彼の恐れる恐竜島とは何なのでしょうか。水夫ヤンの写生画……。
「恐竜島ですって。恐竜島というのは、そんなに恐ろしい島なの。ねえ、ラツールさん」
玉太郎は筏の上に伸び上がり、顔をしかめて島影を見たり、ラツールの方を振り返ったりしました。せっかく島に上陸できると思った喜びが、ひょっとしたら消えてしまいそうなので、だんだん心細さが増してきます。
「はははは。まだ、あの島が恐竜島だと決まったわけじゃないんだから、今からそんなに怖がるには及ばない」
ラツールは笑いました。だが、彼が笑ったのは、玉太郎をあまり恐怖させまいがためでした。だから彼の顔からは、すぐさま笑いの影が引っ込んで、顔つきが硬くなりました。彼は島の上へ鋭い視線を走らせ続けています。
「分からない、分からない。恐竜島のように思われるところもあるが、またそうでもないようにも思われる。まん中に背中を突き出している高い丘の形は、たしかに、この前見た水夫ヤンの写生図に出ていた図そっくりだ。しかし丘のふもとを取り巻く密林や海岸の形が違っている。あんなに密林が続いていなかったからなあ。海岸から丘までが、広々と開いていた。あんな石垣も、水夫ヤンの図には出ていなかったがなあ」
ラツールは、独り言を言うのにだんだん熱心となって、そばに玉太郎がいることに気がつかないようでした。
「あれは恐竜島か、それとも違うのか。いったいどっちなんだ。ふん、おれの頭は熱帯ボケの上に漂流ボケがしていると見える。どっちかに決めなきゃ、これからやることが決まりゃしない。どっちかなあ、どっちかなあ……ええい、こんなに心が迷うときには、金貨占いで行けだ。はてな、その金貨だが、持ってきたかどうか……」
ラツールは、ズボンのポケットへ手を突っ込みました。しばらく忙しく中を探っていましたが、やがて彼の顔に明るい色が浮かびました。
「やっぱり、大事に身につけていたよ」
彼の指にぴかりと光るものがつまめられていました。百フランの古い金貨でした。それを彼は指先でちーんとはじき上げました。金貨は、彼の頭よりも少し高いところまで上がって、きらきらと光りましたが、やがて彼のてのひらへ落ちてきました。そのとき筏がぐらりと傾きました。大きなうねりがぶつかったためです。
「ほお」
ラツールは、金貨を受け止め、手を握りました。彼はそっと手を開きました。すると金貨は、手のひらの上にはのっていませんでした。中指と薬指との間にはさまっていたのです。これでは金貨の表が出たことにもならないし、また裏が出たことにもなりません。せっかくの金貨占いは、イエスともノーとも答えなかったことになるのです。
「ちぇっ。運命の神様にも、おれたちの前途がどうなるかお分かりにならないと見える」
彼は苦笑いをして、金貨をポケットへしまい込みました。玉太郎は、さっきからのありさまを黙って見つめていましたが、このとき口を開きました。
「ラツールさん。上陸しないの、それともするの」
「断然上陸だ」運命なんてものは、上陸してから考えればいいさ。
かまやしない。
それまでは、のんきにやろうじゃないか。
どうせこのまま海を漂流していれば、飢え死にするのがオチだろうから、恐竜島だろうが何だろうが関係ない。三日でも四日でも、腹いっぱい食って、気楽に構えていようじゃないか」
「かまやしない」を二度も繰り返して、ラツールはすっかり笑顔になりました。
そして、帆綱をぐいと引っ張りました。
帆は海風をいっぱいに受けて膨らみました。
風は、まっすぐに島へ向かって吹いています。
さっきまでの取り越し苦労や憂鬱をがらりと捨て去った、ラツールらしいフランス人特有の明るさに、玉太郎は強い感動を覚えました。
そこで玉太郎は、ラツールの隣へ行ってあぐらをかくと、口笛を吹き始めました。
彼の好きな「乾杯の歌」です。
するとラツールも笑い出し、口笛に合わせて空き缶の底を木片でリズムよく叩き始めました。
ポチも二人のところへ飛んできて、うれしそうに尻尾を振ってじゃれつきます。
焼けつくような太陽が、近づく謎の島のヤシの林に、ゆうゆうとかげろうを揺らしています。
上陸に成功。
筏は、海岸に近づきました。
海底はうんと浅くなっていて、薄青く澄んだ水を通して、珊瑚礁がまるで大きな絨毯を敷き詰めたかのように見えます。
その間を、小魚が元気よく泳いでいます。
「きれいな魚がいますよ、ラツールさん。あっ、真っ赤なのがいる。紫色のも、赤と青の縞になっているのも……」
「君は、この魚を標本にして持って帰りたいだろう?」
「そうですとも! ぜひ持って帰りたいですね。全種類を集めて、大きな箱に入れて……」
「さあ、それはまた後でゆっくり考える時間があるよ。今は、さしあたり救助船へ信号を送る準備と、食べるもの、飲むものを手に入れなければいけない。その魚の標本箱に、我々の白骨まで添えてやるんじゃ、君も面白くないだろうからね」
「わかりました。魚なんかに見とれていないで、早く上陸しましょう」
「おっと、待った。まずはこの筏を海岸の砂の上へ引っ張り上げることだ。このボロ筏でも、我々が今持っている最大の交通手段であり、住み慣れた家だからね」
「竿かなにかあるといいんですが……ありませんね。筏の底が珊瑚礁(リーフ)にくっついてしまって、これ以上、海岸の方へ動きませんよ」
「よろしい。ぼくが綱を持って上がって、引っ張り上げよう」
「やりましょう!」
空腹も喉の渇きも忘れて、二人は海の中へ降りました。
浅いと思っていたけれど、実際にはかなり深い。ラツールの胸のあたりまで水があります。玉太郎は、もう少しで顎まで浸かりそうです。
「痛い!」
玉太郎が顔をしかめました。
彼は足の裏を、貝殻で切ってしまったのです。靴を大切にしようと思って、裸足になって海へ降りたのが裏目に出ました。
「うっかりしていた。もちろん、こういう場合は足に何か履いていないと危険だよ。さあ、もう一度筏の上へ上がって、足の傷を手当てしてから上陸することにしよう」
つまらないことで、上陸に手間取ってしまいました。
しかし、ラツールの行き届いた注意によって、玉太郎は後でもっとつらい苦しみをするのを救われたのです。
もし足の裏を切ったまま砂浜に上がれば、傷口の中に細かい砂が入り込み、やがて激しい痛みを生むことになります。さらにその後、傷口から細菌が入って化膿し、全く歩けなくなってしまうでしょう。熱帯地方では、傷の手当ては特に念入りにしておかないと、後で大変なことになるのです。
ラツールももう一度筏の上へ這い登ると、あたりを探し回ったあげく、ナイフでキャンバス地の黒いタールが塗られた部分を切り裂き、そのタールのついた布を玉太郎の傷口に当てました。
そしてその上を、乾いた布でしっかりと縛りました。
上陸する際、この傷が海水に浸かるのを避けるため、ラツールは玉太郎を頭の上にかつぎ上げて海を渡り、やがて海岸の乾いた場所へ、そっと玉太郎を下ろしました。
ラツールの全身には玉のような汗が、玉太郎の目からは玉のような涙が、ぽろぽろとこぼれ落ちました。
「君は感傷的すぎるよ。もっと神経を太く持たなくては。
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