「おうッ」
と見ると、太郎は一刀を頭上たかくかざして、このふしぎな襲撃にそなえます。
二合、三合、五合とはてしもなく、はげしいあらそいがつづきました。
さいごには二条の太刀がヘビのようにからみ合ったまま、火のでるようなはげしいツバぜりあい、太郎はおされて五、六歩、ジリジリとさがったとみるや、
「あ、あッ」
にわかにふたりのふんでいる大地が陥没して、太郎と犬丸、いのちをかけて切りむすんだまま、底もしれぬまっくらな穴の中へ、またたく間におちこんでしまったのです。
「どうした、どうした」
検視の役人、竹矢来のそとの大群衆、いちどにドッと矢来の中にさっとうしましたが、のこるのは芝生のまんなかにひらいたおおきな穴だけ。
天魔太郎のすがたも猫間犬丸のすがたも、どこへいったかかげも見せず、役人も群衆も、ただぼうぜんとして、キツネにつままれた心もちです。
侍大将の孫
どんな天眼通にも目のとどかないところがあり、いかなる幻術妖術も、術のおよばないところがあります。
道灌山の上に、こんなおとし穴があろうとは、天魔太郎も、猫間犬丸も気がつかなかったのでしょうか。
いや術も腕も一だんとすぐれていた天魔太郎は、むかしむかしの山師坊主がここに壇をきずき、ぬけ穴をこさえて人をだましたことを知っており、それを利用しておたがいにきずつかぬうちに、猫間犬丸をさそいこんで、姿をかくしてしまったのです。
そんなこととはしらぬ猫間犬丸は、穴の底から立あがると、どこともなく、まっくらなところをあるいておりました。
術くらべでは、あきらかに天魔太郎に負けたのですから、穴からはいでて、もとの竹矢来の中へもどるわけにもゆかず、ともかくゆけるところまでいって、ようすを見ようと決心したのです。
道は大地の下をどこまでもつづきました。
しめっぽくカビくさくこのうえもなく不愉快ですが、しばらくゆくとむこうの方に、すこしばかりあかりがさします。
それをめあてにゆくと、なんと目のまえにポカリと穴があいて、猫間犬丸は道灌山の崖したの、あるりっぱな家の庭に立っておりました。
それは小大名の下屋敷とも見え、大きい料理屋とも見えるふしぎな家でした。
しばらくグズグズしていると、
「猫間さま、おまち申しておりました。どうぞこちらへ」
うつくしい腰元ふうの少女が、縁がわにかしこまるのでした。
猫間犬丸はギョッとしましたが、よわみを見せては、かえってわるかろうと、威儀をただして、縁がわにのぼると、お腰元のあんないするまま、二階にのぼってゆきました。
「や、おのれは、天魔太郎ッ」
二階の広間、床の間を背にして、しずかにまっているのは、なんと、天魔太郎の落つきはらった顔ではありませんか。
「猫間氏、ここにはもう、敵も味方もない。私は駿河大納言の一子。将軍家光や、その家来どもにはうらみもあるが、大阪城の侍大将|塙団右ヱ門の孫には、恩もうらみもない」
「な、なんと申す」
猫間犬丸は、たちはだかったまま、目をむきました。
「かくされるな猫間氏。貴公は長崎おもてにおいて、異人に妖術をまなび祖父のうらみをはらさんため、将軍家光にちかづこうとし、そのつてをもとめて、ちかごろ江戸へ出られたではないか」
「――――」
「幕府のふれに応じ私とたたかう役目をかって出たのは、それをてがらに、旗本にとりたてられ、将軍家光にちかづいて、うらみをはらさんため……」
「――――」
「心外道人は、はやくもそれを見やぶり猫間氏にまちがいあってはならぬと、くれぐれものご注意だ。貴公をおとし穴にさそい、ここへあんないしたのはそのため、おなじ家光将軍をうらむ貴公と私が、命をかけて争うのはいわれのないこと。このうえはおたがいに意地をすてて、いっしょに行こうではないか、猫間氏」
天魔太郎は美玉のおもてをあげて、こう説きすすむのでした。
「おそれ入りました。いかにも拙者は、塙団右ヱ門の孫の塙|三郎丸。猫間犬丸と名をいつわり、どんなてがらでもたてて将軍家光にちかづき、ほろびうせた豊臣家のため、また祖父団右ヱ門のため、ひと太刀うらもうとしたにそういござらぬ。が拙者の術がつたなく貴殿に負けたうえは、家来のはしにでもくわわって……」
「まった、家来などとはとんでもない、勝負は時の運だ。めあてさえおなじなら、ここで兄弟の約束をむすび、将軍家光と、それにつきまとう家来どもに、ひと泡ふかせようではないか」
縁がわにとびすさって、板敷のうえに平伏する猫間犬丸の塙三郎丸の手をとって、天魔太郎は自分のそばにつれてくるのでした。
「ありがたい、天魔太郎どの」
「いや、天魔太郎とよびすてにしてもらおうか」「貴公は、私よりも年上のことだし」
「年と腕とはちがいましょう」
「そんなことをあらそってもはじまらぬ。それではかりに、私は年下ながら兄になろう」
「ともかくも、一月後の五月七日には、将軍家光日光参拝にでかけるはず、その道すじこそは」
「いかにも」
ふたりはいわず語らずのうちに、家光を討ちとる計画をのみこむのでした。
「ところで、ここに一つの相談がある」
「とおっしゃるのは?」
「道灌山で、私を相手にたたかった三人のうち、覚心坊はとるにもたらぬ山師坊主だが、尾張藩の青柳又八郎はなかなかの人物、私に負けたうえは、――塙氏、ちょっと耳を」
天魔太郎は、塙三郎丸の耳に、なにやらささやくのです。
青柳又八郎はその晩、市ガ谷尾張屋敷の、自分の長屋にたちかえりました。
天魔太郎とのたたかいにさんざんの不首尾で藩主(殿さま)の大納言さまが、将軍家光にさんざんイヤ味をいわれて、プンプンとしてもどってまいりましたが、いずれあしたは、青柳又八郎を長のおいとまにするか、それとも閉門にするか、おだやかならぬ空気が、きんじょの人々のうわさとなって、屋敷じゅうにとんでおります。
そのうわさの中に、青柳又八郎、しずかに長屋へこもっておりました。
ひとりぐらしの気らくさや、やとい人を遠ざけさえすれば、奥のひと間にいるのは、自分とあんどんだけ。
そのあんどんの灯の下に、ピタリとすわって、又八郎は脇差を引きぬきました。
この恥をそそぐために、腹かき切って、もうしわけをする気でしょう。
あしたはあほう払いときまった尾張大納言の家来、青柳又八郎、その不面目をまぬがれるためには、腹を切るほかはないと思いさだめました。
胸をくつろげ脇差をもちかえると、
「まったッ」
どこからともなく、低いながらも、力のこもった声がかかります。
おもわず刀をひざのうえにおいて、声のしたほうをふりかえると、唐紙をあけたようすもないのに、きょうの果しあいで、おなじく天魔太郎に負かされた妖術使いの猫間犬丸が、又八郎のうしろに立って、しずかに見おろしているのでした。
「貴殿は?」
青柳又八郎はそれをとがめました。
「猫間犬丸、道灌山の果し合いに、貴殿どうよう、はじをかいたせっしゃでござるよ」
「それが、何用あってこられた?」
「せっしゃには、主君もなく、朋輩もなくノリ米ほどの禄もないから、技で負けたところで、腹を切るほどの義理もない」
「?」
「どうだ、青柳又八郎どの。
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