初級翻訳・山椒大夫 第10話

山椒大夫

山城の朱雀野(すざくの)まで来ると、律師は権現堂(ごんげんどう)でちょっと休み、厨子王に別れを告げました。
「お前の身を守ってくださるご本尊を大事にして行け。
お父上やお母上の消息も、きっと分かるはずだ」
そう言い聞かせると、律師はクルリと踵を返して帰っていきました。
亡くなった姉が言っていたことと同じような優しいことを言うお坊さんだなあ、と厨子王は心の中で思いました。
都に上った厨子王は、頭を丸めてお坊さんの格好をしていたので、東山の清水寺(きよみずでら)に泊まりました。
お堂に泊まって、翌日の朝に目を覚ますと、立派な直衣(のうし)を着て烏帽子(えぼし)をかぶり、指貫(さしぬき:袴の一種)をはいたおじいさんが、枕もとに立ってこう言いました。
「お前は一体、誰の子なのだ?
もし何か大切なものを持っているなら、どうか私に見せてくれないか。
私は娘の病気が治るようにお祈りするために、昨日の夜からここにこもっておるのだ。
そうしたら、夢でお告げがあった。
『左の格子戸のところで寝ている子どもが良い守り本尊を持っている。
それをちょっと借りて拝ませてもらいなさい』というお告げじゃ。
今朝、左の格子戸のほうに来てみたら、本当にお前がいた。
どうか私に事情を話して、その守り本尊を貸してくれ。
私は関白の藤原師実(ふじわらのもろざね)というものだ」
 厨子王は言いました。
「わたくしは陸奥掾(むつのじょう)正氏(まさうじ)という者のおよそ子供でございます。
父は十二年前に筑紫の安楽寺へ行ったきり、帰ってこないということでございます。
母はその年に生まれたわたくしと、三つになる姉とを連れて、岩代の信夫郡(しのぶごおり)に住むことになりました。
そのうちわたくしが大分大きくなったので、姉とわたくしとを連れて、父を捜しに旅に出ました。
越後まで来ますと、恐ろしい人買いにつかまってしまい、母は佐渡へ、姉とわたくしとは丹後の由良へ売られました。
姉は由良で亡くなりました。
わたくしが持っている守り本尊は、このお地蔵様でございます」
そう言って、持っていた守り本尊を取り出して見せました。
師実は仏像を手に取り、まずは自分の額にピタリと当てるようにして礼をしました。
それから、仏像の表や裏を何度も何度も返し、じっくりと丁寧に見てから言いました。
「これは、かねてから噂に聞いておった、とても尊い『放光王地蔵菩薩(ほうこうおうじぞうぼさつ)』の金色の仏像じゃ。
昔、百済国(くだらのくに)から伝わったものを、高見王(たかみおう)が大切なお守りになさっていたものだ。
これを代々受け継いで持っているのだから、お前の家柄に間違いはない。
上皇様がまだ位におられた永保(えいほ)の初めの頃、国守の仕事のことで連座して、筑紫へ左遷された平正氏(たいらのまさうじ)の息子に違いありません。
もしお前がもう一度お坊さんをやめて、元の世間の人間に戻る望みがあるなら、後々にはきっと朝廷から立派な役職の沙汰もあるだろう。
まずは当分の間、わしの家の客として過ごしなさい。
さあ、わしと一緒に屋敷へ行こう」

 関白・師実の娘というのは、実は上皇様にお仕えしている養女で、本当は師実の妻の姪にあたる人でした。
この奥様は長い間病気に苦しんでおられたのですが、厨子王の守り本尊を借りてお祈りすると、まるで嘘のようにすっきりと病気が治ったのです。
師実は厨子王にお坊さんをやめさせて世間に戻し(還俗させ)、自分の手で冠をかぶらせて成人させました。
それと同時に、父親の正氏が流されていた遠い土地へ、罪を許す「赦免状(しゃめんじょう)」を持たせて、無事かどうかを確かめる使いをやりました。
しかし、この使いが現地に着いたときには、父親の正氏はすでに亡くなっていたのです。
元服して「正道(まさみち)」と名前を改めた厨子王は、我が身がやつれてしまうほど深く悲しみました。
その年の秋の役職人事(除目:じもく)で、正道は丹後の国守(こくし:地方長官)に任命されました。
これは実際に現地へ赴任しない「遙授(ようじゅ)」という官職で、任国には自分で行かずに、代理の役人(掾:じょう)を置いて国を治めさせるものでした。
しかし、新しく国守となった正道が最初に行った政治として、丹後の国じゅうで人間の売り買いを完全に禁止しました。
そのおかげで、山椒大夫の家でも奴隷たちを一人残らず解放し、みんなにちゃんと給料を払うことになりました。
大夫の家では最初はそれがものすごい大損だと思ったのですが、このときから農作業も職人の技術も以前に比べて何倍も盛んになり、一族はいよいよ豊かに栄えていきました。
国守の恩人である曇猛律師は高い位である僧都(そうず)に任ぜられ、国守の姉(安寿)の面倒を見て心をくだいてくれた小萩(こはぎ)は、故郷へと無事に帰されました。
亡くなった安寿のことはあとで手厚く供養され、また身を投げた沼のほとりには、尼寺(あみでら)が建てられることになりました。正道は、自分の領地のためにこれだけの大きな改革を行ったあとで、特別にお休み(暇)をもらい、身分を隠してひそかに佐渡島へと渡りました。
佐渡の国府がある「雑太(さわた)」という町へ行き、役人たちに頼んで島中を調べてもらったのですが、お母さまの行方はなかなか分かりませんでした。
ある日、正道はどうしたらいいものかと悩みながら、一人で宿を出て町のほうを歩いていました。
そのうち、いつの間にか家が立ち並ぶ場所を離れて、畑の中の細い道に出ました。
空はよく晴れていて、太陽の光がまぶしく照りつけています。
正道は心の中で、「どうしてお母さまの居場所が分からないのだろう。もしかしたら、役人などにまかせっきりにして、自分で一生懸命捜し歩かないから、神様や仏様が怒ってお母さまに会わせてくださらないのではないだろうか」などと考えながら歩いていました。
ふと横を見ると、とても大きな農家がありました。
その家の南側にある、まばらな生け垣の向こう側が、土をしっかりとたたき固めた広い庭になっていて、その上に一面にむしろが敷いてあります。
むしろの上には、刈り取られたばかりの粟(あわ)の穂が干してありました。
その真ん中に、ボロボロの服を着た一人の女の人が座っていて、手に長い竿を持ち、スズメがやってきて粟を食べないように追い払っていました。
女の人は、何か歌のような独特の節回しで、ブツブツとつぶやいていました。
正道は、なぜだか分からないけれど、その女の人に強く心をひかれ、足を止めて生け垣の間から中をのぞき込みました。
女の人のボサボサに乱れた髪は、ほこりまみれで汚れていました。
顔を見ると、目は見えていません(盲目でした)。
正道はたまらなく哀れな気持ちになりました。
そうしているうちに、女の人がつぶやいている言葉が、だんだん耳になじんで聞き取れるようになってきました。
それと同時に、正道はまるでマラリアのような熱病にかかったかのように体がブルブルと震えだし、目には涙があふれてきました。
女の人は、次のような言葉を何度も繰り返してつぶやいていたのです。
「安寿(あんじゅ)が恋しいよ、ほうやれほ。
厨子王(ずしおう)が恋しいよ、ほうやれほ。

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