初級翻訳・恐竜島 第2話

恐竜島

玉太郎が寝ている間、ほとんどそばを離れたことのないポチが、なぜ今夜に限って無断で出かけてしまったのでしょうか。
「ポチ……。ポチ……」
 玉太郎は、周囲に気を使いながら犬の名を呼びました。
「シーッ」「ちょっと、静かにしろ!」
 たちまち、他のベッドから叱られてしまいました。
玉太郎はベッドの上で半身を起こしました。
その時でした。
彼はポチの吠える声を、確かに耳にしたと思ったのです。
しかしそれは、遠くの方から聞こえてきました。
どこなのかは分かりません。
この船室でないことだけは確かでした。
玉太郎は急いで跳ね起きると、素早く上着とパンツを身につけ、素足のままベッドの下の靴を探して履きました。
それから枕元から携帯電灯と水兵ナイフを取り、ナイフの紐を首にかけました。
そして足早にその部屋を出て行きました。
戸口のカーテンを分けて出ようとしたとき、またもやポチが吠えるのが聞こえました。
どうやら二等船室の方らしいのです。
嫌な吠え方でした。
強敵に襲われ、体がすくんで身動きが取れなくなっているような声でした。
玉太郎は、一刻も早くポチを救わなければならないと思い、狭い通路を走って二等船室の方へ飛び込んでいきました。
犬の姿はありません。
すると、船室の戸が開いて、そこから顔を出した人物がいました。
ラツール記者でした。
「おや、玉太郎君じゃないか。どうしたんだい?」と向こうから声をかけてきました。
玉太郎はそばへ駆け寄ると、自分の寝台の下からポチがいなくなり、どこかで嫌な吠え方をしていることを手短に語りました。
「ふうん、なるほど。僕もポチの声で目が覚めたんだ。この戸口の外で変な声で吠えるものだからね。僕はベッドの上から叱ったんだが、泣き止まないから、今下へ降りてこの戸を開けたところなんだ……だが、ポチの姿は見えないね。どこへ行ったんだろう」
 そう言っている時、またもやポチの声が遠くから聞こえてきました。
いよいよ苦しそうな吠え方でした。
それはどうやら甲板の上のようです。
「あっ、甲板へ行って吠えていますよ!」
「うむ。一体どうしたというんだろう。幽霊でも追いかけているわけじゃあるまいが、とにかく何か変わったことがあるに違いない。行ってみよう」
 その時、ポチはまたもや嫌な声で吠えました。
それを聞くと玉太郎はたまらなくなって駆け出し、自分一人で甲板へと向かいました……。
甲板は真っ暗でした。
「ポチ……ポチ!」玉太郎は犬の名を呼びました。いつもなら、しっぽを振ってすぐに玉太郎のところへ飛んでくるはずのポチが、「ウーッ、ウーッ」と暗闇の向こうでうなるだけで、戻ってくる気配はありません。

「ポチ、どうしたんだい?」

玉太郎は携帯電灯をつけて足元を照らしながら、愛犬がうなっている方角へ向かって走りました。そこは船の先頭部分でした。甲板がゆるやかな坂道のように高くなっている場所です。ポチはそこにいました。船の先端にある旗を立てる竿の、その足元は甲板よりも一段高くなっていて、台のようになっています。ポチはその上で、何かに向かって変な格好で吠えていました。

しかし、玉太郎が近づくと、ポチはすぐに態度を変えて、しっぽを振りながら、高い位置から玉太郎の差し出した手をなめようとしました。けれど、台が高すぎて届きません。

「ああ、こんなところにいたのか」

後ろから声をかけて、ラツール氏がやってきました。

「ほう、こんな高いところに上って。何をしているんだい?」

「海の方を見て吠えていたんですが、今はおとなしくなりました」

「海の方だって? 何もいないようだが……」

その時でした。突然ポチが台の上へ飛び上がると、また嫌な声で吠えだしました。その直後のことでした。玉太郎が立っていた甲板が、まるで地震のようにグラグラと揺れたかと思う間もなく、彼は目もくらむようなまぶしい光に包まれました。

「ドドドーン!」

すごい大音響が響き渡り、甲板がすうーっと盛り上がりました。「あ、危ない!」と叫んだつもりでしたが、その後のことはよく覚えていません。あとで考えると、この時モンパパ号は突然大爆発を起こし、船体は粉々になって、火の玉となって四方八方へ飛び散ったのでした。

ほんの数秒間の、あまりに派手な火の見世物として周囲の魚たちを驚かせたのを最後に、貨物船モンパパ号の姿は消え去りました。空中から落ちてくる船の破片も、漂流する人々の体も、すべて真っ暗な夜空と海の中に飲み込まれてしまったのです。SOSの無線を送るひまさえありませんでした。ですから、モンパパ号が沈没したことに気づいた者は、誰一人としていませんでした。

漂流

玉太郎は、ふと意識を取り戻しました。ポチの声が聞こえるのです。

「ポチ!」

犬の名を呼んだ瞬間、玉太郎はガブッと海水を飲んでしまいました。息ができなくなり、夢中で手足をバタつかせました。自分が海の中にいることがわかりました。体がふわりと浮き上がります。

「あ、痛っ……」

頭をゴツンとぶつけました。木片でした。犬がすぐそばで吠え続けています。玉太郎は完全に正気にかえり、自分が海の上に浮かんでいることに気づきました。しかし、なぜ自分が海に投げ出されたのか、その理由を理解するまでには少し時間がかかりました。

犬は間違いなくポチでした。真っ暗な海なのでポチの顔は見えませんでしたが、犬は泳ぎ寄ってくると、木片の上へ這い上がり、また「ワンワン」と吠えました。玉太郎もその木片に両手でしがみつきましたが、それはどうやら船の扉のようでした。玉太郎もポチにならってその上に這い上がろうとしましたが、扉は一方にグッと傾き、そのまま水の中へ沈んでしまいました。ポチは再び海に落ちて泳がなければなりませんでした。

玉太郎は、扉の上へ乗ることをいったん諦めました。扉はすぐにまたプカリと浮き上がりました。ポチも心得たもので、再び扉の上へ這い上がりました。玉太郎は扉につかまったまま、流れに身を任せる覚悟を決めました。ようやく少しだけ、心に余裕が生まれました。

「一体、何がどうしたんだろう?」

玉太郎は、必死に記憶を呼び起こそうと努力しました。

「そうそう、船の先頭にいたまでは覚えている。すると突然あたりが火の海になって……その前に甲板がグラグラと揺れて……大音響がして、そのあとは覚えていない。その次は……こうして海の中にいたんだ。そうか、船から放り出されたんだ。船はどこへ行ってしまったんだろう」

玉太郎はあたりを一生懸命に見回しました。しかし、船の明かりはどこにも見えません。

「僕とポチを海の中へ放り出したまま、モンパパ号はどんどん先へ行ってしまったんだな」

玉太郎はそう考えました。そう思うのも無理はありませんでした。モンパパ号はあまりに完全に爆破・粉砕されてしまったので、その頃の海上には破片一つ見当たらず、海は真っ暗で、墓場のように静まり返っていたからです。ただ、時折波が浮いている扉に当たってパシャリと音を立てることと、頭上で無数の星が美しくきらめき、玉太郎とポチを見下ろしているように見えるだけでした。

「そうだ、ラツールさんもあの時一緒にいたっけ。ラツールさんはどうしたんだろう。

コメント

タイトルとURLをコピーしました