これからは、誰が何と言ってきても、絶対に開けてはいけないよ」
黒猫はそう言いながら、急いで雄鶏を小屋へ押し戻して戸を締めると、さっさとどこかへ行ってしまいました。
「こら、黒、黒!」
幸坊はしきりに呼びましたが、黒は見向きもしないで行ってしまいました。
「おかしな猫だね」
幸坊はぶつぶつと小言を言いながら、再び窓のところへ行って雄鶏を呼びました。
「とうとや、もう狐はいないから大丈夫だよ。早く出ておいで……」
「いやだ。そんなことを言って、また狐がひょっこり出てくるんだもの」
「大丈夫だよ。今度はぼくが窓のところに立って番をしているから……ほら、お前の好きな米も持ってきたよ。ほら」
鶏はバラバラとまかれる米の音を聞いて食べたくなったのか、そっと戸を開けて外を覗きました。すると、幸坊がすぐそこに立っているのが見えたので、安心してすっかり戸を開けて出てきました。
「もう大丈夫だよ。狐はいないからね。さあ、たくさんお食べ。そしてぼくと一緒に帰るんだよ」
「どこへ帰るの?」
「ぼくの家さ。お前が住んでいた鶏小屋へさ」
「私の小屋はここですよ。あなたのお家ってどこなの?」
「おかしなとうとだね。自分の家を忘れるなんて……あそこさ。あれ、向こうの……」
幸坊は自分の家の方を振り返って指をさしました。
「あれっ! 狐が!」
雄鶏の叫び声にびっくりして幸坊が向き直ったときには、もう遅かったのです。狐は雄鶏をくわえて、すでに一間(約2メートル)ほど先を走っていました。幸坊が後ろを向いた一瞬の油断を見すまして、狐は雄鶏に飛びかかったのでした。
「ちくしょう、撃ち殺してやる!」
幸坊は竹の棒を振り上げて追いかけましたが、狐の足は速く、あっという間に姿が見えなくなりました。今度はどうしたことか、黒猫も助けに出てきません。幸坊がぼんやりと立ち尽くしていると、ようやくそこへ黒猫がやってきました。
「おい、黒!」
幸坊が声をかけました。
「とうとう雄鶏は狐にとられてしまったよ。お前、どうするんだ?」
「やあ、幸坊さんですか……」
黒猫は言いました。
「困ったことをしましたね。あなたが戸を開けさせたからでしょう」「そうだよ……でも、狐があんなに素早く飛びかかってくるなんて、ぼくは思わなかったんだ」
「だから私が、誰が来ても戸を開けちゃいけないと言い聞かせておいたのですよ。仕方がない、狐の巣へ行って取り戻してきましょう」
「だって、もう狐は骨も残さず食べてしまっただろう」
「いいえ、あいつはすぐには食べません。これから飼っておいて、もっと大きくなって、美味しくなってから食べるのです」
「そうか。じゃあ、早くいこう」
「準備をするから、ちょっと待っていなさい」
黒猫はそう言ったかと思うと、すぐどこかへ消えて、長い外套(がいとう)と長靴、それから三味線の竿(さお)の短いものを持ってきました。
「さあ、これでよし。まいりましょう」
四
幸坊は黒猫について、狐の巣へ向かいました。穴の入り口まで来ると、黒猫は三味線を弾いて歌い出しました。
「シャン、シャン、ツン、チントン。ハア、よいやな。金の糸を張った琴だぞ。狐、狐のおうちはここか。可愛い狐の子はどこだい」
狐はその歌を聞くと、一体誰が歌っているのだろうと思い、まずは自分たちの子どもを穴の外に出して、様子を見させました。
「しめた!」
と、黒猫は手際よく子狐を取り押さえると、自分の外套の裾(すそ)の中に押し込んでしまいました。そしてまた、「チャンリン、チントン、ハア、よいやな」と面白そうに歌っていると、狐は子狐が帰ってこないのを心配して、穴からそっと顔を出しました。その瞬間、黒猫が狐の目に爪を突き立てたので、狐は恐ろしい鳴き声を上げて穴から飛び出し、黒猫と大喧嘩を始めました。
その騒ぎの最中に、雄鶏がカツカツと鳴きながら飛び出してきたので、幸坊は大急ぎでそれをつかまえると、一目散に自分の家の方へ走りました。ですが、その後のことは、自分でもどうなったのか分からなくなってしまいました。
五
ようやく正気に返った幸坊は、自分の家の布団の上に寝ていました。
「とうとは?」
幸坊はまずそう尋ねました。お母さんが枕元にいて答えました。
「気がついたかい。やれやれ、安心したよ。お前、どうしたんだろうね、あの森の中で気絶していたんだよ」
「とうとは?」
幸坊はもう一度聞きました。
「心配しなくていいよ。帰ってきたよ」
「黒は?」
「黒も帰ってきたよ。だけれど、ひどい怪我をしているよ……」
幸坊は二、三日、疲れ切って床に伏せていました。ようやく起き上がれるようになると、お母さんたちには内緒で、そっと森に入り、小さな小屋や狐の穴を探してみました。
けれども、どんなに探してもそんなものは影も形もありませんでした。確かに夢ではなかったはずなのですが……。
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