初級翻訳・恐竜島 第9話

恐竜島

命の危険、いや、それ以上の恐ろしいことが恐竜島にはあるんだ」

勇敢で沈着なラツール記者も、恐竜島と地震の話になると、人が変わったように身震いするのでした。
恐竜島とは、いったいどのような島なのでしょうか。それについて玉太郎は、前から聞きたいと思っていました。今もそれを知りたくなりましたが、ラツールの言うように、今は全身の神経をあたりに配って前進しないと、どんな目に遭うかわかりません。それゆえ聞くのは後のことにして、玉太郎はラツールの後について、沼のふちを回り始めました。前方に茶褐色の汚らしい地肌を見せている断崖が、どうも気になってなりません。二人の目は、油断なくその崖の周りを捜査しています。

スコール来る

沼のふちをようやく回って、問題の崖の下に出ました。茶褐色の土の下から、雑草が覗いているところもあります。大きなゴムの木や、太いヤシの木が重なり合って、土の下に半ば埋まっているところもあります。
「玉ちゃん」「不思議だと思わないか」
と、ラツールはそれらの場所を指さして、自分の考えを述べました。
「この島は、わりと最近できたもののように見える。土が上から島をすべり落ちてきて、森の一部を埋めてしまったように見えるんだ」
玉太郎はうなずきました。ラツールの説明の通りだと思ったからです。
「なぜそんなことが起こったのか。人間が一人も見当たらない無人島で、まさか土木工事が行われていたとも思えない。とにかく、もう少しそこらを見て回ろうじゃないか」
「それがいいですね。きっとどこかに、ポチが潜り込んだ穴があるに違いありませんよ」
玉太郎は、少しでも早く愛犬を助け出してやりたかったのです。
それから二人は、雑草をかき分け、つる草を払い除けて崖の下を回ってみました。熱気がむんむんと立ちこめ、全身はねっとりと汗にまみれ、息をするのも苦しいほどです。あえぎながら、ふらつく頭を押さえて前進します。
こうして二人が気づいたのは、この崖のようなものは火山でできたものではなく(硫黄の匂いがしないからです)、地震でできたものでもなく、確かに人間が土木工事を行った跡だということでした。
しかし、その土木工事というのは、最新式のブルドーザーのような機械を使ったものではなく、原始的な方法――つまり、人間を大勢集めて、もっこに土を入れたり石を乗せたりして担ぎ上げるといった方法をとったに違いありません。
それにしても不思議なのは、今この島に誰もいないし、土木工事に使った道具も全く見当たらないことです。
「なぜこんな崖を作ったんだろうか。意味が分からない」
「それなら、崖の上まで登って見てはどうでしょうか。上に行けば、きっと何かあるはずです」
「なるほど。崖というものは、下より上の方が大切なのかもしれないな。じゃあ、登ってみよう」
その後、ポチの声が聞こえなくなったので、ポチが入った穴を探すことは後回しにして、玉太郎はラツール記者とともに、崖の斜面を這い登っていきました。
しばらく登ったとき、ポツッと冷たいものが玉太郎の顔を打ちました。
「おや」と上を見ると、いつの間にか空が灰色がかった雲に低く閉ざされています。そして大粒の雨が、急に激しく降り出しました。
「あ、スコールがやって来た。あいにくのときに降りやがったな」
ラツールは舌打ちをしました。
「あ、滑る!」玉太郎が叫びました。
崖の斜面は、滝のように雨水が流れ落ちていきます。玉太郎は手と足とを滑らせてしまいました。その結果、玉太郎の体は雨水とともにずるずると下へ滑り落ちていきました。
激しいスコールの音に紛れて、玉太郎より少し上を登っていたラツールは、玉太郎が滑り落ちたことに気づきませんでした。彼はスコールの滝に全身を洗われながらも、斜面のくぼみに足をはめ込み、両手で崖の土の固いところを必死につかみ直して、一生懸命にしがみついていました。
ですが、スコールのために急激に気温が下がり、全身はガタガタと震え、手も足も感覚がなくなっていきました。
一方、玉太郎の方は崖の下へ転がり落ち、スコールが作ったにわかの川の中へ、ドボンと尻餅をつきました。流れは意外に強く、体が押し流されそうになったので、慌てて身を起こしました。
あたりはすごい雨足と水しぶきに包まれ、五、六メートル先さえ全く見えません。玉太郎は、急にできた流れを呆然と見ていましたが、ふと気がついて、その流れに沿って下流の方へ歩き出しました。
五十メートルほど歩いたとき、そのにわかの川が、土の中に吸い込まれているのを見つけました。そこはたくさんの木が倒れて重なり合っている場所でしたが、雨水の流れはその木の下をくぐって、土の中へ落ちていたのです。
「ははあ、この下に穴が開いているんだな。ポチはこの中へ入り込んだのかもしれない」
そう思った玉太郎は、倒れた木と木の間へ顔を差し込んで、落ちていく水の音に負けないような大きな声で、愛犬の名をいくたびとなく呼んでみました。
だが、ポチは主人の声に返事をすることはありませんでした。しかし、どうしたわけか、元の場所へもどることが出来ず、川にそって上ったり下ったりして迷ってしまいました。
そのうちに時間が過ぎていきました。
スコールが通りぬけたようで、急に雨が小降りになったかと思うと、もう雲が切れて、もうもうと立ちのぼる水蒸気に、明るく陽の光がさしこんできました。
気温は、またぐんぐんとのぼり出しました。
あたりが見渡せるようになりました。
「おや。
あんなところに崖が見えるぞ」
どこを歩きまよったものか、スコールがあがってみると、玉太郎はとんでもない場所に立っていました。
さっきすべりおちた崖の斜面の下から、百五十メートルばかりも離れたところにいたのです。
彼は斜面の下へむかって急いで歩きました。
歩きながら、斜面をいくども見上げました。
そのとき彼は、不審に思いました。
「ラツールさんの姿が見えないな。どこへ行ったんだろうか。
斜面をすっかりのぼって、崖の上へ出たのかな」
斜面にはラツール記者の姿がなかったのです。
ラツールといえば、彼はスコールの中に降りこめられ、斜面の中ほどで、身動きがとれなくなっていたはずですが、今はどこにいるのでしょうか。
「そうだ。
この斜面を自分ものぼってみよう」
玉太郎はそう思い、再び斜面をのぼりかけました。
ですが、それはだめでした。
斜面は雨水をうんとすいこんでいて、足をかけ、手をおいたところは、どれも土がごそっと崩れてしまい、のぼることが出来なかったのです。
いくども場所をかえてやってみましたが、どれも失敗でした。
「ああ、のぼれないのか」玉太郎はくやしがって、斜面をにらみつけました。
しかし、にらみつけたぐらいで、どうにかなるわけもありません。
彼はその場所に、二時間あまりも待っていました。
彼は絶えず崖の上を注意し、もしやラツールが顔を出しはしないかと心待ちにしていたのです。
ラツールの名を何十回となく呼びました。
だが、ラツールは姿も見せなければ、返事もしませんでした。
心ぼそさが、ひしひしと玉太郎の胸をしめつけました。

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