その、ドアの中のへやで、だれかがしゃべっているのです。
「あなたは野村さんですね。
おじょうさんのみち子ちゃんは、おあずかりしています。
いや、けっして、手あらなことはしません。
だいじにしますよ。
ぼくは、人を殺したり、きずつけたりすることは、だいきらいなのです。
かならずおかえしします。
そのときは、みち子ちゃんは、今よりげんきになっているでしょう。
しかし、ただはおかえししませんよ。
おたくのたからものと、ひきかえです。
えっ? そらっとぼけても、だめですよ。
ぼくはちゃんと知っているのです。
あなたが二十年まえに、フランスの美術商からお買いになった、ヨーロッパのある国の王妃の宝冠です。
あれには、あらゆる宝石がちりばめてありますが、ルビーがいちばん多いので、くれないの宝冠とよばれていますね。
あれをちょうだいしたいのですよ。
いくらたからものでも、みち子ちゃんには、かえられないでしょう。
きょうから三日め、十七日ですね、その十七日のよるの十時に、あの宝冠を箱に入れたまま、みち子ちゃんのあそんでいた小公園の、東のすみの石のベンチの上にのせておいてください。
わかりましたか。
小公園の石のベンチの上に、よるの十時までにですよ。
そうすれば、宝冠をちょうだいしたあとで、すぐに、みち子ちゃんを、おたくのげんかんへおとどけしますよ。
では、おやくそくしましたよ。
十七日の十時をのがしてしまうと、みち子ちゃんは、永久にかえらないかもしれません。
あなたは、だいじなおじょうさんを、なくしてしまうのです。
わかりましたね」
やっぱりそうです。
人形のかおをした怪人が、電話をかけている声でした。
みち子ちゃんを、人じちにして、野村さんのたからものを、手にいれようとしているのです。
井上少年とポケット小僧は、ドアのまえに立ちすくんでいました。
どうすればいいのか、きゅうには、決心がつかなかったからです。
すると、へやの中から、みょうなわらい声がきこえてきました。
「ははははは……おい、そこのこどもたち、そんなところに、まごまごしていないで、ドアをあけて、はいったらどうだ。
かぎはかかっていないよ。
ひとりはポケット小僧とかいうチンピラだな。
きみのことはきいているよ。
なかなかすばしっこいそうだな。
まあ、こっちへ、はいるがいい」
それをきくと、ふたりはかおを見あわせましたが、もうこうなったら、あいての言うままになるほかはありません。
ふたりは、だいたんにも、ドアをサッとひらいて中へはいっていきました。
おとし穴
少年探偵団の井上少年とポケット小僧は、地下道から、どこともしれぬ建物にはいり、その中の一つのへやで野村みち子ちゃんをかどわかした怪人と、向かいあって立つことになりました。
へやの正面に大きなデスクがおいてあって、その向こうに、人形のような、ぶきみな顔をもった怪人が、こしかけていました。
デスクの上には、卓上電話があり、そのそばに、ウィスキーのびんと、グラスがおいてあります。
怪人はウィスキーを、ちびちびやりながら、みち子ちゃんのおとうさんに、ゆすりの電話をかけていたらしいのです。
「きみたちは、じつに勇気があるねえ。
こどもばかりで、マンホールから、このおそろしいうちへしのびこむなんて、いのちしらずだよ。
いったい、しのびこんで、どうするつもりだったんだね」
「きみが、あの女の子をどうするのか、見とどけて、たすけ出すためさ。
ぼくらは少年探偵団だからね」
井上少年が、すこしもおそれないで、いいました。
「ふうん、かんしん、かんしん。
だが、きみたちふたりきりで、そんなことができると思っているのかね」
「ぼくたちのうしろには、明智小五郎先生がついているんだ。小林団長がいるんだ、それから警視庁の中村警部が、おおぜいのおまわりさんをつれて、やってくるのだ」
井上君は、ほこらしげに、いうのでした。
「だが、どうして、れんらくするんだい。
きみたちは、もう、おれのとりこになっているんじゃないか」
「ぼくたちには、いろいろな方法があるよ。
きっとにげ出して、明智先生や小林団長に、れんらくしてみせるよ」
ポケット小僧も、まけないで、かんだかい声をたてました。
「はははは……、のんきなことをいっている。
おれが、きみたちを、にがすとでも思っているのかい。
にがすどころか、これから、きみたちに、おもしろいものを見せてやるよ。
いや、おもしろいのではない。
おそろしいものだ。
きみたちは、かわいそうだが、うんと苦しまなければならない。
じごうじとくと、あきらめるんだね」
人形の顔の怪人は、ニヤニヤわらいながら、きみのわるいことをいうのです。
「ふふん、おもしろくって、おそろしいものかい。
はやく見せてもらいたいな。
それはいったい、どこにあるんだい」
井上君が、やせがまんをはって、つよそうなことをいいました。
「ここにあるんだよ。
いいか。
ほらっ……、わははははは……」
どこかで、カチッと音がしたかと思うと、ふたりの少年の足の下は、なんにもなくなってしまいました。
つまり、立っていた、ゆか板が、パタンとおちて、そこへ、まっくろな大きな穴がひらいたのです。
ふたりは、アッというまに、ふかい穴の中へ、おちこんでいきました。
そのままおちたら、おしりやせなかを、ひどくうって、けがをしたかもしれませんが、ふたりは、こういう冒険には、なれていたので、すぐ、足をグッとまげて、とびおりの姿勢になり、下へ足がついたときに、ピョイピョイと、とぶようにしました。
五メートルもある、ふかい穴でしたが、ふたりとも、そのおかげで、すこしもけがをしなかったのです。
そこは二メートル四方ほどの、ふかい地下室で、かべもゆかもコンクリートです。
窓もドアもなにもなく、四角な井戸の底のような場所でした。
上を見あげますと、おとし穴になっているゆか板が、二つにわれて、たれさがり、その穴の上から、人形の顔がのぞいていました。
「わはははは……おれのうちには、いろいろな、しかけがあるんだ。
ボタンをおせば、ゆか板が口をひらいて、きみたちを、のんでしまう。
これもそのしかけの一つだよ。
どうだね、とても、あがれまい。
コンクリートのかべには、なんの手がかりもないんだからね。
きみたちには、しばらく、そこにはいっていてもらうんだ。
そのうち、おもしろいことが、いや、おそろしいことがおこるからね」
そして、人形の顔が、ひっこんだかと思うと、おとし穴の板が、パタンとしまって、穴の中は、まっくらになってしまいました。
ふたりは、しばらくのあいだ、穴の底に、うずくまったまま、だまりこんでいましたが、やがて、ポケット小僧が、つぶやくようにいいました。
「ぼくたち、冒険をやりすぎたかもしれないね」
「うん、この穴からは、とてもにげだせない。
あいつは、ぼくたちを、どうするつもりだろう。
なんだか、こころぼそくなってきたね」
井上君もげんきがありません。
ふたりとも、こうかいしはじめているのです。
「おもしろくて、おそろしいものって、いったいなんだろうね」
さすがのポケット小僧も、しんぱいで、声がふるえていました。
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