさきほど自動車のドアを開けてくれた今井君までが、いつの間にか黒い魔物にかわってしまったのです。
 まったく不可能なことです。
 これも、あのインド人だけが知っている摩訶不思議の妖術なのでしょうか。

銀色のメダル

 小林君はまるでキツネにつまったような気持ちでした。
 さいぜん、篠崎家の門前で自動車に乗るときには、秘書も運転手もたしかに白い日本人の顔でした。
 いくらなんでも、運転手がインド人とわかれば、小林君がそんな車に乗りこむわけがありません。
 それが、十分も走るか走らないうちに、今まで日本人であったふたりがとつぜん、まるで早変わりでもしたように、まっ黒なインド人に化けてしまったのです。
 これはいったい、どうしたというのでしょう。
 インドには世界の謎といわれる不思議な魔術があるそうですが、これもその魔術の一種なのでしょうか。
 しかし今は、そんなことを考えているばあいではありません。
 緑ちゃんを守らなければならないのです。
 どうかして自動車にとびだし、敵の手からのがれなければなりません。
 小林君はやにわに緑ちゃんを小わきにかかえると、ドアをひらいて走っている自動車からとびおりようと身がまえました。
「ヒヒヒ……、だめ、だめ、逃げるとうちころすよ」
 黒い運転手が、片言のようなあやしげな日本語でどなったかと思うと、ふたりのインド人の手がニューッとうしろにのびて、二丁のピストルの筒口が小林君と緑ちゃんの胸をねらいました。
「ちくしょう!」
 小林君は歯ぎしりをしてくやしがりました。
 自分ひとりならどうにでもして逃げるのですが、緑ちゃんにけがをさせまいとすれば、残念ながら相手のいうままになるほかはありません。
 小林君がひるむ様子を見ると、インド人は車をとめて、助手席にいたほうが運転台をおり、客席のドアを開いて、まず緑ちゃんを、つぎに小林君を細引きでうしろ手にしばりあげ、そのうえ用意の手ぬぐいで、ふたりの口にさるぐつわをかませてしまいました。
 その仕事の間じゅう、席に残った運転手はじっとピストルをさしむけていたのですから、抵抗することなど思いもおよびません。しかし、ふたりのインド人はそれを少しも気づいていませんでしたが、小林君は相手のなすがままにされながらも、ちょっとしたすきを狙って、奇妙なことを実行しました。
それは、今井君に化けたインド人が緑ちゃんを縛っているときのことでした。小林君はすばやく右手をポケットに突っ込むと、何かキラキラと光る銀貨のようなものをひとつかみ取り出し、相手にさとられないようそっと、車の後ろのバンパーの付け根の隅に置いたのです。
インド人に見つからないよう、ずっと端のほうへと置きました。
一見すると百円銀貨のようですが、もちろん銀貨ではありません。
何か銀色をした鉛製のメダルのようなものです。
数は全部でおよそ三十枚もあったでしょうか。
インド人はさいわいそれには少しも気づかず、ふたりにさるぐつわをはめると、ドアを閉めてもとの運転席に戻りました。
そして、車はまたもや、人家も見えないさびしい広っぱを、どこともなく走り出したのです。
すると、疾走する自動車の後ろの、幅の狭いバンパーの付け根の上で、不思議なことが起こりました。
先ほど小林君が置いた百円銀貨のようなものが、車の揺れにつれてジリジリと動き出し、端の方から一つずつ、地面に振り落とされていくのです。
そして、三十個ほどのメダルがすっかり落ちてしまうまでに七、八分もかかりましたが、自動車はそのメダルがなくなって間もなく、とあるさびしい町にピタリと停車しました。
あとでわかったことですが、それは同じ世田谷区内の、篠崎君のおうちとは反対の端にある、まだ人家の建ちそろっていないさびしい住宅地でした。
車が止まると、小林君と緑ちゃんはふたりのインド人によって有無を言わせず客席から引き出され、そこに建っていた一軒の小さな洋館の中へと連れ込まれたのです。
ところが、その洋館の門に入るとき、小林君はまたしても奇妙なことをしました。
小林君はそのときまで、後ろに縛られた右手をギュッと握りしめていましたが、それをインド人たちに気づかれぬよう歩きながら少しずつ開いていったのです。
すると、小林君の右手の中から例の銀色のメダルが一枚ずつ、やわらかい地面の上へ音もたてずに落ち始め、自動車の止まったところから門の内側に至るまで、都合五枚のメダルが二メートルほどずつ間をあけて地面にばらまかれました。
読者諸君、この銀貨のようなメダルは一体何でしょうか。
小林君はどうしてそんなたくさんのメダルを持っていたのでしょうか。
また、それをいろいろなしかたで自動車の通った道路や洋館の門前にまきちらしたのには、どういう意味があったのでしょうか。
そのわけをひとつ想像してごらんください。

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