「じゃあ、もう安心ですね! これがあれば、怪塔王の持っている磁力砲をやっつけられますからねえ」
「ところが、そうはいかないんだよ、一彦君」
「なぜですか?」
「だってこの通り、あべこべ砲はひどく壊れているじゃないか。その上、大利根博士がどこへ行ったのか、姿が見当たらないではないか」
4
怪塔王の持っている磁力砲を負かすことができるかもしれない「あべこべ砲」が、大利根博士の秘密室の中に転がっていましたが、残念なことに、それは壊れているうえに、発明した大利根博士本人も行方不明なのです。塩田大尉と一彦は、顔を見合わせてため息をつきました。
「なんとかして、一刻も早く大利根博士を見つけるよりほかにない」
「そうですね。博士はこんな大事な機械をここに残したまま、一体どこへ行ってしまったのでしょう」
そう言ったとき、一彦ははっとあることを思い出しました。それは、外から続いていたあの気味の悪い血の跡のことです。
(そうだ、あの血の跡! あれはこの部屋へ続いていたけれど、どうなっているんだろう)
一彦は少年探偵気取りで、血の跡を調べにかかりました。血は、この部屋に入ると、床の上に大量にこぼれていました。それは、何かが引きずられていったかのように、筋状になっていました。その跡をたどっていくと、奥の隅にあるテーブルの上へと続いていました。テーブルの上にも下にも、血はたくさんこぼれています。そればかりか、テーブルの下には、血に染まったズボンが一つ落ちていました。
「あっ、こんなものが……」
一彦が拾い上げてみると、ズボンはひどく血に汚れ、ナイフか何かで切られたらしく、ずたずたに引き裂かれていました。
「どうした、一彦君! なに、血染めのズボンがあったというのか?」
塩田大尉は駆け寄るなり、そのズボンを取り上げて電灯の光の下でじっと眺めていましたが、さっと顔色を変えました。
「あっ、これは見覚えがある縞ズボンだ! いつも大利根博士はこの縞ズボンをはいておられた! ……すると、博士は……」
一彦の探偵眼
1
怪塔王という不思議な人物のために軍艦「淡路」を破壊され、飛行機を撃ち落とされた海軍は、これは一大事と、いよいよ怪塔王を本格的に討伐することになりました。なにしろ珍しい新兵器を持っている怪塔王を相手にするのですから、その作戦もなかなか大変です。
まず第一にお知らせしなければならないのは、「秘密艦隊」というものが編成されたことです。この司令官には池上少将が任命されましたが、この秘密艦隊は極秘のうちに作られたため、海軍の中ですら知らない人がたくさんいました。怪塔王を討伐するために艦隊が組まれたなどということは、今までになかったことです。それを見ても、いかにわが海軍が怪塔王を恐るべき敵だと思っているかがわかるでしょう。
軍港に浮かんでいる旗艦「六甲」の司令官室において、池上少将は今、幕僚たちを集めて秘密会議中です。そこには塩田大尉と一彦少年の姿もありました。いや、姿があるどころではなく、二人は今、司令官に大利根博士邸での出来事を報告しているところなのです。司令官をはじめとする幕僚たちは、塩田大尉の報告があまりに怪奇な内容なので、目を丸くしたり、首を振ったり、拳を固めたりして驚いています。
「その縞ズボンは、たしかに大利根博士の物に違いないのだね」
司令官は念を押しました。
「はい、塩田は固くそう信じております」
「それで、大利根博士はその後どうなったというのか」
「博士はこの血染めの縞ズボンを残したまま、どこかへ行ってしまったようです。私どもはかなり詳しく秘密室を調べましたが、とうとう博士の姿を見つけることができませんでした」
2
「博士の居場所がわからないうちはなんとも言えないが、どうやら博士は怪塔王の一味に襲われたと思われる。君はどう思う?」
司令官・池上少将は、塩田大尉に尋ねました。「塩田も、司令官閣下のおっしゃるとおりだと考えております。大利根博士は、新しい学問を研究する国宝級の学者です。怪塔王にとっては、博士の存在がずいぶんと邪魔なはず。だから襲撃して、殺してしまったのではないでしょうか」
「まあ、そんなところだろうな」
「ところが、ここにいる一彦少年は、私とは違う考えを持っているのです。ぜひ、少年の口から直接聞かせてやっていただきたい」
塩田大尉は、横に座っていた一彦を振り返りました。
「ほう、この少年が別の考えを持っているというのか。それはぜひ聞かせてもらおう」
司令官も、一彦が名探偵・帆村の甥であることはよく知っていました。この少年が一体何を言い出すのかと、急に顔をニコニコさせて一彦を見つめました。
「僕は、大利根博士はとても怪しい人物だと思います。なぜなら、博士の屋敷には怪しいことだらけだからです」
「怪しいことだらけとは――」
「まず第一に、博士の実験室がエレベーターのように上下に動くことです。これと似た仕掛けが、怪塔の中にもありました。帆村おじさんと僕とは、その仕掛けのせいで檻に入れられ、一階下へ落とされたことがあるんです」
「怪しいことがあるなら、どんどん言ってみなさい」
司令官は、熱心な表情で一彦を急かすように言いました。
「第二は、この『猿の鍵』です」
一彦は、ジャラリと音を立てて、テーブルの上に大きな鍵を置きました。
3
「なんだ、猿の鍵だと?」
司令官はその大きな鍵を手に取り、不思議そうに眺めながら言いました。
「第二に、この鍵が怪しいとはどういうことだ」
「はい。博士の屋敷の一番奥にある秘密室は、この鍵で開いたのです。ところが、その猿の鍵は、怪塔王が大事に持っている鍵と同じものなのです。あの怪塔の入り口を開けるのも、やはりこの鍵でなければダメなんです」
と、一彦は自分の確信していることをスラスラと述べました。
「で、それがどうしたというのかね?」
「はい、司令官閣下。僕が今あげたように、怪塔と博士の屋敷には、たいへん似ているところがあるのです。ですから、怪塔王と大利根博士とは――」
一彦は少し言葉を切り、「同じ仲間ではないかと思うのです」と続けました。
「えっ、怪塔王と大利根博士が同じ仲間だと? それはあまりに突飛な答えだな。あっはっはっ!」
司令官は思わず笑い出しました。
「でも、そうとしか考えられないんですもの」
「しかしだ、一彦君。博士は我々が尊敬する国宝級の学者だし、それに引き換え怪塔王は、わが海軍に仇をなす憎むべき敵だ。その二人が仲間だなんて、少し考えすぎではないかな」
「でも、そうとしか考えられませんもの」
一彦少年は、いつになく非常に強気です。
「だがねえ、一彦君」
今度は塩田大尉が口を挟みました。
「君の言うように、もし怪塔王と博士が仲間だとしたら、博士のズボンが血だらけになっていたのが変ではないか。仲間同士で殺し合うなんてことは、まずありえないからね」
「あれは、怪塔王が僕たちを騙すためにやったことだと思います。怪塔王が博士を殺したと見せかけて、実は――実は……」
一彦少年は、その先を言おうか言うまいかと、息をはずませました。
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