初級翻訳・恐竜島 第13話

恐竜島

「リーフへ乗り上げちまったって?」伯爵がいまいましげに舌打ちをしました。
「お前ら、海へ入ってボートをリーフから下ろしてくれ!」
「とんでもないことでございますよ」
と、水夫のラルサンが首を振りました。
「そんなことを言わないで、早く海へ入ってボートを押し上げてくれ!」
「あっしゃ、鱶(フカ)という魚が嫌いでがんしてね。あいつはわしら人間が海へ入るのを一生懸命狙っているんです……」海へ入った途端、サメに足をパクりとやられて、太ももから足を食いちぎられたり、お尻の肉を一口で噛み切られたりするんだ。へへへ、もしよろしければ閣下、サメに食事を恵んでやっては……」
ラルサンは皮肉を飛ばした。
「サメに食われる方が、恐竜に食われるよりはマシだというのかい」
伯爵も負けずに言い返した。
「恐竜」という言葉が出た途端、それはラルサンたちの胸に、ドクリと大きく響いた。
「恐竜がどうしたんで……」
「どうしたもこうしたもない。我々がボートで出たあと、海中から突然恐竜が現れて、船は沈没してしまったんだ」

   総督閣下

その翌日から、恐竜島はにぎやかになった。
前夜の危難と恐怖、そして疲労で身も心もへとへとになっていた探検団員たちも、朝になると元気をとりもどして一人また一人と起き出し、肩を並べて沖合に難破しているシー・タイガ号を指さしては、昨夜の恐ろしい思い出話に時の経つのも忘れているようだった。
タイガ号は恐竜のために船体を真っ二つに割られ、一度は波にのまれたが、その後また恐竜におもちゃのように跳ね飛ばされたらしく、船尾のほうは島の近くの岩礁の上に乗り上げており、船首のほうはそこから百メートルほど離れたところに、船首のほんの先っちょとメインマストだけを波の上に出していた。
見るも無残なタイガ号の姿だが、これを見ても恐竜の力が恐ろしく強大であることがうかがい知れる。
タイガ号の乗組員はどうなっただろうか。
影も形も見えない。
しかし、ほとんど助かってはいないだろう。
それに今は引き潮の時刻とあって、付近の漂流物は沖合へと流されているのだ。
「ああ、総督閣下。おはようございます」
ガラガラ声で団長セキストン伯爵が挨拶をした相手を見れば、他でもない玉太郎だった。
「ぼくは総督ではありませんよ」
玉太郎ははにかみながら答える。
「いや、あなたは総督です。我々は、総督がおられるこの島へ昨日上陸を許されたのですからねえ」
伯爵は大げさな身ぶりと口調で、玉太郎へ敬意を表した。
玉太郎は昨日のことを思い出した。
寂しく海岸でひとり火を焚いて眠りについた玉太郎は、夢の中でラツールと愛犬ポチの姿を探していた。
そのうちに大きな音がしたので目が覚めた。
波打ち際が騒がしい。多人数が罵り合う声やおびえた声。それにサクサクと砂を踏む足音。
玉太郎は驚いて、枯れ葉の寝床の上にスッと立ち上がった。
その時である。一人の老いた白人が、銃を手に持って彼の方へ突進してきた。
焚き火が老人を赤々と照らした。老人は焚き火の前まで来ると、パタリと膝を折って砂の上に伏した。
「お助けください、神の子よ」
老いたる人は祈りの声を上げた。
それは玉太郎の姿に向かって投げかけられたことは疑いようがなかった。火の向こうにスッと立っている玉太郎の姿は、神々しかったに違いない。
「神の御子ではありません。この島に住んでいる人の子です」
と、玉太郎は答えた。
「ああ、それでは総督閣下だ。おお閣下。恐竜に追われてかろうじてこの海岸へたどり着いたわれわれ十名の者をあわれみたまえ。閣下の庇護の下に、われわれ十名の者をおかせたまえ」
この芝居じみた対話がはじまって、玉太郎は危ういところを脱したタイガ号ボートの一団と引き合わされ、そしてその間にもセキストン伯爵から、しきりに「総督閣下」と呼ばれたのであった。
幸いにして彼ら十名は、怪我もしておらず無事だった。
しかし心身の疲労はひどく、火のそばへは寄ったものの、誰も立っていられる者はなかった。そのまま彼らは、その場所で泥のような眠りに落ちていったのだ。
そこから夜が明け、前述したように一人一人起き出して、朝のさわやかな空気を吸い、自分が平和な島の上にいることを知って元気を取り戻していったのである。
朝食は、玉太郎にとってこの数日間で一番の豪華版だった。
探検団がボートに積んできた食糧は、ここ四、五日間を普通にまかなうには十分であった。空き缶の隅についたバターをほじくったり、ヤシの実の白い油をかじって空腹をしのいでいた玉太郎にとっては、とてつもないご馳走であり、そしてまた彼に新しい元気をつけたことは確かであった。
玉太郎は朝食をとりながら、探検団の人々に向かって、これまでの話を残らず話して聞かせた。
話が、ラツール記者と愛犬ポチの行方が今なお分からないというところまで進むと、探検団の連中はざわめき出した。
「これは大変だ。恐竜とこの島に同居するなんて、恐ろしすぎる」
「やっぱり恐竜は人間を食うんだね……」「そこまでは考えていなかった」
「人間を食うと決まったわけじゃないだろう」
「いや、あの小さな総督がさっき言った話によれば、ラツールとかいうフランス人は食われ、ポチという犬も恐竜にやられたそうじゃないか」
「今は行方不明だと言っているだけだ。食われたかどうか、そこまではまだ分からないだろう」
「食われたに決まっているさ。こんな小さな島で行方不明なんてあるわけがない。それに我々は母船を失った。あの通り、シー・タイガ号は真っ二つに引き裂かれて、もう船としての役目は果たせない。我々はこれから恐竜島に缶詰だ。そこで今日は一人、明日はまた一人と、恐竜の食卓にのぼっていくのさ。最初の予定とは大違いだ。ああ、これは大変なことになった」
「なるほど。これは油断がならないな」
 このざわめきを聞いて、水夫のフランソアとラルサンの二人は、まるで絞首台の前に立たされた死刑囚のように青ざめた。

 玉太郎一人のときとは違い、ともかく十名もの探検団員が島の生活に加わったことで、仕事はどんどん進んだ。この島の小さな社会の中心人物は、やはり実業家のマルタン氏だった。氏はでっぷりと太った体を軽快に動かし、この孤島で半永久的に安全な生活を続けるために、あれこれと計画を立てては人々を指揮した。マルタンに比べると、団長のセキストン伯爵などは、まるで隠居した殿様のようなものだった。
 マルタンの命令により、団員たちは交代でボートに乗り込み、沖合の難破船へ漕ぎつけては、船に残っている食料や布、道具などを運び出した。彼らは不幸にも船の乗組員たちと再会することはなかった。みんな波間に沈んでしまったらしい。もう少しボートの出発が遅れていたら、自分たちもこの世にはいなかったのだと思うと、背筋が寒くなった。
 さて、島ではその日の昼過ぎに、とりあえずの居住準備が整った。そこで探検隊は、本来の目的である活動に取りかかることになった。
「まず最初にとりかかるのは、ラツール記者の姿が消えたという崖のあたりの捜索だ。さっそくみんなで行ってみようじゃないか」
 伯爵団長はそう言って、隊員たちの顔を見回した。
「賛成だ。すぐに出かけよう」
「よろしい。

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