初級翻訳・怪塔王 第18話

怪塔王

そのとき、一彦の目に留まったものがありました。
それは、炭焼きのお爺さんがそこへ作っていた、炭を焼くための竈(かまど)でした。
「うん、これはいいものが目に入ったぞ」
と一彦少年は思わず独り言を言い、炭焼きのお爺さんを呼びました。
「いいものがありましたよ。これなら麓の村へ通信することなんて、わけないことです」
「えっ、それはどういうことかね」
「あの炭焼き竈のことさ。あれに火をつけると、煙突から煙がモクモク出てくるでしょう。その時、風呂敷か板切れを持って屋根に登り、煙突から出る煙を、押さえたり放したりするのさ。それを早く繰り返せば、煙突から短い煙が切れ切れに出てくるだろう。またそれをゆっくりやれば、長い煙が切れ切れになって出てくるはずだ。つまり煙を使って、短い符号と長い符号を出せるから、電信と同じようにモールス信号を送ることができるのさ。麓の村にモールス信号がわかる人がいれば、こっちが出している煙の信号を読んで、『なるほど、あんなことを言っているな』とわかるはずだよ。ねえ、僕がモールス信号を教えるから、お爺さんは屋根に登って、この通りに炭焼き竈の煙を短く、あるいは長く符号にして出してくれないかな」
「ほほう、お前は子供のくせになかなか知恵が回るわい」
炭焼きのお爺さんは感心しました。

6

煙を使ったモールス符号の通信!
一彦少年は、すごい方法を知っていました。
しかしこれは一彦が考え出したことではなく、実は大昔、原住民が使っていた通信のやり方なのです。今ではもう忘れられたようになっていましたが、よく考えてみると、このような人里離れた山の中と麓の村との間の通信には、大変便利な方法です。
このように、今はやらなくなっても、昔のものにはなかなかいいものがあります。流行り廃りを気にしないで、昔のものでも役に立ついいものは、今もどんどん使っていくのが、本当に優れた人と言えるでしょう。
一彦少年は、いつか本で読んで覚えていた「煙通信」を、うまく生かして使ったのです。
炭焼きのお爺さんは竈の屋根に登り、煙突のそばに立って、一彦が紙切れに書きつけた長短の符号を見ながら、煙突に風呂敷をかぶせて煙を止めたり出したりと、大汗をかきながら続けました。
その文句は、一彦が怪塔から逃げ出してここにいるから、助けに来てくれという内容でした。
炭焼きのお爺さんとしては、一彦の指示通りに煙信号を続けているのですが、内心では、これが本当に麓の村に通じるかどうか疑っていました。きっと自分の竹法螺の音は村人の耳に届いても、一彦がいま自分に委ねたこの長ったらしい通信文は、とても麓の村には届かないだろうと思っていたのです。
ところがどうでしょう。
間もなく麓の村の中から、一本の煙がモクモクと、風のない空へまっすぐ立ち上り始めました。
「おやおや、村でも煙火(のろし)みたいなものを上げたぞ。こっちの真似をする気かしら」
とお爺さんが目を丸くしているうちに、その村の煙火が、下の方から長短の符号通りに切れ始めたのですから、お爺さんは大びっくり。慌てて紙切れにその符号を写し始めました。
一体、村の煙火は山の中へ向かって何を伝えているのでしょうか。

塩田大尉のお迎え

1

麓の村から、煙の信号が立ち上るのが見えます。
一彦少年は炭焼きのお爺さんの手を借りて、その信号がよく見えるところまで、傷ついた体を動かしてもらいました。
麓の村からの信号は、どんなことを伝えてきたのでしょうか。
「シオダタイイガムカエニイク」
塩田大尉が一彦を迎えに行くという内容でした。
塩田大尉のところへ、どうしてそんなに早く知れ渡ったのかと、一彦は夢のようにおどろきましたが、実はこの時、塩田大尉はちょうど飛行基地から警察電話で、この麓の村へ「昨日以来、何か聞き込んだことや変わったものを見なかったか」と問い合わせの最中でした。そこで村人が「今、裏山からこうこうこういう煙の信号が上がっているところで、塩田大尉に知らせてくれと言っていますよ」と伝えたため、大変うまく塩田大尉と話がついたのでありました。
「ああ、うれしい。塩田大尉が来てくださる!」「僕、うれしいなあ。大尉に会うことができたら、僕はすぐ帆村おじさんからの伝言を話して、一刻も早く怪塔征伐をやってもらうんだ」
「大尉はどうしてこの山の中まで来るのかしら。やっぱり飛行機で来るのかな」
一彦は急に、とても元気が出てきました。これを見ていた炭焼きのお爺さんも、これなら自分も苦労した甲斐があったと大喜びです。
ちょうどその時、午前十一時ごろのことでした。一台の飛行機が、東の空から近づいてきました。飛行機は、一彦たちの頭上までやって来ました。一彦は寝そべったまま白い布を振りました。お爺さんは炭焼き竈の煙を盛んに上げて、飛行機に向かって合図をしました。その合図が通じたのか、飛行機はぐるぐると旋回をはじめながら、だんだんと高度を下げてきます。千メートルから九百、八百、やがて五百メートルと低空に移りました。

2

一彦たちの頭上を旋回しながら、次第に高度を下げてくる尻尾の赤い飛行機から、やがて人間と荷物がつながったものが、空中へぽいと投げ出されました。
「おや、なんだろう」
炭焼きのお爺さんは、まぶしそうに目をぱちぱちさせながら、空を仰いでいます。
「あっ、落下傘だ! 塩田大尉は落下傘で降りてくるんだぜ。ああ、すごいなあ!」
と言っているうちに、パッと空中に大きな真っ白な花傘が開きました。三百メートルほどの低空です。人間の重みで、傘はぶらんぶらんと揺れています。落下傘はどんどん下へ降りてきました。風の流れを見定めていたのか、実に見事に一彦たちのいるところへ、静かに舞い降りてきます。
「お爺さん、僕、起きたい、起きたいんだ」
「まあ、そう無理を言っちゃいけない。お前は怪我をしていることを忘れちゃいけないぞ」
そうこうしているうちに、塩田大尉がぶら下がっている落下傘はぐんぐん下へ降りて、一彦たちの頭上を越し、その奥の山腹にドサリと着陸しました。大尉は勢いよく山腹に転がったかと思いましたが、すぐに落下傘をつないでいたバンドを外すと、すくっと地上に立ち上がりました。
これを見ていた一彦は、思わず万歳を叫びました。塩田大尉はすぐさま一彦のところへ駆け寄りました。そして少年をなぐさめると、持ってきた救急セットを使って、手際よく一彦の怪我をした部分を消毒し、包帯をぐるぐると巻いてくれました。
「塩田大尉、ありがとう。本当にありがとう」
「いや、なあに。それよりも一彦君は、実に元気だね。水兵だって君の元気には負けてしまうぞ。……そして、一体君はどうして怪塔から抜け出したのか。帆村君はどうした。早く聞かせてくれ」

3

一彦は塩田大尉の丁寧な手当を受けてさらに元気になり、そこで一体どうして自分一人だけが怪塔から抜け出したのか、そのあらましを語り始めました。
「僕、驚きましたよ。だって、怪塔がものすごいうなり声を上げて、空高く舞い上がったんですもの。それから空中をあちこちとブンブン飛び回って、どうなることかと窓枠にすがりついてヒヤヒヤしているうちに、今度はドスンという大きな振動とともに、怪塔が静かに止まったんです。

コメント

タイトルとURLをコピーしました