初級翻訳・山椒大夫 第5話

山椒大夫

ところどころ紫色の岩がむき出しになっている場所を通り過ぎて、やや広い平地に出ると、そこに雑木が生い茂っています。
厨子王は雑木林の中にぽつんと立ち尽くし、あたりをきょろきょろと見回しました。
しかし、柴をいったいどうやって刈ったらよいものか、しばらくはどう手をつけていいかも分からず、朝日に霜が解けかかる、まるで座布団のような落ち葉の上にぼんやりと座り込んで、ただ時間だけが過ぎていきました。
ようやく気を取り直して、一枝二枝と刈っているうちに、厨子王は指を傷つけてしまいました。
そこでまた落ち葉の上に座り込み、「山ですらこんなに寒いのだから、浜辺に行った姉さまは、さぞや冷たい潮風が身にしみることだろう」と、一人ぽろぽろと涙をこぼしました。
日がかなり高く昇ったころ、柴を背負って麓へ降りていくほかの樵(きこり)が通りかかり、「お前も大夫のところの奴隷か、柴は一日に何荷刈る決まりなんだ?」と尋ねました。
「一日に三荷刈るはずですが、まだ少しも刈れていません」と、厨子王は正直に答えました。
「一日に三荷の柴なら、お昼までに二荷は刈っておくんだな。
柴というのはこうやって刈るものさ」
樵は自分の背負っていた荷物をその場におろすと、あっという間に一荷分の柴を刈ってくれました。
厨子王は勇気を出して、なんとかお昼までに一荷を刈り、お昼からもまた一荷を刈りました。
一方、浜辺へと向かう姉の安寿は、川の岸辺を北へと歩いていきました。
そして、ようやく汐を汲む場所にたどり着いたものの、これまた海水などどうやって汲んだらいいのか分かりません。
心の中で自分を奮い立たせ、やっとの思いで杓子を波間に沈めたその瞬間、荒波がざぶんとやってきて、杓子をあっという間にさらっていってしまいました。隣で潮を汲んでいた女の子が、手際よく杓子を拾い上げて戻してくれました。
そして、こう教えてくれたのです。
「潮というのは、そんなふうには汲めないものだよ。
どれ、汲み方を教えてあげるね。
右手で杓子を持ってこうやってすくい、左手の桶でこうやって受けるんだよ」
女の子は、あっという間に一荷分の潮を汲んでくれました。
「ありがとうございます。
あなたのおかげで、汲み方が分かったような気がします。
今度は自分で少し汲んでみますね」
安寿はこうして、潮の汲み方を覚えたのでした。
隣で汲んでいた女の子は、素直で無邪気な安寿のことがすっかり気に入りました。
二人はお昼ご飯を食べながら、お互いの身の上を話し合い、まるで本当の姉妹のように仲良くしようと誓い合ったのです。
この女の子は「伊勢の小萩(おはぎ)」といって、二見が浦(ふたみがうら)から買われてきた子でした。
最初の日はこんなふうにして、姉が言いつけられた三荷の潮も、弟が言いつけられた三荷の柴も、ほかの人たちに少しずつ助けてもらいながら、日が暮れるまでに無事にやり遂げることができたのです。

――――――――――――

 姉は潮を汲み、弟は柴を刈り、一日一日と月日が過ぎていきました。
姉は浜辺で弟のことを思い、弟は山の中で姉のことを思い、一日の暮れを待ちわびて小屋に帰ると、二人は手を取り合って「筑紫にいるお父さまが恋しい」「佐渡にいるお母さまが恋しい」と、言っては泣き、泣いてはまた言いました。
そうこうするうちに十日が経ち、新参小屋を出なくてはならない時期がやってきました。
新参小屋を出ると、男の奴隷は奴隷の組へ、女の奴隷は奴隷の組へと、それぞれのグループに入れられてしまいます。
二人は「死んでも離ればなれになりたくない」と言いました。
そこで奴頭(やつがしら)が大夫のところへ行って訴えました。
しかし大夫は冷たく言いました。
「馬鹿げた話だ。
男は男の組へ引きずっていけ。
女は女の組へ引きずっていけ」
奴頭が「かしこまりました」と立ち上がろうとしたとき、次男の二郎(じろう)が傍らから呼び止めました。
そして父にこう言ったのです。
「お父さまのおっしゃる通りに、子どもたちを引き離してもよろしいのでしょうが、子どもたちは『死んでも別れたくない』と申しているそうです。
幼い子どもたちゆえ、本当にショックで死んでしまうかもしれません。
刈る柴はわずかですし、汲む潮もほんの少しのことです。
わざわざ無理をして人手を減らしてしまうのは損というものです。
ここは私にいいようり計らわせてくだされば」
「それもそうだな。
損になることはわしも嫌いじゃ。
どうにでも勝手にするがいい」
大夫はそう言って、横を向いてしまいました。
そこで二郎は三の木戸のそばに小さな小屋を作らせ、姉と弟を一緒の場所で暮らせるようにしてやったのです。
ある日の夕暮れ時、二人の子どもはいつものように父母の思い出を語り合っていました。
そこへ二郎が通りかかってその話を聞いたのです。
二郎は屋敷の見回りを担当しており、強い奴隷が弱い奴隷をいじめていないか、喧嘩や盗みをしていないかを取り締まっていました。
二郎は小屋に入ると、二人にこう言いました。
「お前たちが父母を恋しく思う気持ちは分かるが、佐渡はあまりにも遠い。
筑紫はそれよりももっと遠い場所だ。
子どもだけで行けるようなところではない。
どうしても父母に逢いたいなら、大人になる日までじっと待つことだ」
二郎はそう言い残して出て行きました。
それからしばらく経ったある日の夕暮れ時、二人の子どもはまた父母のことを話し合っていました。
今度は三郎(さぶろう)が通りかかってそれを聞いたのです。
三郎は眠っている鳥を捕まえるのが好きで、手には弓矢を持ちながら屋敷の木立ちを見て回っていたのでした。
二人は父母の話題になるたびに、「どうしたらいいだろう」「こうすれば行けるかな」と、会いたさのあまりにありとあらゆる方法を話し合い、まるで夢のような相談をしていました。
その日、姉の安寿はこう言っていました。
「大人になってからでなくては遠い旅ができないなんて、それは当たり前のことよ。
でも、わたしたちはその『できないこと』がどうしてもしたいの。
だけどね、よくよく考えてみると、どうしても二人一緒にここを逃げ出すわけにはいかないわ。
わたしのことは気にしないで、お前一人で逃げるのよ。
そして、まず先に筑紫の方へ行って、お父さまにお目にかかって、これからどうしたらいいか相談しなさい。
それから佐渡へお母さまを迎えに行くのよ」
三郎が聞き耳を立てていたのは、あいにくこの安寿の言葉でした。
三郎は弓矢を持ったまま、ずけずけと小屋の中に入ってきました。
「こら!
お前たちはここから逃げ出す相談をしているな。
逃げようと企てた者には、見せしめに焼きごてを押すのがこの屋敷の掟だ。
真っ赤に燃えた鉄は熱いぞ!」
二人の子どもの顔は、恐怖で真っ青になりました。
安寿は三郎の前に進み出て、必死に言いました。
「いまのは冗談でございます!
弟が一人で逃げたって、いったいどこまで行けるというのでしょう。
あまりにも親御様に逢いたくて、ついあんなことを口走ってしまったのです。
こないだも、弟と一緒に『鳥になって空を飛んでいけたらね』なんて話したこともございます。

コメント

タイトルとURLをコピーしました