この見通しですよ」
そう言って、暗闇でも目が見える船長は、セキストン団長の持っている双眼鏡をつかみ、それを船橋の窓枠に押しつけて、正しい方向へ向けてやりました。
「さあ、のぞいてごらんなさい」
伯爵団長は、それをのぞき込みました。
「やっぱり、わしには見えん」伯爵はがっかりして言いました。「もっとこの船を、島の方へ近づけてもらおう」
「お言葉ですが閣下、もうそろそろ珊瑚礁になりますんで」
「リーフになったら、どうするというのかね」
「そうなると、この汽船は珊瑚礁の上に乗り上げて、船底を破る恐れがあるのです」ですから、この船はこれ以上深入りしないことにしましょう。用事のある方だけ、夜明けを待ってボートに乗り、島へ上陸すればいいのです」
「君は、いくら言い聞かせても分からないんだね」
伯爵がいらいらしていることは、その声で伝わってきました。
「恐竜島へは、明るいうちには絶対に近づけないんだ。この前、わしたちはひどい目にあったからね。わしたちが逃げ出すときだった。救いに来てくれた船に乗り移って、やれやれ安心だと思ったとき、島の上に一匹の恐竜がいて、そいつの目がピカリと光ったんだ」
「へへん」
「……と思うまもなく、その恐竜はドボンと海中に飛び込み、わしたちの乗っている船をめがけて追いかけてきたんだ」
「恐竜は泳ぎが得意なようですな」
「さあ、わしは恐竜が泳ぐところを見たことはない」
「だって、海を泳いで閣下たちの乗っている船を追いかけてきたのでしょう?」
「いや、そうではない。そのとき恐竜は、たしかに海の底を歩いていたのだ。しかし恐竜の首は、海面から百メートルぐらいも上に出ていた。船のマストよりも高いんだから、驚いたね」
「本当ですか。わしは信じられませんね」
「ほら話を言っているんじゃないよ。実際に恐竜を見たわしたちでなくては、恐竜がどんなに大きな獣であるか、どんな恐ろしいやつか、とても想像がつかないよ」
「へーん……で、それからどうなりましたか」
「それから……それからが大変だ。恐竜はそこまでやってくると、大きな口を開けた。口の中は真っ赤だ。蛇のように長い舌をペロペロと出したかと思うと、いきなり船のマストにかみついた」
「ふーん。それは大変だ」
「かみついたと思うと、船がスーッと上に持ち上がった。恐竜の力はおそろしい。実際に船を持ち上げたんだからね」
「ほう」
「船からは恐竜に向かってさかんに発砲した。しかし恐竜は平気なものさ。船長はついに大砲を持ち出した。それをドカンとやると、恐竜の首をかすった。恐竜は初めて驚いて、変な嫌らしい声で鳴いた。とたんに、くわえていたマストを離したもんだから、こっちの船は五十メートルばかり下の海面へボチャンと落ちて、グラグラと揺れた。あのときばかりは船長以下、舵もコンパスも放りっぱなしにして、みんながいっしょにすがりついて、船橋をごろごろと転がった」
「そうでしょう。ステアリングどころじゃない」
「すると恐竜は、山のような大波を立てて海の中にもぐった。その波にあおられて、船は一マイルほど沖合へ押し流された。それが幸いで、ようやく恐竜に食われるだけは助かった。というのは、船体は裂けてガタガタになっている。浸水がひどくて手のつけようもない。それから三十分ばかりのうちに沈んでしまった。乗組員は少ないボートに乗れるだけ乗ったが、その夕刻の暴風でひっくり返り、助かったのはこのわしひとりよ」
「これは驚いた。恐竜がそんなにおそろしいという話を、今までどうしてお話しにならなかったのですか。伯爵閣下」
「それは当たり前さ。そんな話をすれば、君たちはここまで船を進ませてくれなかったろうから」
「あ、なるほど」
「だから、恐竜の害を受けないように、夜でなくてはその島へ近づけないのだ」
「それはもっともなことです」
この話から推測すると、セキストン伯爵は再度探検船を用意して、いま恐竜島の付近の海面まで乗り付けたものらしい。
十名の先発隊員
「あ、火が見える。恐竜島に火が見える」
水夫がマストの上で叫びました。
「おお、火だ。あんな所に何の火だろう」
船長も火を見とめてびっくりしました。伯爵閣下には相変わらずそれが見えないので、いっそう騒ぎ立てます。
「海岸に火が燃えている……人影が見えない……火は椰子の林にも燃え移ろうとしている」
船長は望遠鏡に目を当てて、切れ切れに叫びます。
「恐竜島にまさか人間が住んでいるはずはない。あんなおそろしいところに住めるわけはない。どうした火じゃろうか」
伯爵は、それが玉太郎の手で始められた焚き火とは知るよしもありません。だが、その玉太郎の姿が見えないのはどうしたわけでしょう。そのわけは、大事件でも大秘密でもありません。玉太郎はすっかり疲れきって、焚き火のそばにシュロのむしろを敷いて、ぐっすりと眠っていたのでした。長々と寝ているものだから、沖合の船から望遠鏡でこちらを探しても見えないのでした。
「閣下、どうなさる。船は引き返しましょうか、それともここからボートで上陸されますか」
「もっとこの汽船を海岸へ近づけてもらいたい」
「それはだめです。いくらおっしゃっても、リーフ(珊瑚礁)に船底をやられてしまっては、この船は沈むほかありません」「ボートで、早く下りていただきましょう。こんなおそろしいところでぐずぐずしていて、またこの前のように、恐竜のためにマストをかじられることは歓迎しませんからね」
船長は、いよいよ逃げ腰である。そうでもあろう。探険資金が少ないので、セキストン伯爵が、ねぎりにねぎって雇ったこのぼろ船のことである。船長以下の乗組員も、こんな安い契約の仕事は早くおしまいにしたいと思っている。今のところ下級船員たちが、恐竜のおそろしさを知らないから、わりあいにまだ船内は静かにおさまっている。
そこで伯爵と船長の間に、もう一度おし問答があったがそのけっか、両者の間に、次のような協定がまとまった。すなわち、あと三十分以内に、第一回上陸希望者は、ボートに乗り移って、この汽船シー・タイガ号を離れること。本船は、ただちにこの地点を引き上げ、てきとうなところで時間をおくり、あすの夜八時になったら、ふたたびこの地点まで来る。そして夜八時から九時までの一時間のうちに伯爵たちと連絡をとること。それから、こういう出会いは、三回かぎりのこと。それが済めば、伯爵たちの側にどんな事情があろうとも、本船は一路本国へ引き上げること。
もちろん伯爵の方では、この条件にたいへん不満があったが、船長たちの機嫌をこの上悪くしては、もっと悪い条件を出されるおそれがあったので、この辺で妥協した。そこで伯爵は、かねて同行してきた連中たちを集めて、第一回上陸希望者を募った。ところが、そういう人たちは、みなこの不思議な探険に胸をおどらせ、あるいは欲の皮をつっぱらせて伯爵に同行を願った連中だったから、その大部分が第一回の組に入りたがった。けっきょく、くじびきで決めることになった。その結果、選ばれた人は、次の十名であった。
まず、団長のセキストン伯爵はくじびき抜きで加わることに、だれも異存はなかった。
ツルガ博士。
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